小林紀晴のエッセイ「山の記憶」 第9回
クワガタムシ 01
梅雨が明けると、きまった友達数人と毎日のように山に入った。クワガタムシを捕るためためだ。
クワガタムシは、あまり山奥にはおらず、割と里に近い雑木林にしかいない。あるいは単純に、子供だったから奥まで足を踏み入れていないだけだったのかもしれない。それでも西に続く山並みを眺めてみれば奥にいくほど植林されていて、ほとんどは唐松だから、やはりいないはずだ。唐松林には不思議なほどクワガタムシは姿を見せない。
ちなみに、カブトムシは小学校6年間のあいだにメスを一匹だけ捕まえただけだった。その数が極端に少ないのは標高1000メートルという寒冷な気候と関係があるのかもしれない。
小学4年生の夏は当たり年だった。夏休みまでに40匹ほどのクワガタムシをすでに捕まえていた。
種類でいうと、コクワガタが一番多く、次にミヤマクワガタ、ノコギリクワガタといった順だ。すべてをひとつの大きな水槽にいれて飼うと、ムシたちは餌を取り合ってケンカを頻繁にする。私はわざとケンカさせて、それを見たかった。
餌はスイカとかメロンなどで、いまのように市販されている専門の餌などないのだから、とにかくショウジョウバエがすぐに発生して、水槽の中を飛び交っていた。
そんな大漁の年には、新たにコクワガタを捕まえても全然嬉しくない。もちろん、捕まえれば大切に家に持って帰るのだが、どこか「まあ、どっちでもいいや」という気分もある。だから、コクガワタのオス5匹と、ミヤマクワガタのオス一匹を交換しよう、などという話が一緒に山にはいる友達とのあいだで自然にでてきて、
「じゃあ、あとオスを一匹追加でよこせ」
「ダメ、そのかわり、メスを一匹つける」
などという取引が行われるのだった。
小学生にとってメスのコクワガタは悲しいほど人気がなく、押し付けるような存在だった。
ではクワガタムシはどこで捕るのか。
山といっても、もちろん広い。漠然と歩いていては絶対に捕まえられない。コツは当然ながら存在する。親に教えてもらったわけでも、本を読んで知識を得たわけでもなく、もちろん学校の先生が教えてくれるわけでもないが、毎日、毎日山を歩いているなかで自然に身につけた。それだけ捕ることに本気だったのだろう。だから、私たち数人は立派な狩人だったといえるはずだ。
クワガタムシは明るい林にいる。蔓が絡んで前が見えなかったり、前に進めないような藪のなかにはいない。クヌギとか栗などが混じっている雑木林が狙い目だ。そんな林は必ずというほど歩きやすく、風通しもいい。地面は枯葉が堆積していることが多い。もちろん下草や蔓が絡んだ細い枝の木がそのあいだに生えていたりすることもあるが、全体の印象として乾いているのが特徴だ。
そんな場所を見つけると、注意深く木を一本一本観察していく。まずは太い木の幹を見る。樹液が出ていないかをチェックして回るのだ。皮がめくれて、木そのものが傷を負ったように見える感じが理想的だ。だから自然と日陰の北側が多くなる。傷がジュクジュクと膿んでいるようなイメージだ。
すぐに見つかるものではないが、丁寧に見ていけば、ほぼ見つかる。指で触ってみてベタついていることが重要だ。すでに小さなアリが列をなして歩いていることも目印となる。
小林紀晴
「Winter 07」
2014年撮影(2014年プリント)
ゼラチンシルバープリント
16x20inch
Ed.20
(こばやし きせい)
■小林紀晴 Kisei KOBAYASHI(1968-)
1968年長野県生まれ。
東京工芸大学短期大学部写真科卒業。
新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。1997年に「ASIAN JAPANES」でデビュー。1997年「DAYS ASIA》で日本写真協会新人賞受賞。2000年12月 2002年1月、ニューヨーク滞在。
雑誌、広告、TVCF、小説執筆などボーダレスに活動中。写真集に、「homeland」、「Days New york」、「SUWA」、「はなはねに」などがある。他に、「ASIA ROAD」、「写真学生」、「父の感触」、「十七歳」など著書多数。
●今日のお勧め作品は、小林紀晴です。
小林紀晴
〈ASIA ROAD〉より2
1995年
ヴィンテージC-print
Image size: 18.7x28.2cm
Sheet size: 25.3x30.3cm
サインあり
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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜~土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。
◆小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
クワガタムシ 01
梅雨が明けると、きまった友達数人と毎日のように山に入った。クワガタムシを捕るためためだ。
クワガタムシは、あまり山奥にはおらず、割と里に近い雑木林にしかいない。あるいは単純に、子供だったから奥まで足を踏み入れていないだけだったのかもしれない。それでも西に続く山並みを眺めてみれば奥にいくほど植林されていて、ほとんどは唐松だから、やはりいないはずだ。唐松林には不思議なほどクワガタムシは姿を見せない。
ちなみに、カブトムシは小学校6年間のあいだにメスを一匹だけ捕まえただけだった。その数が極端に少ないのは標高1000メートルという寒冷な気候と関係があるのかもしれない。
小学4年生の夏は当たり年だった。夏休みまでに40匹ほどのクワガタムシをすでに捕まえていた。
種類でいうと、コクワガタが一番多く、次にミヤマクワガタ、ノコギリクワガタといった順だ。すべてをひとつの大きな水槽にいれて飼うと、ムシたちは餌を取り合ってケンカを頻繁にする。私はわざとケンカさせて、それを見たかった。
餌はスイカとかメロンなどで、いまのように市販されている専門の餌などないのだから、とにかくショウジョウバエがすぐに発生して、水槽の中を飛び交っていた。
そんな大漁の年には、新たにコクワガタを捕まえても全然嬉しくない。もちろん、捕まえれば大切に家に持って帰るのだが、どこか「まあ、どっちでもいいや」という気分もある。だから、コクガワタのオス5匹と、ミヤマクワガタのオス一匹を交換しよう、などという話が一緒に山にはいる友達とのあいだで自然にでてきて、
「じゃあ、あとオスを一匹追加でよこせ」
「ダメ、そのかわり、メスを一匹つける」
などという取引が行われるのだった。
小学生にとってメスのコクワガタは悲しいほど人気がなく、押し付けるような存在だった。
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山といっても、もちろん広い。漠然と歩いていては絶対に捕まえられない。コツは当然ながら存在する。親に教えてもらったわけでも、本を読んで知識を得たわけでもなく、もちろん学校の先生が教えてくれるわけでもないが、毎日、毎日山を歩いているなかで自然に身につけた。それだけ捕ることに本気だったのだろう。だから、私たち数人は立派な狩人だったといえるはずだ。
クワガタムシは明るい林にいる。蔓が絡んで前が見えなかったり、前に進めないような藪のなかにはいない。クヌギとか栗などが混じっている雑木林が狙い目だ。そんな林は必ずというほど歩きやすく、風通しもいい。地面は枯葉が堆積していることが多い。もちろん下草や蔓が絡んだ細い枝の木がそのあいだに生えていたりすることもあるが、全体の印象として乾いているのが特徴だ。
そんな場所を見つけると、注意深く木を一本一本観察していく。まずは太い木の幹を見る。樹液が出ていないかをチェックして回るのだ。皮がめくれて、木そのものが傷を負ったように見える感じが理想的だ。だから自然と日陰の北側が多くなる。傷がジュクジュクと膿んでいるようなイメージだ。
すぐに見つかるものではないが、丁寧に見ていけば、ほぼ見つかる。指で触ってみてベタついていることが重要だ。すでに小さなアリが列をなして歩いていることも目印となる。
小林紀晴「Winter 07」
2014年撮影(2014年プリント)
ゼラチンシルバープリント
16x20inch
Ed.20
(こばやし きせい)
■小林紀晴 Kisei KOBAYASHI(1968-)
1968年長野県生まれ。
東京工芸大学短期大学部写真科卒業。
新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。1997年に「ASIAN JAPANES」でデビュー。1997年「DAYS ASIA》で日本写真協会新人賞受賞。2000年12月 2002年1月、ニューヨーク滞在。
雑誌、広告、TVCF、小説執筆などボーダレスに活動中。写真集に、「homeland」、「Days New york」、「SUWA」、「はなはねに」などがある。他に、「ASIA ROAD」、「写真学生」、「父の感触」、「十七歳」など著書多数。
●今日のお勧め作品は、小林紀晴です。
小林紀晴〈ASIA ROAD〉より2
1995年
ヴィンテージC-print
Image size: 18.7x28.2cm
Sheet size: 25.3x30.3cm
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