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井桁裕子のエッセイ−私の人形制作
第25回 「『升形山の鬼』5月」 2011年7月20日
前回、張り子をついに抜き終わった話を書きました。
やっと、そこに桐塑で本格的に造形していきます。
今、これを書いている現在も、舞踏家・高橋理通子さんにモデルになってもらってその作業のさなかです。
3月をまたいでの制作になっているため、彼女個人の背負った大切な過去と、この震災のことを重ねて思いを寄せています。
その話もまたいつか書けたらと思います。


2007年、5月も終盤でした。私は大輔さんに頼んで数時間だけ東生田会館の稽古場に自分の仕事道具一式を運び込みました。
写真は撮ってありましたが、なかなか立体感が写真ではつかめません。本物の身体を見ながら、修正をしていくのです。
またもやキャスターで大荷物の移動です。
肖像ということでなければきっと、美術解剖図やスポーツ選手の写真などをつぎはぎに見ながら作ったでしょう。
直接お会いしながらの制作は実に楽しいものでした。



一番最初にセルフポートレートの人形を作った時は、自分の筋肉と解剖図を比較研究したのが大きな成果でした。
「指ってこんなとこから曲がるんだ!」「そうか、肘から先は骨が2本!」「肋骨は12本!」「上から4本目と5本目の間に乳首、でも胸が大きい人だったらもっと下がる!」などなど様々な発見(?)に心躍らせながら作業していたのです。
それを作り終えてしばらくすると、私は自分の作る人形は結局どれも自分なのだと思いました。
思えば紙に線を一本描いてさえ、それはどこか不安定な個人が凝縮しています。
どうせなら市松やビスクの銘品をコピーするなどしたほうが様になるに決まっています。
何事も真似から入るのが基本と考えられますが、私にはそういうお手本が無かったのでした。
私が作りたい「人形」は、何を着ているのかどんな場所にいるのか、よくわからないのです。
ただここに誰かが居るという感じ、幻のまなざしや体温の錯覚なのでした。
自分があまりにからっぽなので、外に向かって何かを探しに行かなくては、と私は思いました。
押し入れには、学生時代に手に入れた、私より長くこの世に存在している古いCANON・AE-1が眠っていました。
セルフポートレートを作った後、しばらくの間私は写真を撮ることに熱中しました。


思い起こせば私はかつて、そのカメラで大量のポートレートを撮ったことがあったのでした。
それは大学1年目の写真の授業でした。
初めて一眼レフを手にしたような学生たちが、いきなりフィルム何十本ものポートレイトを撮影してこいと命じられるというタイヘンな課題があったのです。
題して「面接ポートレート」、先輩達は「面ポ」と略称していました。
何百人という撮影ですから、友人だけでは足りません。
人が大勢いる場所に出掛けたりして、知らない人に声をかけて、緊張に震える手でピントを合わせながら撮影するのです。
近隣の商店街などでは、毎年のことなのでおおむね学生の扱いを心得ていて、無礼な者は怒られたりしつつカメラをはさんだ対人関係を体験していきます。
はた迷惑な課題ですが、学生はそれで修行を積んで、最後の課題として自分のテーマで組み写真を提出します。

写真の授業は1年で終わりましたが、セルフポートレートを作った20代の終わりにもう一度写真の季節がやってきて、カメラは大活躍しました。
やがて私は撮った写真をもとに怪しい生首をいくつも作ったりしはじめ、今に至ります。
カメラはまだ元気ですが、人間は年をとります。私はもう荷物を背負ったまま走ったり、高いところに猿のように登ったりしなくなってしまいました。
一緒に冒険をした大事なCANON・AE-1は、今はまた押し入れで眠っています。



桐塑は、乾燥の際に大きく歪みが出ます。
長い腕の部分がどうしても曲がってきてしまいます。
この、作ったとおりに出来上がらないというのが大問題でいつも難航するのですが、それでもいよいよ組み上げの段階までやってきました。
そこまで来て、私はこの大きなものをどうやって展示するのか、やっと考え始めました。
結局、会場の天井に金具を付けてもらって吊すことにしました。
6月に入りました。16日が初日です。
油彩がなんとか乾いて触ることができる、ぎりぎりの日程で作業は終わりました。
いよいよ展覧会の搬入が迫っていました。
会場は東中野のRAFTという場所で、友人がやっている小さな芝居小屋でした。

(自作のDM)

続く。
(いげたひろこ)

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