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太田岳人のエッセイ「よりみち未来派」
第2回 2020年6月12日
「創立者」マリネッティの肖像

太田岳人


印象派、さらにはフォービスムやキュビスムといった、近代美術の展開を理解する上で重要なカテゴリーのいくつかは、芸術家の側からの意識的な名づけによらず、同時代のジャーナリズムから現れた揶揄や酷評の言葉を起源にもつことはよく知られている。その逆に、自身が何者であるかを自ら定義し積極的にアピールするだけでなく、各々の確固とした文化的プログラムを実現しようと邁進した芸術運動もまた、近代の美術史においては大きな役割を果たしている。20世紀のヨーロッパの芸術世界において、後者にあてはまるものとして最初に出現したのが未来派であり、そのリーダーであったのがフィリッポ・トンマーゾ・マリネッティ(1868−1944)であった。

フランス文壇で象徴主義の詩人としてデビューし、伊仏二ヶ国語による国際文芸誌『ポエジーア』の主幹としても活躍していたマリネッティが、「未来派創立宣言」を発したのは1909年のことである。当初は詩人や文学者のみで形成されたこのグループは、翌年には画家・彫刻家をその圏内に巻き込み、以降もイタリアでは30年以上にわたって、常に国際的展開を視野に入れた芸術・文化の綜合的な刷新運動として、多くのジャンルの芸術家を糾合していくことになる。残念なことに、日本ではマリネッティの伝記や著作集は出版されていないものの、カリスマ的な「創立者(fondatore)」が長期間にわたり芸術運動を指導し続け、その動向の大枠に決定的な刻印を与えていくという存在のあり方は、「未来派創立宣言」の15年後にシュルレアリスムの運動を開始する、アンドレ・ブルトンなどを想起すると分かりやすいだろう。1960年代から一昨年に亡くなるまで、未来派の研究を長らく牽引していたエンリコ・クリスポルティも、二つの「組織された運動」とその指導者が類比できることを指摘している。

もちろん、この両者の間には類似だけでなく相違も存在している。私が以前よりそうした相違として、「よりみち」的に気になっているのは、それぞれの運動において「創立者」を対象として取り上げた作品のあり方についてである。様々な会合やイヴェントの記録としての性格が強い集合写真【図1】は、当然ながら両方の運動に大量に残されているものの、グループに集まった芸術家たちがその「創立者」を題材にした、またオマージュを捧げた作品を制作する傾向は、未来派の方が強いように感じられる。かつて、若き日に最晩年のマリネッティの知遇を得たカルロ・ベッローリという詩人が、『未来派の創立者マリネッティのイコノグラフィ』なる一著を記したことがあったが、そこには未来派およびその圏内にいた芸術家たちの手による、マリネッティの肖像的表現が180点以上納められていた【注】。一方シュルレアリスムのほうでは、運動の創立以前にマックス・エルンストが描いた《友人たちの集い》(1922年)での集団の一員としての姿や、マン・レイによるポートレイト(特にソラリゼーションによるもの)などをのぞけば、そうしたイメージは比較的少ないのではないだろうか。

202006太田岳人_01_1912年2月 未来派図1:1912年2月のパリにおける未来派の集合写真。左からルイージ・ルッソロ(1885−1947)、カルロ・カッラ(1881−1966)、マリネッティ、ウンベルト・ボッチョーニ(1882−1916)、ジーノ・セヴェリーニ(1883−1966)。
※ Sabrina Carollo, I futuristi, Firenze-Milano: Giunti, 2004より

ともあれ、未来派の歴史の中で通時的に出現する、マリネッティの肖像をいくつか見てみよう。初期の未来派画家による「創立者」像として知られているのは、カルロ・カッラ(1881−1966)の《詩人マリネッティの肖像》【図2】であろう。この作品が制作された1910年から11年にかけての時期は、同時代のフランスにおけるキュビスムの急速な展開を未来派の画家たちが本格的に受け入れる以前にあった。画面の赤色と黒色の彩りにはやや過剰な印象も受けるが、この色彩は同時期の《無政府主義者ガッリの葬儀》にも通じるものであり、タバコをくゆらせながら書き物にいそしむマリネッティは、不敵な反逆者として把握されていることになる。

202006太田岳人_02カッラ《詩人マリネッティの肖像》図2:カッラ《詩人マリネッティの肖像Ritratto del poeta Marinetti》、1910−11年(キャンバスに油彩、100×82cm、個人蔵)
※ Otto Didier (a cura di), Futurismo: avanguardia-avanguardie. Milano: 5 continente, 2009より。

1925年から10年以上パリを拠点とし、同時期の未来派とイタリア国外の諸動向との橋渡しでも活躍したエンリコ・プランポリーニ(1894−1956)は、1920年代から40年代にかけて、何度もマリネッティをテーマにした作品を手掛けている。1920年代末につくられた《自由語詩人F. T. マリネッティの肖像》【図3】は、単なるタブロー画の領域をはみ出した「多素材(polimaterico)」なオブジェとして成立しており、左側を向いたマリネッティの表情は、コルク、紙やすり、ワイヤーなどで構成されている。その口からは、統語法や意味を無視した「自由語(parolibero)」としてのアルファベットが飛び出しているが、マリネッティによる作品の朗唱、あるいは議論での雄弁を表現するかのように、彼の口を開かせている肖像は少なくない。絵画のみならず写真表現も手がけたタート(1896−1974)による、異なったアングルからのマリネッティの写真を二つ重ねた《マリネッティのダイナミックな肖像》【図4】もその一つである。

202006太田岳人_03プランポリーニ図3:プランポリーニ《自由語詩人F. T. マリネッティの肖像Ritratto di F. T. Marinetti poeta parolibero》、1929年(板に油彩と複数素材、45×45cm、個人蔵)
※ Luigi Sansone (a cura di), F. T. Marinetti=Futurismo. Milano: Federico Motta, 2009より。


202006太田岳人_05タート《マリネッティのダイナミックな肖像図4:タート《マリネッティのダイナミックな肖像Ritratto dinamico di Marinetti》、1930年(写真、18.2×15.3cm、フォト・グラフィア・デジターレ・イタリアーナ、ミラノ)。
※ Luigi Sansone (a cura di), F. T. Marinetti=Futurismo. Milano: Federico Motta, 2009より。

プランポリーニと並んで、両大戦間期の未来派の中心人物であるジェラルド・ドットーリ(1884−1977)は、緑の丘、湖、赤い屋根の家のある屋外を、明快な色調とともに幾何学的に描き込むといった野外の要素を、明快な色調とともに幾何学的に描き込む「未来派的風景画」を得意とした。《マリネッティ一家》【図5】は、そうした風景にオーバーラップする創立者一族の肖像である。マリネッティの姿は、画面左上からさす光に照らされつつ、ピラミッド状に積み重なるマッスや近代的な鉄塔と一体化している。その左隣の紫色のドレスを着た女性は、彼のパートナーで女性画家・小説家としても作品を残したベネデッタ・カッパ(1897−1977)であり、両者の下には、未来派の好むイメージが実際の名前としてつけられた3人の幼い娘たち――上からヴィットリア(勝利)、アーラ(翼)、ルーチェ(光)――が、いずれも無垢な裸の姿で現れている。すなわちこの作品は、マリア、ヨセフ、イエスらの一群を栄光的に描いた「聖家族」の未来派版とも呼べるかもしれない。いずれにせよ、未来派における「創立者」の肖像は、運動の参加者たちが個々の多様な表現を駆使するための、一つの小ジャンルとしても機能しているのである。

202006太田岳人_04ドットーリ《マリネッティ一家》図5:ドットーリ《マリネッティ一家La famiglia Marinetti》、1930−33年頃(キャンバスに混合技法、176×139cm、個人蔵)。
※ Massimo Duranti (a cura di), Gerardo Dottori: catalogo generale ragionato. 2 voll., Perugia: Fabrizio Fabbri, 2006より。

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注:Carlo Belloli, Iconografia di Filippo Tommaso Marinetti fondatore del futurismo: contributi cromoplastici e grafosintetici per una immagine del poeta, Milano: Edizioni d'arte Zarathustra; Silvia editrice, 1982. 日本では学習院大学の図書館に、イタリア演劇・未来派の専門家である田之倉稔氏が寄贈された一冊として、この珍しい著作が収められているが、現在の外出制限により本稿執筆に際しては内容を再確認できなかった。
おおた たけと

太田岳人のエッセイ「よりみち未来派」は偶数月の12日に掲載します。次回は8月12日の予定です。

■太田岳人
1979年、愛知県生まれ。2013年、千葉大学大学院社会文化科学研究科修了。日本学術振興会特別研究員を経て、今年度は千葉大学などで非常勤講師。専門は未来派を中心とするイタリア近現代美術史。E-mail: punchingcat@hotmail.com

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