木村利三郎■ニューヨーク便り6(1980年)

版画オークション


 五月三日、パークバネットのオークションを見に行った。下見は前週の土曜日、総点数六百六十点、三部屋の壁一面にすきまなく飾られており、部屋の中央の机の上にも並べられている。六$のカタログを手に明記された底値と見くらべつつ一点づつ見てゆく。髙い場所の作品は係員に頼むと、はずして手にとって見ることができる。下見客は男女、老若、人種、いろいろ、日本人もやたらと多い。とくにクニヨシ、フジタの前は多い。クニヨシは十一点、夏と題したリトは底値千四百$より千八百$、とある。フジタは十点でていた。七百$より五千$までのそれぞれの底値がついている。昔オスローのムンク美術館で見たのと同じなつかしいムンクの版画が十点、底値は千$より四万$まで「マドンナ」は状態が大変悪く、紙は試し刷り用紙を使用していたので黒のインクのつきが悪く、こんなので売りに出してよいのかと思った。
 なにか有名美術館のコレクション展を見ているみたいな気がする程、多種多様な有名な作家達の版画群である。でもつかれて椅子にこしかけて、小声で話し合って動く人々のむれのなかでフト思ったことは、金、金、金、という印象であった。$札が壁一パイにはりつけてあるのだ。声さえかければ誰れにでもその一点一点がかんたんに手に入れることができるのだ。自分の部屋に飾ってもよく、他人に売って利益を得ることもできるのだ。ここでは作品の価値を云々するのではない。作家名と保存状態とそれにともなう利益が底値+アルファとなっているのだ。ぼくには版画の一点一点にいくらのアルファがあるかという計算をさせるテスト会場に見えてきた。
 ぼくの旧い一人の友人は、画家を志していたが、或る日オークションに来て、金で作品が右から左へと動いているのをみて、すっかり画家になる気持を失ってしまったと云う。彼女は絵画がセリにかけられることが自分の良心に不潔感をあたえたのだろう。彼女は画家と結婚したが自らは一切絵筆を持つことをしなかった。
 さて月曜日の朝十時よりオークションがはじまった。簡単な椅子が三百ぐらいの会場に百人ぐらいの人が集っていた。目的の作品がほしい人は予報されている時間に来ればよい。買い終った人や買えなかった人はセリの途中でもどんどん帰って行く。作品の底値によってセリの出発値段は異り、挙手による値上りも百$とか五十$づつといった具合、まったく早い。昼休みを入れて夕刻四時まで全部を終えてしまうのだ。画商らしい人と同行の客も多く、夢中で値段の打ち合せをしているのを聞く。全作品で総額いくらになるか知らないが、オークション会社は売り手買い手からそれぞれ十%の手数料を取る。
 或る友人の医者は銀行に預金しているより、絵画・版画を買い、オークションの予告値上りをみて売りその金で次のを買う、という方法の方が利益があるし、いろいろと自分の専門外のARTの勉強もしなければいけないし、とてもおもしろいと云っていた。彼が最近話していたのはメキシコの作品がこれから高くなる。特にシケイロス、リベラ、タマヨなどで、それ等の作品は世界的評価に比べて不等に安すぎる。それにメキシコは石油によってこれから金持ちの国になる。丁度日本がクニヨシやフジタを夢中で買いもどしているように、メキシコ革命時代の作品を買いもどすであろう。事実シケイロスは底値千六百$から二千$の作品が千五百$で落ちていたし、リベラは底値千$から千二百$のが八百$で落ちていた。
 落札値。クニヨシの「夏」・リト、が千六百$。フジタの「二人のヌード」・リト、は底値四千$から五千$が五千二百五十$。問題のムンクの「マドンナ」は底値の半分の二万五千$だった。
 今年ニューヨーク中をわかすはずのピカソ(大ピカソ展)は出品数なんと百十八点、まるでピカソオークションみたいだ。落札値の最高は、ノーナンバー・アクワチントで二万八千$。一番安いのはノーサイン・ドライポイントで八百$だった。このオークションは年四回開かれる。ぼくは全部見たわけでなかったが、下見のとにと同じく変な気がした。別に買ったり売ったりしたのではないのにつかれたし、五月の明るい空なのに気が滅入った。
 価値観の世界はいつの時代も変る。大きい社会、小さい社会、集団、国、宗教、場所などのちがいによってますます変る。ARTには一応国境がないとされている。しかし、金の力だけによって価値が確定してゆくのは、驚きと不安が重なり合い、その価値にはARTの哲学について作家もコレクターも発言していない。
一挙手一挙手がオークションの意志表現ではあるが、人類共通の言葉であるARTの発想表現とは異っているのである。
(きむら りさぶろう)

『版画センターニュース No.58』所収
1980年6月1日 現代版画センター発行


1986年11月Gアバンギャルド_木村利三郎木村利三郎先生(左)と社長
1986年11月
ギャラリーアヴァンギャルドにて


●今日のお勧め作品は小野隆生です。
小野隆生イタリア娘小野隆生
「女性像」
テンペラ、キャンバス
90.5x72.5cm(F30号)
サインあり

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