小林紀晴のエッセイ「山の記憶」 第3回

 前回触れた「幼少の頃の死の直感」というのは、具体的にはどのようなものか。どこから生まれたものなのか。
 目をつぶり、正しく記憶を辿ってみる。しかし、途中で、必ずその道筋はわからなくなる。次第におぼろげになり、途中からトレースできなくなる。当たり前といえば、当たり前かもしれない。最後まで辿ることができれば、それはもはや記憶ではなく、記録かもしれない。
 子供の頃、時々、外に立たされた。一種のお仕置きみたいなもので、宿題をしなかったとか、悪さをしたとか、理由はそんな子供ゆえのことだった。日本のほかの地域でも、そんなことが普通に行われていたのかを私は知らない。少なくとも現在、東京の住宅街で、そんなふうに玄関先に立たされている子供の姿を見かけることはない。もしかしたら、時代と関係しているのかもしれない。
 少なくとも長野県の私の生まれ育った地域では昭和40年代、50年代、そんなふうに子供が外に立たされることは、けっして珍しいことではなかった。あるいはお蔵に閉じ込められることも。ちなみに、学校で教師に廊下に立たさることもごく普通にあった。
 思い出してみても、肝心な「外に立たされた理由」というものはほとんど記憶にない。きっと、些細なことだったのだろう。カミナリが落ちると、親から「外にでて、立ってろ!」と言われた。
 勝手口の脇に一時間ほど立っていれば、許される。だから反省するより、その時間をいかにやり過ごすかばかりを考えていた。1時間もすれば、親の気持ちも落ち着き、「まあ許してやるか」という感じで、家のなかに入れてもらえたからだ。
 ただ、冬だけは明らかに違った。緊張が走った。突然、外に出されるのだから、防寒着を羽織ることは許されないし、帽子もかぶらず、手袋もしていない。下手をしたら裸足にサンダルだけ履いてほっぽり出されることになる。
 つまり部屋着のままなのだ。だから、すぐに身体が急激な寒さに包まれる。気温はマイナスだ。寒さに比例して、心のなかに恐怖心が広がっていく。それはより強靭になり、揺るがない。
 このまま死んでしまうのではないか。
 その思いが唐突に湧き上げる。もし、家のなかに入れてもらえなかったら確実に死ぬと確信する。次第に足の指先の感覚がなくなっていきもする。
 いま考えれば、親もきっとそのあたりの頃合いは十分に考え、計算していたはずだ。冬は15分ほどで「入っていい」と許しがでたからだ。
 でも子供だからそんな余裕などない。もし一晩中出されたままで朝を迎えたら、と思うと、意識は絶望に変わる。間違いなく死んでしまうという想像だけが突っ走る。マイナス10度以下になるので、大げさではなく、本当に死ぬことだってあり得るだろう。
 その恐怖心が私のなかには眠っている。大人になっても消えることがない。不意に目を覚ます。

01小林紀晴
「Winter 03」
2014年撮影(2014年プリント)
ゼラチンシルバープリント
14x11inch
Ed.20


 前回触れた、写真展に来てくれた方の
「幼い子供が、死なんて、連想するだろうか?」
 という発言に疑問を呈したのは、だからだ。その言葉に違和感を抱いたのは、こんな体験が根底にある。
「幼少の頃の死の直感」
 私はそれを写真に撮りたかった。
 それにつながるものをあえて撮ることは、一種の荒治療だとも思っている。
登山家がヒマラヤなどの高所で高度順応するために、あえて高度障害を押して高いところまで行き、少しだけ下ると身体が楽になる。結果として早く順応する。それにどこか似ている気がする。
 あえて、「幼少の頃の死の直感」を連想するものを目にして、写真に撮る。すると、何かが違って見えるのではないか。そんな行為だと思っている。
 数年前に同じ写真を地元で展示したことがある。
 会場に置いた感想ノートにこんな意味のことが書かれていた。
「わたしは、盆地の冬が嫌いです。冬の枯れた山が苦手だからです。でも、ここに展示されている写真はなぜか好きです。もしかしたら、次の冬、枯れた山が違って見えるかもしれません」
 書いてくれた方と、深いところで直接、何かがつながった気がした。
こばやし きせい

小林紀晴 Kisei KOBAYASHI(1968-)
1968年長野県生まれ。
東京工芸大学短期大学部写真科卒業。
新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。1997年に「ASIAN JAPANES」でデビュー。1997年「DAYS ASIA》で日本写真協会新人賞受賞。2000年12月 2002年1月、ニューヨーク滞在。
雑誌、広告、TVCF、小説執筆などボーダレスに活動中。写真集に、「homeland」、「Days New york」、「SUWA」、「はなはねに」などがある。他に、「ASIA ROAD」、「写真学生」、「父の感触」、「十七歳」など著書多数。

●今日のお勧め作品は、小林紀晴です。
20160519_kobayashi_10_work小林紀晴
〈ASIA ROAD〉より2
1995年
ヴィンテージC-print
Image size: 18.7x28.2cm
Sheet size: 25.3x30.3cm
サインあり


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