小林紀晴のエッセイ「山の記憶」 第12回

小正月02

 しめ飾りなどが山のように積まれたそれに火が放たれると、辺りが急に明るくなる。足元の雪がレフ板の効果を発揮するからか、誰もの顔が赤く照らされる。みな笑っているように見えるから不思議だ。きっと炎がまぶしいからに違いない。火傷するほどに熱い。
 手にした柳の枝の先のおめえ玉を火のなかにすぐに入れたくなるのだが、じっと我慢だ。火の勢いが強いときに入れると、枝があっとう間に燃えて大事なおめえ玉が炎のなかに落ちてしまう。そんなことをするのは低学年の子供だけで、大人も高学年の子供もじっと炎が小さくなるのを待つ。
 見上げれば、書き初めの書き損じが空高く舞っていく。
「雪だるま」「お正月」「冬の朝」なんて文字がかろうじて読める。高く舞い上がれば舞い上がるほどに字がうまくなると、学校の先生も親も大人はみな真面目な顔をして口をそろえたけれど、そう言われるたびにそんなことはないだろうし、そもそも大人はまったく信じてはいないだろうなと思っていたけど、火の粉と共に闇にそれがひらひらと勢い良く上がっていく姿を目にすると、もしかしたら本当なのかもしれないという気持ちになってくる。
 1時間ほどすると、火の勢いはだいぶ落ち着いてくる。その頃を見計らって老人たちも姿を見せる。太い廃材などが熾火になっている辺りをめがけて、おめえ玉をかざす。とにかく遠火で焼くのがこつだ。
 焦げ目がついて、ぷっくりと内側から膨らんできたら食べごろだ。慎重に枝の先から外して、口に運ぶ。熱々だと意外なほど美味しい。ちなみにこれを食べると「一年間、歯を病まない」と言われている。これまた迷信に違いないことはわかっているつもりだけど、そんな気がしてくる。
 食べ終えて、火の勢いが小さくなると厄投げとなる。私を含めた子供はこれをなによりも楽しみにしている。今年厄年をむかえる人たちが、土手の上からいろんなものを投げるのだ。それを大人も子供の真剣に拾う。
 投げられるもので一番多いのはみかん。拾って一番嬉しいのはおひねりに入った小銭(時々、お札が入っていることも)。お菓子も撒かれる。ただ、とにかく暗く、さらに地面は雪なので、おひねの白い紙はあっという間に、わからなくなる。懐中電灯の明かりだけが頼りだからだ。
 ちなみに最近では、みかんはあまり投げられなくなった。投げると潰れてしまうし、踏まれやすいという理由からだ。うまい棒や小分けされたスナック菓子が人気だ。雪に落ちても濡れないのだ。
 ちなみに数年前、私が厄年のときには軍手を投げた。事前にビニール袋に一組ずつ小分けしたものだ。50組ほどだろうか。前の年に母が拾って「一番役にたったもの」という理由からだ。
 こうして、どんど焼きは終わる。
 ただ、実はまだ終わっていない。数人の子供は翌朝、できるだけ早い時間にどんど焼きの会場になった田んぼへ再び向かうのだ。大人はほとんど来ない。いや、子供も欲張りな男子だけだが。
 理由は前の晩に雪に紛れてしまい、まだ拾われていないおひねりを探すためだ。必ず幾つか取りこぼしがある。それを狙って、早朝に向かうのだ。他の誰かより少しでも早ければ、その分、確実に収穫は多くなる。だから薄暗いうちに行くことになる。
 気温はマイナス15度ほど。吐く息が白く、まつ毛と眉毛の先端が白くなる。息をするたびに喉の奥が痛い。防寒靴の先で雪をかき分ける。ザッ、ザッと心地いい音が耳に届く。すぐ隣にはどんど焼きの真っ黒の灰。そこにはもう誰も目を向けない。

01_600小林紀晴
「Winter 10」
2015年撮影
ゼラチンシルバープリント
16x20inch
Ed.20


こばやし きせい

小林紀晴 Kisei KOBAYASHI(1968-)
1968年長野県生まれ。
東京工芸大学短期大学部写真科卒業。
新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。1997年に「ASIAN JAPANES」でデビュー。1997年「DAYS ASIA》で日本写真協会新人賞受賞。2000年12月 2002年1月、ニューヨーク滞在。
雑誌、広告、TVCF、小説執筆などボーダレスに活動中。写真集に、「homeland」、「Days New york」、「SUWA」、「はなはねに」などがある。他に、「ASIA ROAD」、「写真学生」、「父の感触」、「十七歳」など著書多数。

●今日のお勧め作品は、小林紀晴です。
20160319_kobayashi_05_work小林紀晴
〈DAYS ASIA〉より2
1991年
ヴィンテージゼラチンシルバープリント
Image size: 24.3x16.3cm
Sheet size: 25.3x20.3cm
サインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜~土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。