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井桁裕子のエッセイ−私の人形制作
第33回 「Self portrait doll と金木犀」2 2012年3月20日
友人たちとのたまり場になっていた某私鉄沿線の貸しギャラリーでは、よく2万円くらいの出品料を徴収して、20人以上も集まるような大きなグループ展をやっていました。
しかしそこでは作品展示の際に値段がつけられることはありませんでした。
そもそもそこはスペースのオーナーがなぜか古美術商の免許を持っていなかったからです。
そこの経済は、オーナーに可愛がられている常連達を中心に、出入りするメンバーが順番に「個展」をやるという形で回り、平和なサロンを形成していました。
「青い鳥なんて探しに行ったって、外の世界には居ないんだよ。発表はここでやってればいいんだ。みんなで一緒に年をとろう。」と、そのオーナーは言うのでした。
確かに、みんな勤め人や学生なので、友人や家族などを和やかにおもてなしできる場所で作品を飾ればそれで充分なのです。
実際それぞれの友人知人だけでもずいぶん人間関係の広がりがありました。
そういった「居心地の良い場所」でのグループ展に、私はできあがった「Self portrait doll 」を出そうと思いました。
作った時は発表するつもりではなかったのでしたが、やはりなんとなく区切りがつく気がしたのです。

ところがいざ展示するとなると、これをどのように置いたらいいのか自分でもよくわかりません。
何も着せないというのもどうだろうかと思い、小さめの長袖Tシャツをワンピースのように着せてみました。
しかしこれはやはり中途半端な気がしました。
そこでもう一度、工芸の人達とのグループ展に出品することにして、今度は、床に子供用の布団を敷いて裸で寝かせました。
しかしなんだかこれも寒々しい感じがします。
期間中、知人の版画家から「そうかー、井桁の裸はこうなっていたのかぁー」という実にストレートな感想があり、私はハタと気付きました。見る人の多くはそのように思い困っていたに違いありません。言われてみればそう見るのが普通という気がします。
これはただ自分を物理的に確認しようとして作ったものでしたが、それはできあがってみると思いがけず一つの事を発言していました。
すなわちこれは、「世の中にどう存在していいのかわからないので、とりあえず裸でいる人」の肖像だったのでした。

その展示が終わってずいぶんたってから、どういうきっかけか思い出せませんが、お客さんのN氏から電話がありました。
2000年の6月に原宿で個展をやっているので、それに来てくれた後だったかもしれません。
N氏いわく、前に見た「Self portrait doll」はとても良い作品だった、まだあるのならぜひ売って欲しい。
しかしそれについては一つ頼みがある。
それは「性器をきちんとありのままに作り込んで欲しい」というのでした。
それが嫌だったら人形は買わない、自分は完全な肖像人形が欲しいのだから...
電話口のN氏の声は、震えていました。語尾が呼吸音でかすれて消えました。

こんな120センチもある作品を持ってくれる人がいるなら、それはありがたいことです。
しかし私は、人形に性器をリアルに作るのはどうかと思いました。
もともと人形には性がなく、かろうじて簡単なしるし程度のものが作られてある....というのが趣きを感じる点なわけです。
控えめにしておくのがいいに決まっています。
それを、「これの事でしょう、どうかしましたか」とばかりに丁寧に作ってしまったら、解剖学の見本のようなことになってしまいます。
ところがそう考えてくると、今度はむしろその無粋なやり方が正しいのではないか、という気がしてきました。
これは人形の美学や常識的な態度とは関係ない制作なのだから、性器をあからさまに作ったほうが作品として統一感があるとも思われるのです。
むしろ、好奇の視線を避けようとして存在する自然をちゃんと作らないのは、度胸の無いことかもしれません。

私はN氏の内面は無視することにしました。
そして、その要望に応えて手直しすることを約束し、作品を売る事にしました。



96年の展示で出会った人の中には、N氏のほかにも印象深い人々がいました。
その一人に、新宿ゴールデン街で雇われマスターをしているKがいました。
Kは当時、恋人と仲良く手をつないだ写真(彼女はヌードで)を荒木経惟氏に撮ってもらって、それを大変自慢にしていました。
その後、彼女とは別れてしまったのに写真のほうはしっかり写真集に載っていてなんだかかわいそうだったのですが、それとは関係なく彼はゴールデン街界隈では人気者でした。彼の突飛なファッションと、関西弁の毒舌と下ネタは芸の域に達していて、どんなに過激なことを言ってもそれで腹を立てる人はいないのでした。

後日、その次第をゴールデン街のバーでカウンターの中にいるKに話したところ、Kは憤然としました。
性器などつけたら「オトナのおもちゃ」みたいになって台無しだというのです。
意外なことに彼は彼であの人形をとても気に入ってくれていたのでした。
Kは、手放してしまうなら「その前に写真を撮っておいてもらったらええで。人形好きのドイツ人に紹介したるわ」と言いました。
それで紹介してくれたのがMario.A氏でした。
後日、Kとマリオさんと、もう一人、女性で写真家を目指しているというPさんの3人が、私のうちに遊びに来ました。
それは2001年の10月、私の誕生日のお祝いも兼ねていました。

写真は2002年、寺崎誠三氏撮影

(いげたひろこ)

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