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太田岳人のエッセイ「よりみち未来派」
第5回 2020年12月12日
旅するためのイタリア未来派

太田岳人


今年の秋から、NHKテレビの外国語講座の内容が少し変わっている。ここ数年は、ヨーロッパ系のテレビの講座は「旅する○○語」と題し、俳優やタレントが現地を巡りながら簡単なフレーズを学ぶという内容の、半年間(もう半年は再放送)の番組を流していた。番組単体では学びの絶対量が足りないとはいえ、現地の雰囲気や感覚を味わうという点では悪いつくりではなかった。それが例のコロナウイルス問題により、海外でも各所を回れなくなったことで、今は可能ではない旅の「ための」講座、「旅するための○○語」となったのである。私の仕事につながるイタリア語の番組も、10月からは「旅するためのイタリア語」と看板を掛け変え、新たな学び手の女優はずっとスタジオで講師陣とやりとりをしている。前回の記事を書いたころには、国による国内旅行のキャンペーンが大きく展開されていたわけだが、今や「第3波」の危機が叫ばれており、ひいては海外渡航も難しい状況が続いている。それでも遠くない将来、自由に海外を行き来できる状況(さらにはその経済的余裕)が多くの人に戻ることを願いつつ、私からは古代ローマやルネサンスの芸術だけではなく、未来派を中心とするイタリアの近代芸術を「旅するための」情報を、今回は提供させていただくことにしたい。

「未来派が気になるんですけど、イタリアのどこで見られますか」と聞かれると難しいのは、日本における未来派についての著述の多く、またそこから関心を持った人の興味は、おおむね運動の初期にあたる1910年代の作品に集中しているからである。この時期の作品については、ニューヨーク近代美術館(MoMA)をはじめとするイタリア国外の美術館に購入されていることも多い。第二次世界大戦直後からMoMAは、西洋美術の前衛の一つとして初期未来派をたびたび展覧会で取り上げ、その作品も順次イタリアの画家やコレクターから買い取っていった。バッラの《アーク灯》や、ボッチョーニの「精神の状態」三部作の第2ヴァージョン(中央の《別れ》を挙げておこう)など、MoMAのオンライン・カタログで検索可能な作品からだけでも、初期未来派の歴史を語ることも不可能ではないだろう。しかし、実際にはより長期に渡って続いた未来派運動の歴史の全体像や、それを含めたイタリアの近代芸術の知られざる多様性を知るためには、やはり同国の各地の美術館を巡ってほしい。

たとえば首都ローマでは、中央駅から地下鉄で4駅目のフラミーニオ駅で降り、そこから路面電車ないしは徒歩でボルゲーゼ公園の敷地に進んでいくと、ローマ国立近現代美術館(Galleria Nazionale d’Arte Moderna e contempranea、略称GNAM)にたどり着く【図1】。GNAMの常設展示の中にある、イタリアの独立戦争を主題とする巨大な戦争画や、ポスト印象派による点描技法のイタリア的解釈である「分割主義(divisionismo)」の画家たちの作品は、初期未来派のナショナリズムや技術上の背景を考える上でも欠かせない。同館の未来派に関する所蔵品は、ローマを拠点としたバッラの、またその影響を受けた芸術家の作品が中心となっており、1920年代以降により抽象主義的・デザイン的に発展していった運動の傾向を知ることができる。

202012太田岳人_図1:ローマ国立近現代美術館外観、2015年
図1:ローマ国立近現代美術館の外観、2015年
※筆者による撮影。

2007年以来、イタリアに行くたびにGNAMを私は訪れてきたが、初訪問の際にまず印象的だったのは、1920年代からの20年あまり、すなわちファシズム政権の時代と強く結びついた政治色の濃い作品も、相当のスペースを割いて展示されていたことだった。その中でも、未来派の作品はひときわ目立っており、中でもインパクトがあったのは、「ファシスト青年」の男女の行進や、機械とともに進む国家建設をムッソリーニの顔が上から見下ろす、6枚一組のドットーリの作品《ファシスト革命の多翼画》(1934年)である。2015年1月に訪問した際には、このドットーリの作品のそばに、実際の飛行機を使った最近の芸術家(残念ながら名前を失念してしまった)のオブジェが新たに配置されるとともに【図2】、飛行機=オブジェをはさんだ向かいの壁面には、第二次世界大戦後の社会的リアリズムの画家として知られるレナート・グットゥーゾ(1911−1987)らの作品が掲示されていた。様々な思索を鑑賞者にもたらそうとする、展示側からの仕掛けの試みも興味深い場所と言えよう【注】。

202012太田岳人_図2:ローマ国立近現代美術館の展示より、2015年
図2:ローマ国立近現代美術館内、ドットーリ(1884−1977)《ファシスト革命の多翼画Polittico della rivoluzione fascista》(1934)の展示、2015年
※筆者による撮影。

未来派運動の発祥の地であるミラノも、都市のシンボルであるミラノ大聖堂(ドゥオーモ)まで行ったら、その右手で2010年に開館したノヴェチェント美術館(Museo del Novecento)を訪れない手はないだろう。ドゥオーモの威容のおかげで建物は目立たないが、最上階のガラス張りから見える、ルーチョ・フォンターナが第二次世界大戦後のミラノ・トリエンナーレで披露したネオン管のインスタレーションが目印となっている【図3】。同館の公式サイトでは、美術館が所蔵する20世紀(ノヴェチェント)の「傑作10点」の中に、未来派からは《弾性elasticità》など、ミラノで活躍したボッチョーニの3点が選ばれている。未来派誕生100周年の直後に開館していることもあり、ミラノとボッチョーニを中心とする初期未来派の発展の説明は充実している。ついつい見逃しそうになるコーナーにも、ほとんど無造作に実験的音楽のための「騒音楽器」の再制作品が並べられていたりするので侮れない【図4】。

202012太田岳人_図3:ミラノ20世紀美術館、最上階、2019年
図3:20世紀美術館内、最上階から見たフォンターナ(1901−1968)の《アラベスクArabesco》(1951)の展示。ガラス越しに外のドゥオーモ、およびヴィットリオ・エマヌエーレのアーケードが見える、2019年
※筆者による撮影。

202012太田岳人_図4:ミラノ20世紀美術館、「騒音楽器」の展示
図4:20世紀美術館内、ルッソロ(1885−1947)考案の「騒音楽器intonarumori」たち(再制作)、2019年
※筆者による撮影。

ミラノでもう一つ重要なのは、経済の中心地であったことによる、同地の富裕な収集家による近代美術のコレクションである。たとえば、ボスキ・ディ=ステーファノ邸宅美術館の所蔵品からは、近代イタリアの芸術作品だけでなく、往時のコレクターの趣味のあり方もうかがい知ることができる。また、未来派とジョルジョ=デ・キリコら「形而上絵画」の重要作品を擁するジャンニ・マッティオーリ・コレクションは、半世紀近く前の1972年に東京と京都の国立近代美術館を巡回したという日本との縁もある。同コレクションは、長らくヴェネツィア・グッゲンハイム美術館に寄託されていたが、国立ブレラ絵画館が近代美術のための別館「ブレラ・モダン」を立ち上げる計画にともない、2017年以降はミラノに再び戻った。しかし、ブレラの別館の工事は予定より大きく遅れ、すでに去年の時点で、開館は2021年初頭になりそうだという悠長な見込みが出ていたという。ヴェネツィアでボッチョーニの《自転車乗りのダイナミズム》に感銘を受けた私としては、ミラノでまたこの作品を見られることを期待しているが、はたして日伊両国でコロナウイルス問題が収束するまでに、工事は終わっているのだろうか。

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【注】
こうした傾向は、すべてが成功しているかはともかく、現館長クリスティアーナ・コッル(Cristiana Collu)による常設展示の改革によってより加速している。特に2016年秋以降の「The time is out of joint」と題されたコンセプトは、作品それぞれが持つ歴史的文脈の「関節外しout of joint」を称し、それまでの時系列的に基づく順路の解体と解説パネルの撤去を推進したもので、これには美術史の研究者側の反発も強く、複数の大学教授が学術評議員を辞任する騒動も起こった。現在ではFacebookが多くを担っている(もともと冴えなかった公式ホームページは、なぜか私のパソコンからアクセスできなくなっている)、ウェブ上での広報のあり方なども含め、独自性の強い方針が続いている。

おおた たけと

太田岳人のエッセイ「よりみち未来派」は偶数月の12日に掲載します。次回は2021年2月12日の予定です。

■太田岳人
1979年、愛知県生まれ。2013年、千葉大学大学院社会文化科学研究科修了。日本学術振興会特別研究員を経て、今年度は千葉大学などで非常勤講師。専門は未来派を中心とするイタリア近現代美術史。
E-mail: punchingcat@hotmail.com

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