芳賀言太郎のエッセイ  
「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いたサンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路1600km」 第21回
Japanese on 1600km pilgrimage to Santiago Vol.21

第21話 スペインのシスティーナ礼拝堂 ~サン・イシドロ教会~


10/22(Mon) Leon (0km)

 現在のニュースのホットスポットはベルギーだろう。2016年3月28日に首都ブリュッセルで起きた連続テロ事件は世界を揺るがす重大ニュースとなった。それはビールやチョコレートといったイメージが先行しがちなベルギーが、実はヨーロッパ統合の中心地の一つであり、首都ブリュッセルに欧州連合の主要機関が置かれるなど、世界の政治の一大拠点であることを気がつかせてくれるものでもあった。
 そして4月3日、ベルギーはお祭りである。ベルギーが別な意味で世界の中心の一つであることを実感する日である。最も格式ある自転車ロードレースとして「クラシックの王」と呼ばれる「ツール・デ・フランドル」。フラマン語で「ロンド・ファン・フラーデレン」。国民の半分はレースを見に行き、6時間を越えるテレビの実況中継の視聴率は70パーセントを超えるという一大イベントである。今年は記念すべき100回大会。ブリュッセル国際空港がまだ全面復帰しない中、そしてどう考えても警備には一番向かないと思われるロードレースは、しかし当然のように開催された。コース上に観客が入り込まないための警備員はいるが、警官まして軍人の姿は見えない。
 人種や国籍を超えて組まれたチームが、一人のエースの勝利のために一丸となる。前年度優勝者には敬意が表され、優勝候補者が落車などのアクシデントの際には他の選手はスピードを上げずに復帰を待つ。こうした騎士道精神とフェアプレイを重んじる自転車競技がベルギーの国技である。スポーツは世界を平和にするのか。スポーツの力を信じている。

 レオンのサン・イシドロ教会はスペイン最高とも呼ばれるロマネスクの壁画が残っている。その華麗な室内装飾から「ロマネスクのシスティーナ礼拝堂」と称されるサン・イシドロ王立参事会教会に足を運ぶ。ローマ時代の城壁に囲まれた旧市街の北西の角近くに位置し、城壁をそのまま教会の西壁として利用している。

01サン・イシドロ教会


 10世紀の初め、レコンキスタに勝利したアストリアス王国は首都をオビエドからレオンに移してレオン王国となる。国王ラミオ2世は王女のために王宮の隣に女子修道院を創設し、また近くにはコルドバの少年殉教者ペラヨの遺骸が移送され聖堂が建設される。これらは10世紀末にイスラム勢力によって破壊されてしまうが、11世紀の初め、レオンの再建に当たったアルフォンソ5世は、この女子修道院を再興し、仮設の教会を建てて王家の墓所とする。これをフェルナンド1世がロマネスク様式で建て替え、1063年にセビージャの教父イシドロの遺骨を奉遷して「サン・イシドロ教会」として奉献。巡礼の興隆と共に手狭となったため、1101年新会堂が建てられ始め、1149年に献堂される。
 現在の教会は、この11世紀の教会堂のナルテックス(列柱廊:前室)、12世紀の教会堂、そしてさらに15世紀にゴシックで改築された後陣からなる複合建築物である。

02サン・イシドロ教会2


 広場から見渡すことのできるのは南側面で、左の「子羊の門」と右の「贖罪の門」が見える。「子羊の門」は12世紀の教会の主扉で、タンパンの上部に「神の子羊(キリスト)」が刻まれていることからその名がある。タンパンの下部には「イサクの奉献」が刻まれ、旧約と新約との関係が目に見える形で示されている。「贖罪の門」は12世紀の教会の南翼廊に設けられている門で、巡礼者のための扉口であったためにこの名がある。タンパンには「十字架降下」「復活」「昇天」の3つの場面が刻まれている。

03贖罪の門 タンパン彫刻


 堂内は3廊式のロマネスク様式の空間である。身廊は半円形のアーチを支える角柱の列で仕切られ、石造りのヴォールト天井であるが、身廊の上部と側廊にロマネスク様式としては大きな窓が開いているため、スペインの陽光とも相まって内部は明るい。角柱と壁面には半円形の付け柱があって、浮き彫りを施した柱頭が並ぶ。12世紀前半のロマネスク彫刻最盛期の作品であるが、今の自分には絵画以上に味わうのが難しい。いつか分かるようになりたいとは思っているのだが。
 東端の後陣はゴシック様式、祭壇障壁はルネサンス様式であるが、多弁形アーチによって縁取られた得翼廊はロマネスク様式のままである。光の加減もあるのだろうが、自分には一番落ち着ける空間であった。

04サン・イシドロ教会 内部


05サン・イシドロ教会 内部2


 現在は美術館となっているナルッテクスは、1056年に「全ヒスパニアの皇帝」として戴冠し、「大王」(El Magno)と呼ばれたフェルナンド一世がその威光をあらわすべく、新たなるローマの再現を目指した王立パンテオン(霊廟)として1063年に建造が開始された。石造りのヴォールトを持つ重厚な建築で、2列の3連アーチには、聖書物語や動物をモチーフとした柱頭彫刻が施されているが、圧巻とされるのが、奇跡的とも言えるような状態で保存されたフレスコ画であり、ほぼ完全な形でキリストの生涯を描いている。

06王廟の内部構成 (c)スペイン政府観光局


 「圧巻なのが」ではなく「圧巻とされるのが」というのは、暗くてよく見えなかったからである。保存状態の良いフレスコ画を状態の良いままで保存するために照明は暗く、もちろん写真撮影は禁止である。そして何より、自分はこの手のキリスト教美術には弱いのである。不勉強なのはもちろんなのだが、そもそも生まれがプロテスタントで、しかも信仰の造形による表現を極めて抑制したカルヴァン派(宗教改革の時には聖像を壊して回ったグループに近い)に属した教会で育ったため、図像よりも空間の方に意識が向いてしまう。

07座せる全能の神キリスト像 (c)スペイン政府観光局


 帰国後、本で確認したところによれば、6つに区分された天井にそれぞれ主題の異なる図像が展開されている。中心は12世紀の教会堂へと続く中央奥の区画で、4福音書記者(右足下に獅子の顔を持つマルコ、左足下に雄牛の顔を持つルカ、右手上に鷲の顔を持つヨハネ、左手上に人の顔を持つマタイ)を従えた「万物の支配者(パントクラトール)たるキリスト」が、アーモンド型の光輪の中に、左手に聖書(「EGO SUM LUX MUNDI:わたしは世の光である」の文字が見える)を持ち、右手を挙げて世界を祝福している。右奥の天井と壁面には「キリストの降誕」の諸場面が描かれ、右奥の天井には、この王廟壁画の中の最高傑作と言われる「羊飼いたちへのお告げ」、右手前の天井には「ヘロデ大王の幼児殺戮」、壁面には「受胎告知」「マリアのエリサベツ訪問」「降誕」「エジプト逃避」「公現」「宮詣」が描かれている。

08サン・イシドロ教会 水盤


 中央手前の天井には「最後の晩餐」が描かれているが、イエス・キリストと9人の使徒を食卓奥に、ユダと2人の使徒を手前に配している。左手前の天井に「キリストの捕縛」「十字架を負うシモン」「手を洗うピラト」「ペテロの否認」が描かれる。
 左奥の天井には「黙示録のキリスト」が描かれ、「ヨハネの黙示録」冒頭の、口から諸刃の剣を出すキリスト、7つの燭台と7つの教会、天使から黙示を受けるヨハネの姿が描かれている。
 そしてナルテックスと教会堂を繋ぐ扉の上部に「神の子羊」と「聖霊の鳩」さらに一年間の人々の働きを12の場面で描いた「農事暦」が描かれている。といっても、肉眼では細部はもちろんのこと、いくつもの本で賞賛されている鮮やかな赤色とか奇跡的に残った高貴なる青色(プレシャス・ブルー)も確認することはむずかしく、お土産屋さんの絵葉書とガイドブックを売るための陰謀ではなどといらぬことを考えてしまう。

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※「王廟の内部構成」、「座せる全能の神キリスト像」の画像は、勝峰昭『イスパニア・ロマネスク美術』、光陽出版社、2008年より転載

歩いた総距離1028.8km
(はが げんたろう)


コラム 僕の愛用品 ~巡礼編~
第21回 ジャケット
patagonia パタゴニア NANO PUFF JACKET ナノ・パフジャケット
定価28.080円 アウトレット価格12.500円


このコラムもネタが尽きてきた。巡礼に持って行ったアイテムはたくさんあるが、愛用品と呼べるものは多くはない。むしろ持って行ったものの、使えなかったものや不便だったものの方が多い。一つ例を挙げると電源の心配をしてソーラーバッテリーを持って行った。不安だったのである。しかし、電源で困ることはないということは歩き始めて2日で感じた。これは最後まで使わないだろうと。よく考えれば当たり前である。サハラ砂漠やアマゾンに行くわけではない。そこにはちゃんと(というのも失礼な話だ)人が住んで私たちと変わりない生活をしているのである。そして、バッテリーというのはそれなりに重い。結局3日目に着いた村で日本に送り返した。
 今回からは、もし、次に巡礼に行くことがあれば持って行くというアイテムを取り上げる。これらの道具は私が現在の生活で使用しているものである。巡礼の体験を通して必要なもの、必要な機能がそれなりにではあるが分かってきた。これから巡礼に行こうと考えている人の参考になればと思う。
 私はパタゴニアの製品が好きである。創業者イヴォン・シュイナードはクライマーであり、当時は軟鉄製で使い捨てるしかなかったピトン(ハーケン)を再利用可能な鋼鉄製とするために独学で鍛造を学び始める。くず鉄から手作りした鋼鉄製ピトンの噂はすぐに広まり、仲間からの注文が殺到することになる。これがパタゴニアの始まりなのだが、イヴォン・シュイナードのロッククライミングが、鷹狩団体のメンバーとしてハヤブサのヒナを手に入れるための懸垂下降から始まり、鋼鉄製ピトンの作成も使い捨ての軟鉄製ピトンで岩肌が汚されることへの疑問から始まったことが象徴しているように、世界で初めてすべてのコットン製品をオーガニックに切り替えたり、他社に先駆けてペットボトルからの再生繊維を使ったフリースを販売するなど、一貫して環境保護と企業活動の両立という「現代の冒険」を続けている。2001年には、売上高の1%以上を自然環境の保護および回復を精力的に推進する団体に寄付する企業同盟「1% for the Planet(地球のための1%)」を共同設立し、さまざまな環境団体を支援している。日本でもクライマーやスキーヤー、環境保護に共感する人たちを中心に支持されている。
 このナノ・パフジャケットは化学繊維を使ってダウン並の機能を持つが、値段も高い。とても定価では買えない。ユニクロのダウンでいいじゃないか。むしろフリースで十分だろ!値段が全然違うじゃないか。という意見もわかる。
 ただ、あれは街着である。アウトドアで使えないことはないが、製品をコンセプトが全く異なっている。野球やサッカーに専用のユニフォームがあるように、アウトドアにも専用のウェアがあるのだ。巡礼路は東京ではない。ピレネーやカンタブリア山脈の峠を越えることになるため、天気が悪いと夏でも一桁の気温になる。ここでは最悪を想定しなければいけないのだ。なぜなら、死んでしまうことがあるからである。映画「星の旅人たち」では主人公の息子は初日のピレネー越えの途中で亡くなっている。そして事実、低体温症のために救助を求めることになる巡礼者は決して少なくはない。
 ナノ・パフジャケットはダウンのように軽く、すっきりしてモコモコと着膨れせず、濡れても効果がある。ダウンは軽くて、保温性は抜群なのだが、水を吸うと保温性能が極端に落ちるという欠点がある。それを解決したのがこのナノ・パフジャケットである。
 まあ、安価に売られているダウンでも構わないのは確かである。雪山に登るわけではないのだから別にそんなお金かけたくないよと思う気持ちもわかる。ただ、自然を相手にすることに関してはオーバースペックということは決してないのだ。

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NANO PUFF JACKET


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patagonia


芳賀言太郎 Gentaro HAGA
1990年生
2009年 芝浦工業大学工学部建築学科入学
2012年 BAC(Barcelona Architecture Center) Diploma修了
2014年 芝浦工業大学工学部建築学科卒業
2015年 立教大学大学院キリスト教学研究科博士前期課程所属

2012年にサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路約1,600kmを3ヵ月かけて歩く。
卒業設計では父が牧師をしているプロテスタントの教会堂の計画案を作成。
大学院ではサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路にあるロマネスク教会の研究を行っている。

●今日のお勧め作品は、光嶋裕介です。
20160411_koshima_6_ulf-4_treehouse光嶋裕介
「幻想都市風景 - TREE HOUSE」
2014年
和紙にペン、墨
34.0x52.0cm
サインあり


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◆芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。