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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」
第48回 2020年03月10日

建築の立面図について


ふと毎日を過ごしていると、日課と呼べるようなことではないにしろ、日々こなしていく家事に体と心が慣れてきてしまっていることにさえ、気付かないことがあります。

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先日、仕事場へ向かうバスを待っている間、携帯のバッテリーが切れて、何もすることがなくバス停で手持ち無沙汰に目の前の道路を眺めていました。すると、道路を挟んで僕の座っているところの向かいにある建物のファサード(正面)が、特に珍しいわけではないのだけれど、なかなか端正な窓の配置をしている、と気付きました。

考えてみれば、僕たちが普段生活している中で、建物を正面から見据えることはあまりありません。

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道を歩いている時、遠くの建物は側面に近い斜めから眺めることになるし、建物のすぐ傍を歩く時には、近すぎて全てを見渡すことができない。地上階くらいにしか視野に入ってきません。
そもそも自分が移動しているので、建物は多くの街の風景を構成している、過ぎ行く要素の一つでしかないのです。

仮に今回のように道路の反対側に渡って、建物正面を見据えようにも、道幅が狭くて全てが眺められるだけの十分な距離がとれなかったり、さらには建物の前に電柱や木々があったりで、建築の立面図として描かれているように、煽りのない正面からのクリアな姿を見ることはできません。


そんな現実があるものの、僕たち建築家は建物の立面図を描き、デザインを検討していきます。

立面図を含めた多くの図面は、設計チームの同僚と、建物を建てる施工会社と、そして施主とのコミュニケーションツールとして、時には言葉よりもずっと正確に話しかけてきます。
一方で、実際の建物を想像し、街を歩く人たちにとって、その建物がどう見えてくるかを理解するためには、頭の中で二次元で描かれた図面を三次元に立ち上げて想像する必要があります。


最近、ピーターメルクリがベルギーで行ったレクチャーの動画を見つけて、よく聴いています。

メルクリはいろいろな機会で、そしてこのレクチャーでも、自分たちの身近にある紙とペンを使ってスケッチを始めるところから、建築設計は始めらることができる。と若者に伝えています。

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実際に彼のスケッチを見ると、抽象的ではあるものの、建物のファサード(立面図)のように見えるものが多くあります。
建物のキーになる要素、例えば柱が支える床、床から立ち上がる別の柱、柱と柱の間にあるに開口部。をバランスよく配置していく、つまりプロポーションを整えていく。

メルクリはスケッチを描くことで思考のきっかけを探って、設計を進めていく姿勢を見つけ出していこうとしていると、僕は理解しています。

こう表現して良いのかはわかりませんが、ひょうきんで茶目っ気のある独特の線で描かれている。子供のイラストのような自信に満ちた太い線と濃い塗りで、プロジェクトのエッセンスを描き出してしまう。
そのスケッチは見るからに、思考の速さに追いつくようにサッと描かれて、手数は少ないのに線から生まれる情報は豊かです。

そうしたスケッチから生まれたプロジェクトの竣工写真を、その最終的な図面を眺めてみると、ゆったりとしながらも、同時に緊張感が存在しているのが見て取れます。


(レクチャーの9分くらいから、彼が一番初めに設計した2家族のための住宅が紹介されています。そこには4本のどっしりとした丸柱が、しかし建物を支えることなく、十分な存在感を持って建っています。この支えるもののない柱に関しては、ルドルフ オルジアティについて紹介した第五回の記事を参考にしてください。) 


レクチャーを見ながら、ふと、講義で抽象的なスケッチや立面図を紹介する建築家は、メルクリ以外に誰がいただろうか。と疑問が浮かびました。他の建築家なら、わかりやすい模型や、部屋の配置がわかる平面図や、外内観を人の目線で表したイメージや写真で語るだろう、と。
その際に、立面図やスケッチは外観イメージにとって代わられてしまいます。

それでも立面図をプロジェクトを表す重要な媒体として紹介するメルクリの意図はなんだろう?

全体を表すイメージでは伝えることのできない、写真では煽りや障害物があってわかりづらい、建物の顔ともいうべき立面図のプロポーションを、図面できっちりと見せる必要があったのではないだろうか。。?


バス停での些細な気づきから始まったことが、いろいろな疑問を僕に投げかけてきました。

建築空間では直接的に理解することが難しい、立面図や平面図を、各要素のバランスをもって端正に描かなければいけない。
綺麗で整った平面図で描かれた建築は、良い空間になるとはよく聞くけれど、実際のところ、どうだろう。

建築体験と図面での認識のギャップを埋めるための思考のジャンプに、設計者それぞれの個性の違いが見えてくるのだと思っています。

(最後の写真はレクチャーから引用)
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。”建築と社会の関係を視覚化する”メディア、アーキテクチャーフォトにて隔月13日に連載エッセイを綴っています。興味が湧いた方は合わせてご覧になってください。



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