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井桁裕子−私の人形制作
第9回 「前夜祭?後夜祭?」 2010年3月20日
いよいよ、展覧会も初日目前となりました。
昨日、そして今これを書いている今日が搬入作業です。
今の私にとって、自分の作りたい形を現実化する道のりはまさに物理的な試行錯誤そのものです。こうして集中して制作しているときに多くのことを学んでいきますが、それはようするに時間ギリギリまで失敗しつづけているということです。
展覧会が始まって、やっと安心してたくさんの方とお会いできる日々は、本当に晴れやかな祝祭なのです。



ところで昨年、私がいろんな人に話していたお気に入りの概念に「前夜祭型・後夜祭型」というのがあります。
これは島田雅彦のインタビューをまとめた本「茶の間の男」(集英社)という本の中で、星野智幸氏が「島田さんは前夜祭型でしょう。先にいろいろ考える型」と尋ねるところがあります。島田氏はそれに「まあそうだね、そういう癖によって人生の楽しみをだいぶ減らしている」「期待だけで盛り上がって頭の中ですべて終わっちゃう」実際の祭りの時はもうあまり楽しめない...と答え、女性との関係においても....といった色っぽい話に続きます。
私はここでハタとひざを打ち、「人はまさしくこの2タイプに分かれるではないか!」と強い印象をうけたのです。
たとえば旅行の時、「前夜祭型」が道連れだと克明に道や所用時間、近辺の名所などを調べ、寄り道ルートまでいくつもシミュレーションをしてくれます。

後夜祭型というのがどういう人物かという具体例は「茶の間の男」には出てきません。たぶん、物事が終わってから本当の「祭り」が始まる人をさすのでしょう。
それはまさに私です。
旅行に行ったら、帰って来てから盛り上がるのです。旅程をもう一度地図で調べ直し、記憶を確認しながら日記を書き、出会った人や物事を解釈しなおし、印象的なたくさんのイメージがパイプオルガンのように響き合います。行く前はわからなかった旅全体の大きなテーマが浮かび上がり、何日もイメージの残響を楽しみます。
さらにその後も関連の物事について書籍を探して読み漁ってみたり、いつまでも終わりがありません。私の旅は終わったところから始まっていくのです。
これは映画や舞台などを観てもそうだし、人との出会いもそうです。
会話が終わってからしばらくそれが残って、3日くらいたってふと意味がわかったりします。3日ならいいけれど、それが3年くらいの場合もあり、我ながらなんというか「長生きするよ」と言われそうです。



2007年6月の展覧会に、須川まきこさんという素敵な女性が大阪から来てくれました。
後で知ったのですが、彼女の左脚は病気で切断されて義足でした。その義足を作られた方はスポーツ用の義足の第一人者として知られる臼井二美男さんで、展示会場のある東中野がその職場だったのです。詳しくは私のHPに一度書いたのでここでは割愛しますが....
私はこの出会いによって、身体のことを前よりずっと深く考えるようになりました。
それから1年もたって、私は須川さんに人形のモデルをお願いしました。

08年の10月に、私は東京に来た須川さんと会い、写真を撮らせてもらうことになったのです。
須川さんはとてもおおらかな暖かい人柄で、義足を装着したところ、服を脱いでの撮影なども明るく応じてくれて、緊張の中にも楽しく時は過ぎてゆきます。
「傷跡も見ますか?」と須川さんはやさしく尋ねました。
須川さんの左脚は、骨盤から大腿骨をすっかり取って、付け根からありません。下着の上からでもレモンのような形になっているのがわかります。私はそのときなぜか、見なくても大丈夫、と答えました。見なくても作れるというような言い方をしたと思いますが.....それはまあ作れると言えば作れますが......いったい何を言っていたのでしょうか。一言で言えば、私は傷口に向き合えなかったのです。
翌日はもう、須川さんは大阪に帰ってしまいました。私は言いようもなく後悔しました。

翌年2月、今度は私が大阪に行きました。彼女の部屋に泊めてもらって、私はゆっくり話しを聞かせてもらうことができました。2度の手術を受け、二度目は骨盤の中まで放射線で焼かなくてはならなかったこと、生存率は20%と言われたこと、手術後、泣きそうになって臼井さんに電話をしたら「大丈夫」と心強い返事をくれたこと....。

朝の光の中で見た傷跡はもう薄く、ずっとみているとなんだか自然な気さえしました。



2009年の10月、一年かかって仕上がった人形を、大西成明さんにご協力いただき、撮影しました。(私も一緒にカメラを持たせてもらい、秘密テクニック(?)をいっぱい教えてもらいました。)
写真集「ロマンティック・リハビリテーション」で林忠彦賞を受賞した大西さんですが、その写真集の時に義手・義足の取材もしていたし、次の出版物は「人形記」という本で人形の写真をたくさん撮られていたので、なんだか素敵なご縁です。
その写真も今日、これから「ときの忘れもの」に飾ることができます。



2007年の出会いから、ゆっくり形をなしていったものを、3年経った今の展覧会でようやくお見せすることが出来ます。
あの時も旅は、終わったところから始まっていたのです。
そしてきっと、今度も。

後夜祭型の私ですから準備は苦手で、ただ夢中で日々を過ごしてきました。
23日から4月3日まで、この祝祭をどうぞご一緒に楽しんでくださいますよう、心からお願いいたします。
(いげたひろこ)

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