ときの忘れもの ギャラリー 版画
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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」
第18回 2014年7月1日

Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film
(c) Nao Tsuda
(画像をクリックすると拡大します)

ここはどこの国の、どのような場所なのだろう。何も手がかりのないまま、ただ惹かれ、見つめる。

左側から土塀が伸びている。屋根のついた、分厚いしっかりした塀である。塀はこの場所で終わっていて、端のところが太い立方体の柱になっている。入母屋式の屋根を載せ、中央に突起がある。門柱かもしれない。

ところが、それと対になるもう一方の門柱が見当たらない。その代わりに、磨り減って丸みを帯びた物体の立っているのが目に留まる。これが何かが、また不明である。わからないが、とても気になる。この写真について書こうと思ったのも、実はこの像の神秘性に心をつかまれたからだった。

はじめて目にした瞬間、それは女性の姿に見えた。それ以来、何度も見直しているが、脳内に見えない水路が掘られたように同じイメージが流れ出す。別のものを見いだそうと試みても、だめなのだ。

女性は長いガウンをまとっている。頭には布を巻き、その端が右肩のうしろに垂れ下がっている。背中をこちらにむけて門柱を見て立っている。 肩、腰、足下へとむかうラインの柔らかさ、ガウンの白さ、裾の汚れ、幾重にも巻かれたターバン……。 それらがひとつになって発する神聖な空気が魅了する。ずっとここに佇んでいたというより、霧のなかを抜けて、たった今やってきたかのようだ。門柱に対峙しているのは、なにか祈っているのだろうか。見ているうちにこちらの心も穏やかに澄んでくる。

背後には木々の生えた小高い丘がある。霧でかすんでいる。その丘と土塀の塀のあいだには細い道が通っている。たぶん土の道だ。空気はしっとりと濡れて重い。

晴天の空の下ではまた別の想像が生まれただろう。霧がこの場所に潜む秘密をあらわにしたのだ。
(おおたけ あきこ)

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●紹介作品データ:
津田直
「REBORN ― Platinum Print Series #2」
2014年
プラチナ・パラディウム・プリント
イメージサイズ: 53x42.5cm
シートサイズ: 61x50.8cm
Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film
(c) Nao Tsuda

■津田直 Nao TSUDA(1976-)
津田は1976年神戸市に生まれました。2001年よりランドスケープを中心に撮影を行い、世界各地を巡るフィールドワークのなかで、ファインダーを通して古代より綿々と続く人と自然との関わりを翻訳する試みを続けています。目に見えるものだけでなく、訪れた土地の記憶を辿り、風景やそこに暮らす人々の内に太古から積層された時間と、その不可視の世界の根底にある本質までをも捉えようとする津田の視点は、新たな風景表現の潮流を切り開く新進の写真家として注目されています。近年では、現代美術のフィールドを越え、他分野との共同制作や雑誌連載、講演会、特別授業を行うなど、その活動は多岐にわたり、2010年には芸術選奨文部科学大臣新人賞(美術部門)を受賞しました。「近づく」(2001-2004)、「漕」(2005-2009)、「SMOKE LINE」(2008)、「果てのレラ」(2009)、「Storm Last Night」(2010)、「Earth Rain House」(2012)、「SAMELAND」(2014)等、シリーズ全体を通して「写真と時間の関係」という古くとも新しいテーマへ真摯に取り組み続けています。

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大竹昭子 Akiko OHTAKE
1950年東京都生まれ。上智大学文学部卒。作家。1979年から81年までニューヨークに滞在し、執筆活動に入る。『眼の狩人』(新潮社、ちくま文庫)では戦後の代表的な写真家たちの肖像を強靭な筆力で描き絶賛される。都市に息づくストーリーを現実/非現実を超えたタッチで描きあげる。自らも写真を撮るが、小説、エッセイ、朗読、批評、ルポルタージュなど、特定のジャンルを軽々と飛び越えていく、その言葉のフットワークが多くの人をひきつけている。現在、トークと朗読の会「カタリココ」を多彩なゲストを招いて開催中。
主な著書:『アスファルトの犬』(住まいの図書館出版局)、『図鑑少年』(小学館)、『きみのいる生活』(文藝春秋)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『ソキョートーキョー[鼠京東京]』(ポプラ社)、『彼らが写真を手にした切実さを』(平凡社)、『日和下駄とスニーカー―東京今昔凸凹散歩』(洋泉社)、『NY1980』(赤々舎)など多数。

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