パリ製本留学顛末記
パリから日本に帰ったのは1996年の春だったと記憶しているので、かれこれもう20年近くが経とうとしている。3年しか滞在していなかったので帰国というのも大げさな言い方だが、私の中では未だに以前・以後で時がプッツリと分かれているような気がする。以来、埋められない欠落感を抱え続けているような感じもある。
それ以前の私は、「ルリユール」という言葉も知らず、もちろん、それについても何も知らなかった。栃折久美子さんの著書さえ読んだこともなかったのである。
どのように、そしてなぜ「ルリユール」を始め、今もやっているのか?そのワケを聞きたいと言われることがよくあるが、自分でもよくわかっていないので人を納得させられる説明はできそうにない。なので記憶を辿って始まりに戻ってみることにする。退屈な話になりそうだが、しばしおつきあいください。
読書好きであり、製本にも興味があったのは確かで、製本は少し習ったりしていたが、当時、関西では簡易製本以上の事は習う場がない状況で、自分としてはもう少し知りたいと思っていた。そういう中で、ヨーロッパに住む学生時代の友人から「本を自分でかがって製本する伝統工芸云々の何か」をやり始めたという事を聞き、たいそう興味を引かれたのだった。
「いったん本をばらして、それをかがり直して自分の好きな革の表紙をつける」ですって!? それはいったいどういうこと?? 大いなる疑問は膨らみ、たまたまフランスに長期滞在する計画があったので、では学校を探そうということで知人の伝手でパリにある製本学校を紹介してもらい、ネットのない時代のことでほかに探す手立てもなし、その学校に通うことにしたのだった。こうしてなんとも行き当たりばったり的にパリで製本を始めることになった。情報はまったくなし。このようなことでは将来の現地での苦しみは十分予想できるというものである。
モンソー公園の近く、閑静な住宅地にある「パリ装飾美術・製本学校」を初めて訪れたのは1992年の夏だった。たどたどしくなんとか登録を済ませ、新学期までに用意すべき道具リストを渡されたので、パリの製本道具店・レルマに行き、リストを提示して、何に使うのか皆目見当がつかない道具類を揃え、それ以上どうしようもないので何もしないまま、バカンスで観光客以外は空っぽになったパリの美しい夏を長閑に過ごした。この間とにかく語学学校に通うべきだったと思いだしては、怖れ戦くのであった。 ――後半に続く――




最初の授業で、製本を学ぶための「ブロシュール(仮とじ本)」を用意するように言われて、初めて「ブロシュール」と遭遇することになる。写真は、最近入手した興味深い仮とじ本から
アルフレッド・ジャリ『砂時計覚書』1894年に出版された詩集の完全復刻版
Les Minutes de sable : mémorial / par Alfred Jarry
Édition du Mercure de France (Paris)
(11×14)cmのほぼ正方形の小型本で、ジャリによる「砂時計=心臓」
ほか木版画が使われ古い雰囲気に仕上げられている。タイトルページの前のページのタイポグラフィーも興味深い。
(文:市田文子)

●作品紹介~市田文子制作


『La Dispersion』
Daniel Bourdon
Jan Voss挿画
Edition Fata Morgana 2002年
本文ベルジェ紙
・2012年制作
・仔牛革総革装
・綴じ付け製本
・仔牛革モザイク
・イタリア製手染め紙
・タイトル箔押し:中村美奈子
・221x144x18mm
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。
本の名称
(1)天
(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)
額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。
角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。
シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。
スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。
総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。
デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。
二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。
パーチメント
羊皮紙の英語表記。
パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。
半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。
夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。
ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。
両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。
様々な製本形態
両袖装
額縁装
角革装
総革装
ランゲット製本
*画廊亭主敬白
<青山でギャラリー・美術編集を手掛ける「ときの忘れもの」からメルマガで紹介されていたブログをふと開くと、以前ルリユールを習っていた先生の文で驚き。代わる代わる更新されているそう、今後も楽しみ。frgmのエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」(oka ayumi さんのtwitterより)>
frgmの皆さんの連載がちょうど一年、12回目を迎えました。徐々にファンも広がっており来年秋には展覧会も計画しています。どうぞご期待ください。
●今日のお勧め作品は、北井一夫です。
北井一夫
「1973中国 上海」
1973年
ゼラチンシルバープリント
27.9x35.6cm
Ed.5
サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆frgmの皆さんによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
◆ときの忘れものは2015年10月1日[木]―10月10日[土]の短い会期ですが「秋のコレクション展~詠み人知らず」を開催しています(日曜、月曜は休廊です)。

普段ご紹介する機会の少ないちょっと渋めのコレクションを選びました。どうぞお出かけください。
パリから日本に帰ったのは1996年の春だったと記憶しているので、かれこれもう20年近くが経とうとしている。3年しか滞在していなかったので帰国というのも大げさな言い方だが、私の中では未だに以前・以後で時がプッツリと分かれているような気がする。以来、埋められない欠落感を抱え続けているような感じもある。
それ以前の私は、「ルリユール」という言葉も知らず、もちろん、それについても何も知らなかった。栃折久美子さんの著書さえ読んだこともなかったのである。
どのように、そしてなぜ「ルリユール」を始め、今もやっているのか?そのワケを聞きたいと言われることがよくあるが、自分でもよくわかっていないので人を納得させられる説明はできそうにない。なので記憶を辿って始まりに戻ってみることにする。退屈な話になりそうだが、しばしおつきあいください。
読書好きであり、製本にも興味があったのは確かで、製本は少し習ったりしていたが、当時、関西では簡易製本以上の事は習う場がない状況で、自分としてはもう少し知りたいと思っていた。そういう中で、ヨーロッパに住む学生時代の友人から「本を自分でかがって製本する伝統工芸云々の何か」をやり始めたという事を聞き、たいそう興味を引かれたのだった。
「いったん本をばらして、それをかがり直して自分の好きな革の表紙をつける」ですって!? それはいったいどういうこと?? 大いなる疑問は膨らみ、たまたまフランスに長期滞在する計画があったので、では学校を探そうということで知人の伝手でパリにある製本学校を紹介してもらい、ネットのない時代のことでほかに探す手立てもなし、その学校に通うことにしたのだった。こうしてなんとも行き当たりばったり的にパリで製本を始めることになった。情報はまったくなし。このようなことでは将来の現地での苦しみは十分予想できるというものである。
モンソー公園の近く、閑静な住宅地にある「パリ装飾美術・製本学校」を初めて訪れたのは1992年の夏だった。たどたどしくなんとか登録を済ませ、新学期までに用意すべき道具リストを渡されたので、パリの製本道具店・レルマに行き、リストを提示して、何に使うのか皆目見当がつかない道具類を揃え、それ以上どうしようもないので何もしないまま、バカンスで観光客以外は空っぽになったパリの美しい夏を長閑に過ごした。この間とにかく語学学校に通うべきだったと思いだしては、怖れ戦くのであった。 ――後半に続く――




最初の授業で、製本を学ぶための「ブロシュール(仮とじ本)」を用意するように言われて、初めて「ブロシュール」と遭遇することになる。写真は、最近入手した興味深い仮とじ本から
アルフレッド・ジャリ『砂時計覚書』1894年に出版された詩集の完全復刻版
Les Minutes de sable : mémorial / par Alfred Jarry
Édition du Mercure de France (Paris)
(11×14)cmのほぼ正方形の小型本で、ジャリによる「砂時計=心臓」
ほか木版画が使われ古い雰囲気に仕上げられている。タイトルページの前のページのタイポグラフィーも興味深い。
(文:市田文子)

●作品紹介~市田文子制作


『La Dispersion』
Daniel Bourdon
Jan Voss挿画
Edition Fata Morgana 2002年
本文ベルジェ紙
・2012年制作
・仔牛革総革装
・綴じ付け製本
・仔牛革モザイク
・イタリア製手染め紙
・タイトル箔押し:中村美奈子
・221x144x18mm
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。
本の名称
(1)天(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)
額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。
角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。
シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。
スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。
総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。
デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。
二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。
パーチメント
羊皮紙の英語表記。
パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。
半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。
夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。
ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。
両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。
様々な製本形態
両袖装
額縁装
角革装
総革装
ランゲット製本*画廊亭主敬白
<青山でギャラリー・美術編集を手掛ける「ときの忘れもの」からメルマガで紹介されていたブログをふと開くと、以前ルリユールを習っていた先生の文で驚き。代わる代わる更新されているそう、今後も楽しみ。frgmのエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」(oka ayumi さんのtwitterより)>
frgmの皆さんの連載がちょうど一年、12回目を迎えました。徐々にファンも広がっており来年秋には展覧会も計画しています。どうぞご期待ください。
●今日のお勧め作品は、北井一夫です。
北井一夫「1973中国 上海」
1973年
ゼラチンシルバープリント
27.9x35.6cm
Ed.5
サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆frgmの皆さんによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
◆ときの忘れものは2015年10月1日[木]―10月10日[土]の短い会期ですが「秋のコレクション展~詠み人知らず」を開催しています(日曜、月曜は休廊です)。

普段ご紹介する機会の少ないちょっと渋めのコレクションを選びました。どうぞお出かけください。
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