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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」
第26回 2015年3月1日

(画像をクリックすると拡大します)

象が大きいことはよく知っている。しかし、これほど巨大に見えたことは、かつてあっただろうか。ホンモノを目の前にしたときよりもはるかに大きく、畏怖の念を抱かせるほどだ。

動物園で見ればあの巨体ぶりは微笑ましく、愉快な気持ちにすらさせる。だが、この写真を見て微笑む人はいないだろう。大きさが重量感に結びつき、恐怖をかきたてる。短いあの脚に全体重を乗せて踏みつけられるさまを想像し、身震いする。

その理由のひとつは、象のすぐ上に並んでいる豆電球の列だと思われる。お尻のところで縦に下り、体を半ば囲っている。この光のラインが狭いところに無理矢理押し込まれているような気持ちにさせる。体格の大きな子が小学校の小さな椅子に恐縮して座っているような雰囲気がにじみでている。

カメラが水平ではなく左に傾いていることも重要だ。計算してそうなったのではなく、とっさに斜めに構えた感じがするが、その傾斜が象の体を前のめりにし、重量感を強調している。なんだかとても危なっかしく、ぎりぎりの感じがして怖い。

いや、ぎりぎり感を強調しているもっと大きな要素は床に置かれた円形の台だろう。足を二本載せるのが精一杯という狭さだ。そこに二本足で立って全身を支える。曲芸が成立するのはそのためだが、サーカスで見せられれば「お見事!」と拍手喝采するのに、この写真ではその気にならない。惨い仕打ちをしているように思えて不憫でたまらない。

それらすべてを象徴しているのは、象の背にかけられた房付きの巨大なケープである。たるんでドレープができている。だいたい凹凸のあるものに照明が当たるとおどろおどろしくなるが、このドレープも光と影が交錯してホラーな気配を発している。ずっしりと重そうで、重い体がさらに重たくなっているのも気になる。

宿命は「背負う」と表現されるが、この布は象にとってまさに宿命そのものではないか。要らないものを背中に載せられ、意味不明な動作をさせられている。これを宿命と呼ばずになんと言おう。

はじめは気づかなかったが、象の鼻の横には人影が潜んでいる。棒のようなもので象の足の動きを調教しているようだ。手先以外は黒いシルエットになり、耳と首筋の一部だけが見えている。

この人影を見いだしたとたんに、象の話につづきが生まれた。調教師の首に当たる一条の光が彼の急所をさらしている。象は寡黙にただ耐えているだけではない。いつか巨体に秘められたエネルギーが爆発するときがくるだろう。その直感にびくっとする。
(おおたけ あきこ)

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●紹介作品データ:
猪瀬光
「DOGRA MAGRA」
1986年撮影(2015年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:39.1x24.34cm
シートサイズ:50.8x40.6cm
Ed.8
サインあり

■猪瀬光 Kou INOSE(1960-)
1960年埼玉県生まれ。大阪芸術大学在学中に井上青龍に写真を学び、そのキャリアをスタートさせる。多くの熱烈なファンを持つ猪瀬だが、一枚一枚のプリントに究極のこだわりを見せるが故に発表の機会は少ない。1枚のプリントを仕上げるのに1ヶ月を費やし、極限にまで集中し焼き上げられた写真には、驚くべき密度と強度が存在する。1993年に東川町国際写真フェスティバル新人作家賞。写真集にデジャ=ヴュ「第11号特集 猪瀬光」(1993)、『INOSE Kou VISIONS of JAPAN』(1998)。個展に2001年Space Kobo & Tomo『猪瀬光写真展』。グループ展に2004年水戸芸術館での『孤独な惑星 - lonely planet』。 現在、最も展覧会の開催が熱望されている作家のひとりである。

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大竹昭子 Akiko OHTAKE
1950年東京都生まれ。上智大学文学部卒。作家。1979年から81年までニューヨークに滞在し、執筆活動に入る。『眼の狩人』(新潮社、ちくま文庫)では戦後の代表的な写真家たちの肖像を強靭な筆力で描き絶賛される。都市に息づくストーリーを現実/非現実を超えたタッチで描きあげる。自らも写真を撮るが、小説、エッセイ、朗読、批評、ルポルタージュなど、特定のジャンルを軽々と飛び越えていく、その言葉のフットワークが多くの人をひきつけている。現在、トークと朗読の会「カタリココ」を多彩なゲストを招いて開催中。
主な著書:『アスファルトの犬』(住まいの図書館出版局)、『図鑑少年』(小学館)、『きみのいる生活』(文藝春秋)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『ソキョートーキョー[鼠京東京]』(ポプラ社)、『彼らが写真を手にした切実さを』(平凡社)、『日和下駄とスニーカー―東京今昔凸凹散歩』(洋泉社)、『NY1980』(赤々舎)など多数。

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