私の人形制作第57回 井桁裕子

夢の話 2


私が会社員をやめてから、今年でちょうど10年になります。
ちょうど10周年の記念である4月に引っ越しをすることになりました。
今いる部屋がどうにも狭くなっていたところに、良い話があって即決したのです。
今度はやや不便な場所ですが、少し広くなります。
そして実にありがたいことに、住み慣れた東京を離れずに済みます。

作品の話を書きたいのですが、まだ詳しいことを書ける段階ではないので、年明けに書いた夢日記の続きを載せて頂こうと思います。
文字通りねごとのような話ですみません….。



アトムの夢/2010年4月24日土曜日

その夜は雨が降っていて、私はあちこち出かけて疲れて帰って来たのだった。

台所で何か音がして、私は目が覚めた。
暗い中に、幼い少年が這うような姿勢で居るのがかろうじてわかった。
私が手探りで近寄っていくと、その子は私のひざに乗ってくる。
ずっしりと重く、冷たい。

  ぼく、やっと帰って来たよ。

小さな声で甘えてくるが、暗さで顔は見えない。
私はその肩を抱えて、小さな背中をなでる。
肌はシリコンの手触りで、雨に濡れていた。

その体はいくら抱いていても、暖まってはこないのだ。
鼓動も無く、呼吸もしていない。
私は黙ってびしょぬれの子どもを抱いた。

  ここに入るのは簡単だったよ。
  いつも、あそこから入っていたんだ。

見上げると、玄関ドアの上の明り取りのガラスが開いている。
風と一緒に雨が吹き込んでいて、外には常夜灯が弱々しく灯って
いた。

私は思い出した。
昼間、外でこの子に会ったのだ。
そして私は「君は前にうちの子だったのに、覚えていないの?」
と嘘をついてからかったのだ。
彼はその言葉を信じて、自分の記憶情報を組み替えてその新たな過去につじつまを合わせ、こんな夜中にここへ「帰って」きてしまったのだ。
鉄のパンツ一丁で、雨の中、ジェットで空を飛んで。

命のない彼が、どんな衝動にかられてここまで飛んできたのか。
アトムはいっそうしっかりと私の胸に顔をすりよせてくる。
何千キロも先の音を聞き分ける耳で、私の心臓の鼓動を一心に聞いているのだ。

いいんだよ、ずっとここにおいで。
しんとした機械の体を抱きながら、
私は涙がこみあげてくるのを感じた。
かわいそうな、アトム。

だが、彼は私の思いを感じる心を持たない。
この子を愛すれば愛するほど、私は孤独になるのだろう。

01井桁裕子
「集中力」
2012年
陶・釉薬


(いげたひろこ)

◆井桁裕子のエッセイ「私の人形制作」は毎月20日の更新です。

■ときの忘れものは2014年3月12日[水]―3月29日[土]「瀧口修造展 II」開催しています(※会期中無休)。
201403
今回は「瀧口修造展 Ⅰ」では展示しなかったデカルコマニー30点をご覧いただきます。

●出品作品を順次ご紹介します。
takiguchi2014_II_28瀧口修造
《Ⅱ-18》
デカルコマニー、紙
Image size: 15.7x9.0cm
Sheet size: 19.3x13.1cm

038瀧口修造
《Ⅱ-19》
デカルコマニー、紙
※『瀧口修造の造形的実験』(2001年)No.223と対
Image size: 26.3x19.0cm
Sheet size: 26.3x19.0cm

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このブログでは関係する記事やテキストを「瀧口修造の世界」として紹介します。土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。


カタログのご案内
表紙『瀧口修造展 I』図録
2013年
ときの忘れもの 発行
図版:44点
英文併記
21.5x15.2cm
ハードカバー
76ページ
執筆:土渕信彦「瀧口修造―人と作品」
再録:瀧口修造「私も描く」「手が先き、先きが手」
価格:2,100円(税込)
※送料別途250円(お申し込みはコチラへ)
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本日のウォーホル語録

「愛は買ったり売ったりできる。古いスーパースターのひとりは、彼女の愛する男に追い出されるたんびに泣いていた。ぼくは彼女に、「心配するなよ。いつか有名になって、彼を買うことができるようになるから。」と言ってやったものだ。そして本当にそういうことになって、彼女は今とても幸せだ。ブリジッド・バルドーは、男たちを愛の対象物として扱い、彼らを買ったり、捨てたりする、本当にモダンな最初の女のひとりだった。ぼくはそういうのが好きだ。―アンディ・ウォーホル」

ときの忘れものでは4月19日~5月6日の会期で「わが友ウォーホル」展を開催しますが、それに向けて、1988年に全国を巡回した『ポップ・アートの神話 アンディ・ウォーホル展』図録から“ウォーホル語録”をご紹介して行きます。
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