ときの忘れもの ギャラリー 版画
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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」
第7回 2013年8月1日

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一度目にしたら忘れられない写真である。
右にいるのが犬だったら忘れる確率は半分くらいになるだろう。猫だったら7割くらいにあがるかもしれない。だがここにいるのは熊である。熊にはどう猛な生き物というイメージがある。山のなかで出会ったら慌てふためく相手が、街中の橋の上にいるのだ。口輪をはめているが、鎖はついていないようだ。いったいどういう状況なのだろう。

熊のすぐとなりには少年がいる。年齢は十代の半ばくらいで、手持ちぶさたな様子であらぬ方向を見ている。彼は熊とどんな関係にあるのか。まったくの赤の他人ということはないだろう。もしそうなら素性のわからない熊のとなりに座ったりという呑気なことはできないだろう。

と思いつくまま書いたが、本当のところはどうなのかはわからない。もっと想像を超えた事実が隠されていないとも限らない。熊に見えるけれど、実は精巧にできた熊のぬいぐるみだったとか、生きていないはく製だったとか。だが事実がどうであれ、気になるのは少年と熊とのあいだの親密さで、これこそが写真に目を引き寄せられてしまう究極の理由である。

ふたりはよく似て見える。熊と人間は似ても似つかない姿形だが、似たもの同士のような気配が漂っている。まずは少年の肩である。なで肩だ。そして熊もなで肩だ。動物に怒り肩はいなくてみんななで肩かもしれないが、熊の場合は体が大きく、しかもたっぷりした毛皮に覆われるので、ほかのどんな動物よりも肩のなだらかな線が目立つ。

つぎに注目したいのは足である。少年の足も熊の脚も地面についていない。柵の上に座ってぶらぶらさせている。熊は柵に跨がっているらしく、もう一方の脚は河のほうに出ているようだ。少年はローライズふうのぶかぶかなパンツをはいていて、これも熊の脚とイメージが重なる理由かもしれない。

なで肩とだらんとした足。それらが思い起こさせるのは重力に身を任せきった脱力の態度だ。どこにも力が入ってない。というか力をいれる気がない。ふたりは諦観の境地にいるのだ。熊はうつむき、少年は上目遣いで、諦観には少しばかり恨みがましい気持ちも混じっている。

背後にはゆったりと大きな河が流れ、だだっ広い灰色の空が広がっている。陸地には高い建物ひとつ見えず、平らだ。彼らのあきらめたような、退屈しきったような態度は、この景色によって強められてもいるようだ。なにをやっても仕方がないさ、果報は寝て待てだ、という気分は大きな自然と相性がよく、ぜんたいを脱力系の空気が覆っている。
(おおたけ あきこ)

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●紹介作品データ:
中藤毅彦
〈Street Rambler-Russia〉より
2004年撮影(2005年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:32.0x48.5cm
シートサイズ:40.6x50.8cm
裏面にサインあり

■中藤毅彦 Takehiko NAKAFUJI(1970-)
1970年東京生まれ。写真家。 早稲田大学第一文学部中退 東京ビジュアルアーツ写真学科卒業。2000年より5年間東京ビジュアルアーツ非常勤講師。モノクロームの都市スナップショットを中心に作品を発表し続けている。 国内の他、近年は東欧、ロシア、キューバなど旧社会主義諸国を中心に世界各地を取材。 作家活動とともに、四谷三丁目にてギャラリー・ニエプスを運営。 公式サイト:http://takehikonakafuji.com/index.html

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大竹昭子 Akiko OHTAKE
1950年東京都生まれ。上智大学文学部卒。作家。1979年から81年までニューヨークに滞在し、執筆活動に入る。『眼の狩人』(新潮社、ちくま文庫)では戦後の代表的な写真家たちの肖像を強靭な筆力で描き絶賛される。都市に息づくストーリーを現実/非現実を超えたタッチで描きあげる。自らも写真を撮るが、小説、エッセイ、朗読、批評、ルポルタージュなど、特定のジャンルを軽々と飛び越えていく、その言葉のフットワークが多くの人をひきつけている。現在、トークと朗読の会「カタリココ」を多彩なゲストを招いて開催中。
主な著書:『アスファルトの犬』(住まいの図書館出版局)、『図鑑少年』(小学館)、『きみのいる生活』(文藝春秋)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『ソキョートーキョー[鼠京東京]』(ポプラ社)、『彼らが写真を手にした切実さを』(平凡社)、『日和下駄とスニーカー―東京今昔凸凹散歩』(洋泉社)、『NY1980』(赤々舎)など多数。

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