「浮田要三展に寄せて」~2

河﨑晃一
(甲南女子大学文学部メディア表現学科教授)


吉原治良と浮田要三
 子どもの絵、詩を通じて直感的に生まれてきた浮田の眼は、吉原との出会いによって急速に膨らみ、ふたりは接近していった。吉原にとっても子どもの創作力は関心を寄せるところであり、1948年には第1回阪神童画展覧会を企画し未就学児童の絵を中心に公募した。この展覧会は、「童美展」として具体メンバーたちの審査によって2008年まで58回続けられた。吉原は、子どもの絵に魅せられ『きりん』の挿絵、文章を引き受け、たびたびその名を見ることができる。1953年ころからは、のちの具体メンバーとなった嶋本昭三の名も登場し、吉原を通じての交流の広がりが見て取れる。一方で1955年12月に開催された『きりん』発行所(日本童詩研究会)の主催による「きりん展」は、具体メンバーたちが指導してきた中学生以下の子どもによる図画工作の公募展だった。審査には、吉原治良、須田剋太らがあたり、具体の嶋本昭三、山崎つる子金山明田中敦子白髪一雄、村上三郎が徹夜で展示をしたという。この経験は、彼らにとって子どもの自由な表現力を強く感じ取った出来事であった。初期具体メンバーたちの何人かは、子どもたちに絵を教えていた。そして「きりん展」「童美展」に携わることによって、彼らは創作の大きな刺激を受けていたのである。その仲間に浮田の存在がったと考えられる。

浮田要三_黒入歯出品No.4)
浮田要三
《黒入歯》
2008年
油、アクリル彩、キャンバス、ドンゴロス
60.0×116.0×3.0cm
裏面に浮田夫人のサインとスタンプあり


 浮田には、具体美術協会に所属した作家の中で、参加したきっかけ、その経歴、関わり方など他の作家とは大きく異なるところがある。浮田が具体の創立の時、最も貢献したのは、機関誌『具体』の第1号の印刷であった。メンバーは、浮田が提供した印刷機を嶋本のアトリエに持ち込み編集制作した。1955年、吉原から具体のメンバーになることを勧められた浮田は、初めて絵画を制作するという未知の世界に足を踏み入れた。それは、何よりも吉原の浮田への最大の評価であり、信頼であったと言えるだろう。「ところが実際に制作を始めますと、作品の良し悪しが全く分からず」(注3)と当時の心境を記している。しかし、本人の価値判断が定まらないまま、素材を意識した1958年の「新しい絵画世界展アンフォルメルと具体」の出品作は、吉原も認めるところであった。「自分では分からないのに、他人の吉原先生がほめて下さるというのは、うれしいことでありましたが」(注4)とその戸惑いは隠せない。そして自身の判断で1964年に具体を退会することになる。そこには、浮田の芸術評価に対する毅然とした態度が示されている。

浮田要三_TOP出品No.5)
浮田要三
《TOP》
2012年
油、アクリル彩、キャンバス、ドンゴロス、板
95.0×101.0cm
サインあり


かわさき こういち

注釈
注3 「浮田要三小論(哲学的考察に於いて)」、『浮田要三の仕事』、浮田要三作品集編集委員会編、p,12
注4 同上 p,12

■河﨑晃一 Koichi KAWASAKI
1952年兵庫県芦屋市生まれ。甲南大学経済学部卒業。卒業後、染色家中野光雄氏に師事、80年から毎年植物染料で染めた布によるオブジェを発表。87年第4回吉原治良賞美術コンクール展優秀賞、第18回現代日本美術展大原美術館賞受賞。
『画・論長谷川三郎』の編集、甲南学園長谷川三郎ギャラリーや芦屋市立美術博物館の開設に携わり「小出楢重と芦屋展」「吉原治良展」「具体展」「阪神間モダニズム展」「震災と表現展」などを企画した。93年にはベネチアビエンナーレ「東洋への道」の具体の野外展再現、99年パリジュドポムの「具体展」、近年では、2015年にアメリカテキサス州ダラス美術館での「白髪一雄/元永定正展」を企画、海外での具体の紹介に協力。06年より2012年まで兵庫県立美術館に勤務されました。現在、甲南女子大学文学部メディア表現学科教授。

DSCF62562013年3月に開催した「GUTAI 具体 Gコレクションより」展ギャラリートークにて
前列中央が河﨑晃一さん、前列左は石山修武さん


●作品集のご紹介
20150905130904_00001 のコピー『浮田要三の仕事』
2015年7月21日発行
発行所 りいぶる・とふん
編集人 浮田要三作品集編集委員会
制作人 浮田綾子、小崎唯
テキスト:浮田要三、貞久秀紀、加藤瑞穂、平井章一、井上明彦、おーなり由子
25.7×27.2cm
316ページ
全テキスト英訳
税込10,800円、送料別途


◆ときの忘れものでは2016年4月8日(金)~4月23日(土)まで「浮田要三展」を開催しています(日・月・祝日休廊)。
201604_UKITA_1000
1954年に関西在住の若手作家を中心に結成された「具体(具体美術協会)」。1950年代にはまだパフォーマンスやインスタレーションといった表現が新奇の眼で見られるだけで、美術作品としての評価はなかなかされにくい時代でした。
しかし近年では国際的にも注目をあび、1950~70年代の日本のアートを再評価し検証する動きが活発です。2013年2月にニューヨークのグッゲンハイム美術館で開催された「GUTAI」展は大反響を呼びました。
具体のリーダーであった吉原治良の「人の真似をするな」という言葉に象徴されるように、具体美術協会に参加した作家たちは従来の表現や素材を次々と否定して新しい美術表現を旺盛に展開していきました。
本展では「具体」に参加した浮田要三に焦点を当て、油彩作品をご覧いただきます。

●ときの忘れものは2016年3月より日曜、月曜、祝日は休廊します
従来企画展開催中は無休で営業していましたが、今後は企画展を開催中でも、日曜、月曜、祝日は休廊します。