ときの忘れもの ギャラリー 版画
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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」
第61回 2021年04月10日
州立美術館にて

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長らく続いた行動制限の後、ここスイスでは三月になってようやく美術館もオープンされることになりました。

今回訪れたのは企画展≪Jahresausstellung der Bündner Künstlerinnen und Künstler≫です。公募によって選ばれたグラウビュンデン州にゆかりのあるアーティストの作品が展示されています。例年であれば年末に展示されるのですが、ロックダウンの影響で二度延期になった結果、今ようやく開催されることになったというわけです。

あまり混まないであろう日曜日の午後、閉館時間に近い頃合いを狙って足を運びました。


来館者はポツポツと見かけるくらい、ゆっくりと観賞するにはちょうど良い混み具合です。
皆、マスクをつけているのでどんな表情をしているのかはわからないのですが、唯一あらわになっている目を見れば、一つ一つの作品を丁寧に眺めているのがわかります。皆揃って、真剣です。

60代以上の年配の夫婦を多く見かけましたが、グループというわけではなく、日曜の午後にふらっと足を運んだ。という感じで一人で来ている人も少なくありませんでした。こんな気軽さがあるのも、人口3万人の街にある中規模の美術館ならでは。美術がこれくらい身近にあると日常が豊かになります。

とは言え、ただ作品を見てまわるだけではなく、作家の名前をチェックしたり、パンフレットを具に読んだりと、制作の背景も気に留めて出来る限り理解しようと努めているのがわかりました。

展示室は、近年増築された州立美術館の新しい建物の地下にあります。シンボリックな外観の地上に出て見える部分は、小さな展示空間と美術館スタッフの働くアトリエがあり、巨大な展示室は全て地下に作られています。

地上階の受付でチケットを購入し、ロッカーでコートやカバンを閉まった後、同じフロアでもなく、そして上階へ上るのでもなく、地下2階へ潜っていく。その行為にはちょっとした違和感がありました。辺りは静かで、自分の足音だけが反響するコンクリート打放しの階段を歩いていくその感覚は、大きな地下駐車場へ向かっていくようです。

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展示階に着きました。ここには、矩形のきれいな空間が並んでいます。
どんな作品をも展示できるようなニュートラルな部屋。
地下一階と地下二階はほとんど同じ平面計画をしていて、時折自分がどちらの階にいるのかがわからなくなる。
既存の古いヴィラを改装した母屋の美術館に加えて、新しくいくつかの展示室を作るという意味ではこの新しい建物は事足りているけれど、ゲストが作品を観賞するのに加えて、美術館全体を体験していく上での何かを求めようとすると、少し物足りない気持ちもある。十分に展示のしやすい空間があるものの、あっさりとしすぎているのでしょうか。

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全体の展示を通して見て、何か突拍子もないような作品があったわけではありません。作品がじっとそこにあって、何かをゆっくりと話しかけてくるような、静かな姿勢が多くの作品から感じとることができました。社会が巡りめく大都市の展示ではない、スイスの自然、アルプスの麓の街にある州立美術館の展示らしさがある。

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多くの建築はそれが建つ場所の土地文化を体現しています。美術作品も同じように、その制作場所ならではのバックグラウンドが見え隠れしています。地元にゆかりのある作家の作品のみが展示された今回の展覧会で、面白いくらいにその土地らしさが現われているのを見て、その土地の気候文化のポテンシャル、そしてその影響力に、ただただ驚いてしまいました。

すぎやま こういちろう

杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。”建築と社会の関係を視覚化する”メディア、アーキテクチャーフォトにて隔月13日に連載エッセイを綴っています。興味が湧いた方は合わせてご覧になってください。



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