生誕130年 橋口五葉展
千葉市美術館
会期=2011年6月14日(火)~7月31日(日)

ご紹介したい展覧会があるのに、ついつい遅くなり(まだ間に合うと思っているうちにあっという間に会期末となってしまう)申し訳ありません。
え~、久々に五葉(ごよう)の名を聞いて心が躍ります。
千葉市美術館には西山純子さんというなかなか優秀な学芸員がいて、特に創作版画では出色の企画展を連発しています。
今回も監修者に岩切信一郎さんを迎え、油彩、水彩、素描、版画、絵葉書、装幀本、ポスターなど約400点を出品、過去何度か開かれた五葉展とは、一味も二味も違う内容になっています。
1912年の无声会展に出品され、モノクロ写真でのみその存在を知られていた幻の「黄薔薇」など新出資料が数多く出品されています。
橋口五葉展

橋口五葉展_裏

ところで話があらぬ方向へ飛びますが、先日横浜美術館での「生誕120年記念 長谷川潔展」をご覧になったFさんから以下のような感想メールをいただきました。

長谷川潔の版画はどれも素晴らしかったです。駄作が一つもないという綿貫さまのご意見に納得しました。(ただ油彩画はピンときませんでしたが.....)
特にマニエール・ノワールといわれる一連の作品は息を呑む美しさでした。これだけの芸術家に晩年まで冷たかったという我が国はいったいどんな国でしょうか.....>

問題は油彩です。
肉筆浮世絵と浮世絵版画の違いにも言えることですが、往々にして優れた版画家=優れた油彩画家とはいかないようで、その典型が長谷川潔と山本鼎です。
二人による凡庸な油彩画をあまた見てきましたが、市場はよくしたもので、版画の価格の半分にも及ばぬ低評価です。
橋口五葉(1880年~1921年)にしてもタブローや素描がたくさんありますが、木版画の気品漂う魅力には到底適いません。

五葉のブーム(リバイバル)は1970年代後半に突如として起こった(と亭主の若き日の記憶です)。
昔の資料はほとんど倉庫にしまいこんだので、正確なことをいえないのが残念ですが、70年代の半ばでしたでしょうか、サザビーズだかクリスティーズで五葉の木版画が当時としては破格の値段(確か百万円台だったと思う)で落札されました。
日本の画商さんたち(私も含め)が騒然としたのは言うまでもありません。
「ゴヨウって誰だ」から始まって「えっそんなに高く売れるの」まで、利にさとい画商さんたち五葉を求めて右往左往した。
ところが作品が探せどないんですね。

五葉は鹿児島生まれ(因みに鹿児島と和歌山が日本の近代の画家たちの一大産地)。
はじめ日本画を学び、のちに洋画に転じ東京美術学校に進みます。同時代の人たちにはあの夏目漱石の『吾輩ハ猫デアル』の装幀で有名ですね。
『行人』など漱石の装幀は五葉がつとめ、イラスト感覚に溢れたその斬新なデザインは評判を呼び、森田草平、鈴木三重吉、森鴎外、永井荷風、谷崎潤一郎、泉鏡花らの装幀も手がけました。1911年(明治44年)三越呉服店の懸賞広告図案で第1等の懸賞金千円を獲得するなど売れっ子スターだった(当時の千円は大金です)。

この時代、山本鼎たちが主導した創作版画運動の勃興期で、自画・自刻・自摺のスローガンに象徴されるあらたな「版の絵」を求めて多くの若い作家たちが版画という当時の「最先端のメディア」に取り組んでいました。
それに対抗して浮世絵の復興を目指した版元・渡邊庄三郎は「新版画」の運動を展開します。
彫師、摺師との共同作業による新版画に五葉は1915年(大正4年)に参加します。
渡邊版画店より発表した木版画の名作「浴場の女」がその後の五葉の活躍を期待させます。
モデルを雇い、夥しい裸婦素描を制作しています。それらの成果が「髪梳ける女」、「手鏡」、「手拭いを持つ女」、「化粧の女」、「かがみの前」、「盆持てる女」などの木版画です。
創作版画がちまちまと衰退して行くのに対し、このまま五葉が制作を続けてくれれば、日本は歌麿など浮世絵版画の名作にも勝るとも劣らぬ、そして近代感覚に溢れた女性美を獲得できたに違いありません。
1921年、五葉は僅か10数点の木版画を残したのみで、中耳炎から脳膜炎を併発し急逝してしまいます。40歳の若さでした。

五葉死して半世紀、突如高額落札された木版画に色めきたった美術業界。
そのとき、生涯に残した全作品を所蔵していたのはただ一人、若い都庁のお役人Wさんでした。
Wさんは、はじめ新聞小説の挿絵の切り抜きからコレクションをスタートさせたと聞いています。少しお小遣いが使えるようになると伊東深水の木版画を買いはじめます。深水はご存知のように長生きしましたから作品はたくさんあります。
時代も良かったのですね。コレクションした深水が高くなりだしたころ、それらを売り払い川瀬巴水に買い換えます。
これがWさんの非凡なるところで、メジャーな深水に比べてまだ巴水は安かった。作品も多作でしたからいくらでも買えます。
さらにWさんは集めた巴水を売り、五葉に集中したわけです。
そのおかげで70年代半ばに起こった五葉リバイバルではWさんのコレクションが引っ張りだこになります。
今のサラリーマンコレクターのはるか先を行っていたわけですね。

1976年(昭51)銀座の泰明小学校の前にあった平木浮世絵財団リッカー美術館で開催された「大正の女 橋口五葉展」はあらためて五葉の魅力を多くの人々に伝えたのでした。

千葉市美術館の展覧会をご紹介のはずが、思わぬ昔話しになってしまいました。
五葉展は7月31日(日)までです。お見逃しなく。

ここで五葉の作品をご紹介できればいいのですが、あいにく在庫がありません。
代わりにといってはなんですが、今日から始まる「クレー、カンディンスキーと恩地孝四郎展」の番外作品2点をご紹介します。
恩地孝四郎「AVRIL」恩地孝四郎
「AVRIL」
1926年 木版(オリジナル)
17.5×19.0cm

恩地孝四郎「人体・少女1925」600
恩地孝四郎
「人体・少女」
1925年 木版(オリジナル)
18.0×13.0cm

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◆ときの忘れものは、2011年7月26日[火]―7月30日[土]「クレー、カンディンスキーと恩地孝四郎展」を開催しています。
クレー、カンディンスキー、恩地展19世紀末から20世紀はじめにかけて巻き起こった新しい美術運動の中から生まれたクレー、カンディンスキーの版画作品と、それらの影響を受けながら日本で独自の抽象作品を制作した恩地孝四郎の作品、あわせて20点を出品します。

◆ときの忘れものは、2011年8月5日[金](プレス、招待客のみ)、6日[土]、7日[日]にウェスティンナゴヤキャッスル9Fで開催される「ART NAGOYA 2011」に出展します。
ときの忘れもののブースは908号室です。

◆ときの忘れものは、2011年8月8日[月]―8月15日[月]まで夏季休廊となります。夏休みをとるのは数年ぶりですので、営業日に関してどうぞお間違いのないようお願いいたします。

今月のWEB展は福田勝治展です。