「第21回瑛九展 46の光のかけら/フォトデッサン型紙」は本日が最終日です。

今展では、美術史研究家・浅野智子さんに「瑛九の型紙考」を、宮崎日日新聞文化部の中川美香さんに「瑛九を追って」をそれぞれ寄稿していただきました。
「生誕100年記念瑛九展」が埼玉県立近代美術館と、うらわ美術館の2会場で同時開催されていますので(9月10日(土)~11月6日(日))、ぜひそちらもご覧ください。
瑛九の造語である「フォトデッサン」は、先行するマン・レイやモホリ=ナギが印画紙の上に物を置き、直接光をあてて制作した「フォトグラム(レイヨグラム)」と同じ技法ですが、これに自らの進むべき道を見出した若き日の瑛九の自負をうかがわせる言葉であると言えます。マン・レイたち先行者と異なり、瑛九は自ら切り抜いた「型紙」を使って膨大な点数を制作しました。その作品群を見れば、それらが絵画性の強い独創的なものであったことは一目瞭然です。
先日、セロファン紙による型紙からどのような作品(フォトデッサン)が生まれたかをご紹介しましたが、今日は、画用紙や普通の紙の型紙から生まれた作品をご紹介しましょう。
上がときの忘れもので展示している「型紙」、下がそれを使って制作された作品(フォトデッサン)です。
それぞれ、公立美術館所蔵の作品や、雑誌掲載された作品から探してみました。
瑛九
「フォトデッサン型紙30」
切り抜き・厚紙
38.2x53.9cm
E)瑛九
「海」
1951年 フォトデッサン
36.8×52.4cm
北九州市立美術館所蔵
*「フォトデッサン型紙30」を使って制作された作品です。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
瑛九
「フォトデッサン型紙36」
切り抜き・厚紙
34.5x49.4cm
"Q Ei"とペンサインあり
F)瑛九
「芝居」
1950年 フォトデッサン
44.3×53.5cm
国立国際美術館所蔵
*「フォトデッサン型紙36」を使って制作された作品です。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
瑛九
「フォトデッサン型紙39」
切り抜き・厚紙
52.5x34.8cm
G)瑛九
「三人の乙女」
1952年 フォトデッサン
56.0×45.5cm
埼玉県立近代美術館所蔵
*「フォトデッサン型紙39」を使って制作された作品です。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
瑛九
「フォトデッサン型紙40」
切り抜き・厚紙
38.0x31.5cm

H)瑛九
55.5×45.5cm
*「フォトデッサン型紙40」を使って制作された作品です。
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こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
*完成作品は、下記図録から転載しました。
『瑛九 フォトデッサン展』カタログ
2005年10月22日 国立国際美術館 発行
88ページ 25.7x18.2cm
テキスト:細江英公、五十殿利治、安來正博
『季刊 写真映像2』
1969年9月25日 写真評論社 発行
198ページ 25.6x18.3cm
特集:東松照明、深瀬昌久、柳沢信、瑛九・遺作、村瀬秀明
エッセイ:佐々木基一、金坂健二、岡田晋、吉村伸哉、針生一郎、鈴木志郎康、玉井瑞夫、津田新一、斉藤竜鳳、今野勉、中井幸一
■瑛九 Ei-Q
1911年宮崎生まれ。本名・杉田秀夫。1925年中学を退学し上京、戸塚にある私立・日本美術学校洋画科に入学し、この頃より油絵を描く。15歳で『アトリヱ』『みづゑ』など美術雑誌に評論を執筆。1930年日本美術学校を退学。オリエンタル写真学校に入学し写真の研究を行なう。「フォトグラム」の制作を始め、写真評論を写真雑誌『フォトタイムス』に発表する。
1936年印画紙による新しい作品を制作し上京、久保貞次郎と共に画家・長谷川三郎を訪ねる。長谷川と美術評論家・外山卯三郎の協力で、この作品を「フォト・デッサン」と命名、「瑛九(Ei-Q)」の名で発表することを決定し、フォトデッサン作品集『眠りの理由』を刊行。1937年自由美術家協会創立に参加。
戦後は、既成の画壇や公募団体を批判し、1951年デモクラート美術家協会を創立。靉嘔、池田満寿夫、磯辺行久、河原温、細江英公ら若い作家たちに大きな影響を与えた。油彩、フォトデッサン、版画などに挑み、独自の世界を生み出す。1960年48歳で永逝。
全46点の型紙の裏表両面を掲載した大判のポスター(限定200部、番号入り)を製作しました。
瑛九展ポスター(表)
限定200部
デザイン:DIX-HOUSE
サイズ:84.1x59.4cm(A1)
限定200部(番号入り)
価格:1,500円(税込)
+梱包送料:1,000円
瑛九展ポスター(裏)
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今展では、美術史研究家・浅野智子さんに「瑛九の型紙考」を、宮崎日日新聞文化部の中川美香さんに「瑛九を追って」をそれぞれ寄稿していただきました。
「生誕100年記念瑛九展」が埼玉県立近代美術館と、うらわ美術館の2会場で同時開催されていますので(9月10日(土)~11月6日(日))、ぜひそちらもご覧ください。
瑛九の造語である「フォトデッサン」は、先行するマン・レイやモホリ=ナギが印画紙の上に物を置き、直接光をあてて制作した「フォトグラム(レイヨグラム)」と同じ技法ですが、これに自らの進むべき道を見出した若き日の瑛九の自負をうかがわせる言葉であると言えます。マン・レイたち先行者と異なり、瑛九は自ら切り抜いた「型紙」を使って膨大な点数を制作しました。その作品群を見れば、それらが絵画性の強い独創的なものであったことは一目瞭然です。
先日、セロファン紙による型紙からどのような作品(フォトデッサン)が生まれたかをご紹介しましたが、今日は、画用紙や普通の紙の型紙から生まれた作品をご紹介しましょう。
上がときの忘れもので展示している「型紙」、下がそれを使って制作された作品(フォトデッサン)です。
それぞれ、公立美術館所蔵の作品や、雑誌掲載された作品から探してみました。
瑛九「フォトデッサン型紙30」
切り抜き・厚紙
38.2x53.9cm
E)瑛九「海」
1951年 フォトデッサン
36.8×52.4cm
北九州市立美術館所蔵
*「フォトデッサン型紙30」を使って制作された作品です。
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瑛九「フォトデッサン型紙36」
切り抜き・厚紙
34.5x49.4cm
"Q Ei"とペンサインあり
F)瑛九「芝居」
1950年 フォトデッサン
44.3×53.5cm
国立国際美術館所蔵
*「フォトデッサン型紙36」を使って制作された作品です。
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瑛九「フォトデッサン型紙39」
切り抜き・厚紙
52.5x34.8cm
G)瑛九「三人の乙女」
1952年 フォトデッサン
56.0×45.5cm
埼玉県立近代美術館所蔵
*「フォトデッサン型紙39」を使って制作された作品です。
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瑛九「フォトデッサン型紙40」
切り抜き・厚紙
38.0x31.5cm

H)瑛九
55.5×45.5cm
*「フォトデッサン型紙40」を使って制作された作品です。
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*完成作品は、下記図録から転載しました。
『瑛九 フォトデッサン展』カタログ2005年10月22日 国立国際美術館 発行
88ページ 25.7x18.2cm
テキスト:細江英公、五十殿利治、安來正博
『季刊 写真映像2』1969年9月25日 写真評論社 発行
198ページ 25.6x18.3cm
特集:東松照明、深瀬昌久、柳沢信、瑛九・遺作、村瀬秀明
エッセイ:佐々木基一、金坂健二、岡田晋、吉村伸哉、針生一郎、鈴木志郎康、玉井瑞夫、津田新一、斉藤竜鳳、今野勉、中井幸一
■瑛九 Ei-Q
1911年宮崎生まれ。本名・杉田秀夫。1925年中学を退学し上京、戸塚にある私立・日本美術学校洋画科に入学し、この頃より油絵を描く。15歳で『アトリヱ』『みづゑ』など美術雑誌に評論を執筆。1930年日本美術学校を退学。オリエンタル写真学校に入学し写真の研究を行なう。「フォトグラム」の制作を始め、写真評論を写真雑誌『フォトタイムス』に発表する。
1936年印画紙による新しい作品を制作し上京、久保貞次郎と共に画家・長谷川三郎を訪ねる。長谷川と美術評論家・外山卯三郎の協力で、この作品を「フォト・デッサン」と命名、「瑛九(Ei-Q)」の名で発表することを決定し、フォトデッサン作品集『眠りの理由』を刊行。1937年自由美術家協会創立に参加。
戦後は、既成の画壇や公募団体を批判し、1951年デモクラート美術家協会を創立。靉嘔、池田満寿夫、磯辺行久、河原温、細江英公ら若い作家たちに大きな影響を与えた。油彩、フォトデッサン、版画などに挑み、独自の世界を生み出す。1960年48歳で永逝。
全46点の型紙の裏表両面を掲載した大判のポスター(限定200部、番号入り)を製作しました。
瑛九展ポスター(表)限定200部
デザイン:DIX-HOUSE
サイズ:84.1x59.4cm(A1)
限定200部(番号入り)
価格:1,500円(税込)
+梱包送料:1,000円
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