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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」
第42回 2019年09月10日

チューリッヒのコルビュジエ


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先日たまたま立ち寄ったチューリッヒ。湖沿いをぶらぶらしながら学生時代を思い出し、オープンしていたコルビュジエのパビリオンに寄ってみることにしました。ウェブサイトの情報に拠れば、この建物はコルビュジエが生涯で手がけた最後の建築で、またスチールとガラスを用いた唯一の建築。もともとは友人であったHeidi Weberのために計画され、チューリッヒ市が所有する土地を50年を目処に借りて建てられていたのが、数年前にその期限が終わって土地のオーナーが再び市に戻り、修繕を経た後に今年に入ってリニューアルオープンした。という経緯があります。
コルビュジエといえば、大学の建築学科に入って一番初めに名前を知る海外建築家の一人ではないでしょうか。ドミノシステム (Dom-Ino House)という鉄筋コンクリートの床とそれを支える柱、階段を積層してできるプレファブリックな構造システムを提案したり、近代建築の五原則 (Five points of new architecture)を提唱したり、モデュロールという独自の寸法体系を生み出したりと、建築を設計する際の手掛かりになるような共通言語を数多く提案してきました。
またピュリスムという絵画形式を生み出し、LCコレクションなどよく知られている家具のデザインをしていることもあって、建築関係者のみならず多くの人が一度は見聞きしたことがあるだろう建築家です。そんなコルビュジエは建築を学び始めた人にとってなんでも成し遂げたスーパーマンのようであり、さらに彼の建築デザインのスタイルは時代によって大きく変容していったので、僕自身にとっても≪なかなか掴みきれない凄い人≫という印象がありました。そんなわけでコルビュジエについて多くを語れるほど自分の見解はまとまっていません笑。今回は訪れた建築に絞って紹介していきたいと思います。

このパビリオンは学生時代に何度か訪れて、その立地、建物の規模と工法、そして多様な色使いからしてどこかの万博で建てられたものを移築してきたんだろうか。と勝手に想像していました。スチールを主構造として、ボルトを用いた部材ユニットを反復するようにして全体の空間が組み立てられている。このキュービックなユニットを増やすことも、減らすこともできるような自由度のある工法からは仮設建築のような印象すら感じるのですが、建物の裏側へ回ってコンクリートでできたスロープがあるのを確認して、ようやくこの建物がこの場所のために建てられた恒久的なものであると理解できました。
建築は実にいろいろな素材を用いて建てることができますが、コンクリートでできた建築は見た目にヴォリューム感があり、主に現場で型枠組みをして生コンクリートを流し込んで作られることから地面から盛り上がってできた岩のような、その場にずっと建ち続けている印象を与えます。一方で木造や鉄骨造は部材をクレーンで運んだり、旧い建築を移築したりすることが比較的起こりうるので恒久的なイメージは強くありません。

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今回改めてパビリオンを見てみると外観からは多様な色使いが、内部では自身の作によるリトグラフや絵画がそして家具が、つまり建物それ自体だけでなく建物の中にある要素をうまく使って建築空間を構築し総合的に設えているのに気づきます。僕が思う優れた建築家とは、こうした建築にまつわる全ての物事をうまく組み合わせることができる人です。その組み合わせは単なる足し算の効果を生むものではなく、全体を堅苦しくないくらいに統一しながらもさらに効果を昇華させていく力がある。そんな空間からはロジック(論理的思考) で建築を組み立てたり、デザイン全てを特定のコンセプトで統一しようとする設計とはまた違った、自由奔放なリラックスした雰囲気を感じます。
このようにコルビュジエが建築にまつわる全ての物事を (ここで≪物事≫と言っているのは、設計者の考えが≪実在の物≫として現実化され、またそれらによって使い手が行う≪出来事≫をもデザインされていると考えているからです) 目の届くところ全てを丁寧にデザインしようとしている事実に、僕は愕然とすらしてしまいます。デザインすることはすなわち決断することの連続で、建築のように規模が大きく関わってくる決定要素が多ければ多いほど、それら要素の相互関係を推敲して組み合わせを数多く試しながら、時としてそれらをカテゴライズしたりヒエラルキーをつけたりして、整理し秩序づけていかないとなかなかデザインが決まりません。そしてある時、ルービックキューブがカチっと合わさる瞬間のように、全ての要素が互いに良い関係を保った状態で現れてくる笑。
そして、≪堅苦しくないくらいに全体を統一していく≫には実際の使い手が運んでくる想定外の物事にも柔軟に対応できる許容力、寛容さが建築空間に不可欠です。例えば今このエッセイを書いているダイニングルームには、キッチンシンクやコンロがあり、各種キッチン家電があり、机があり、その上にはりんごジュースの入ったコップが、ノートと色鉛筆があります。それら全てのものをデザインし切ることまではおそらくできないけれど、設計デザインの枠組みの範疇に収めていくことはできる。。。

話を戻して少しパビリオンを見ていきます。
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再び始めの写真を見ると矩形のユニットが連結してできた建物の上に、大きなヴォリュームのスチール屋根が覆っているのが見て取れます。両者は色使いと素材で共通点があるものの、屋根は多角形、建物は矩形。と形態としては別物です。眺める角度によっては屋根が雲のような大きな塊として目に映り、実は空間が内包されているのではないかとも想像しまいます笑。
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矩形ユニットの屋上に上ると、建物の隣にある池の水面が反射して屋根に映りきらめいていたりする。この屋根の架かった屋上からはもちろん上空は見えません。代わりに屋根が本体とは別の構築物として成立しているからこそ認識することができる、物と物の間の隙間に隠れている明るい穴ぐらのような、そんな少し変わった感じのする場所です。

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建物内を歩いていると内装の在り方が外装に比べ落ち着いている(壁パネルの外部はカラフルなエナメル加工である反面、内部の仕上げはオークのベニヤ仕上げ)。内部階段はシンプルに設計されて簡易な手すりがデザインされていて全体としてコンクリート製の家具みたいに感じられる。室内に入る光の取り入れ方、彼自身の手による壁画が本当にうまく建築の一部として機能していて、名前を聞くまでもなくコルビュジエの設計だとわかる。空間に彼のクレジットが付いてきているような、コルニュジエ以外に誰でもない空間です。

チューリッヒの湖沿いをしばらく歩いて行くと途中にあるパビリオン。観光に少し疲れたら、軽く立ち寄って見てはいかがでしょうか。


*図版はすべて(https://pavillon-le-corbusier.ch/en/)より
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。



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