小林紀晴のエッセイ「山の記憶」 第14回
小正月 04
お獅子はすべての家を回り終わると、夕方、公民館へ向かう。リヤカーはすでにミカン箱が山積みになっている。
公民館の畳敷きの閑散した部屋にミカン箱を運び、箱からミカンを出す。ドドドッと畳の上に広がっていく。それを見るのが、毎年どういうわけか好きだった。氷のように冷たく冷えた畳が、ふと暖かく感じられるからだろうか。
ただ、子供たち全員の感心ごとはミカンのほうにはなく、やはりご祝儀の方にある。すべての封筒から丁寧に現金を取り出し広げ、正確にどの家からいくらもらったかを記録する。
いま考えれば不思議な気もするが、すべてのお金を子供だけで山分けした。その場に大人の姿はまったくなかった。6年生がその役目を果たし、平等にわけていった。記憶に間違いなければ、そうだったはずだ・・・・。
一人当たりの金額は2、3万円ほどだっただろうか。当然ながら、子供にとってはかなりの大金で、当然ながら魅了的だった。お年玉に匹敵、あるいはそれ以上の金額だったはずだ。
さらに、ミカンも山分けされる。でも、すべては山分けさなかった。量が多すぎるからだ。ただ、残りのミカンがどう処理されたのかはまったく記憶にない。あとで親たちが車で運んだのだろうか。とにかく持って帰れるだけのミカンを持つのが習わしだった。置いていくわけにはいかないから、という感じだった。
外はもう薄暗くなっている。山分けしたお金を封筒にいれて大事に防寒ズボンのポケットに押し込む。
ミカンは誰もがダンボールの切れ端の上に乗せた。それに紐をつけて、あたかもソリのようにして家まで引き摺って持って帰った。いやソリのようではなく、ソリそのものと呼んでもいいのかもしれない。ところどころアスファルトが露出しているところがあるが、ほぼ自宅までの道は雪か氷に覆われているから、思いのほか楽なのだ。
急に冷え込んだ空気を頬に感じながら、紐を引っ張った。闇が空から降ってくるような感覚があった。きっと足元が雪で明るいからに違いない。空の方が地面より暗く見えるのだ。そのなかを歩くのは心地よかった。
さすがにずっとミカンが乗ったダンボールを引っ張っていると、息が上がり、じんわりと汗をかく。だから首元だけがひんやりとする。立ち止まり、息を整える。防寒ズボンのポケットにいれた封筒をズボンの上から確認してみる。かすかな膨らみがわかる。大金がここには入っていると思うと、自然と心が弾む。
なのに、その後にふと寂しさが差し込む。楽しみにしていた小正月が終わってしまったと実感するからだろう。年末からクリスマス、正月、小正月と続いていた冬の楽しみはここまでだ。明日からは、殺風景で色のない日だけがだらだらと続く。そう思うと、急に憂鬱になる。
翌日、私は熱を出した。突然、節々が痛くて目がさめた。体温計で熱を測ってみると38度ほどあった。インフルエンザかもしれない。とっさに思った。
「厄を貰ってきちまったかもしんねえ」
父が唐突に言った。
「厄?」
「ほれ、お獅子のなかにへえって家を回ってたで、悪い厄をもらっちまったずら」
「そういうことって、あるの?」
急に不安になった。
「ああ」
父はそんな答え方をした。
熱は4日ほど続いた。医者にも行ったけどインフルエンザではなかった。家族の誰もが、それ以上何も口にしなかった。
私はいまでも、あのとき厄をもらって熱が出たと信じている。
小林紀晴
「Winter 12」
2015年撮影
ゼラチンシルバープリント
16x20inch
Ed.20
(こばやし きせい)
■小林紀晴 Kisei KOBAYASHI(1968-)
1968年長野県生まれ。
東京工芸大学短期大学部写真科卒業。
新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。1997年に「ASIAN JAPANES」でデビュー。1997年「DAYS ASIA》で日本写真協会新人賞受賞。2000年12月 2002年1月、ニューヨーク滞在。
雑誌、広告、TVCF、小説執筆などボーダレスに活動中。写真集に、「homeland」、「Days New york」、「SUWA」、「はなはねに」などがある。他に、「ASIA ROAD」、「写真学生」、「父の感触」、「十七歳」など著書多数。
◆小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
●今日のお勧め作品は、小林紀晴です。
小林紀晴
〈ASIA ROAD〉より2
1995年
ヴィンテージC-print
Image size: 18.7x28.2cm
Sheet size: 25.3x30.3cm
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜~土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。
◆ときの忘れものの次回企画は「植田正治写真展―光と陰の世界―Part I」です。
会期:2017年5月13日[土]―5月27日[土] *日・月・祝日休廊

初期名作から晩年のカラー写真など約15点をご覧いただきます。どうぞご期待ください。
●イベントのご案内
5月13日(土)17時より、写真史家の金子隆一さんによるギャラリートークを開催します(要予約/参加費1,000円)。
必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com
小正月 04
お獅子はすべての家を回り終わると、夕方、公民館へ向かう。リヤカーはすでにミカン箱が山積みになっている。
公民館の畳敷きの閑散した部屋にミカン箱を運び、箱からミカンを出す。ドドドッと畳の上に広がっていく。それを見るのが、毎年どういうわけか好きだった。氷のように冷たく冷えた畳が、ふと暖かく感じられるからだろうか。
ただ、子供たち全員の感心ごとはミカンのほうにはなく、やはりご祝儀の方にある。すべての封筒から丁寧に現金を取り出し広げ、正確にどの家からいくらもらったかを記録する。
いま考えれば不思議な気もするが、すべてのお金を子供だけで山分けした。その場に大人の姿はまったくなかった。6年生がその役目を果たし、平等にわけていった。記憶に間違いなければ、そうだったはずだ・・・・。
一人当たりの金額は2、3万円ほどだっただろうか。当然ながら、子供にとってはかなりの大金で、当然ながら魅了的だった。お年玉に匹敵、あるいはそれ以上の金額だったはずだ。
さらに、ミカンも山分けされる。でも、すべては山分けさなかった。量が多すぎるからだ。ただ、残りのミカンがどう処理されたのかはまったく記憶にない。あとで親たちが車で運んだのだろうか。とにかく持って帰れるだけのミカンを持つのが習わしだった。置いていくわけにはいかないから、という感じだった。
外はもう薄暗くなっている。山分けしたお金を封筒にいれて大事に防寒ズボンのポケットに押し込む。
ミカンは誰もがダンボールの切れ端の上に乗せた。それに紐をつけて、あたかもソリのようにして家まで引き摺って持って帰った。いやソリのようではなく、ソリそのものと呼んでもいいのかもしれない。ところどころアスファルトが露出しているところがあるが、ほぼ自宅までの道は雪か氷に覆われているから、思いのほか楽なのだ。
急に冷え込んだ空気を頬に感じながら、紐を引っ張った。闇が空から降ってくるような感覚があった。きっと足元が雪で明るいからに違いない。空の方が地面より暗く見えるのだ。そのなかを歩くのは心地よかった。
さすがにずっとミカンが乗ったダンボールを引っ張っていると、息が上がり、じんわりと汗をかく。だから首元だけがひんやりとする。立ち止まり、息を整える。防寒ズボンのポケットにいれた封筒をズボンの上から確認してみる。かすかな膨らみがわかる。大金がここには入っていると思うと、自然と心が弾む。
なのに、その後にふと寂しさが差し込む。楽しみにしていた小正月が終わってしまったと実感するからだろう。年末からクリスマス、正月、小正月と続いていた冬の楽しみはここまでだ。明日からは、殺風景で色のない日だけがだらだらと続く。そう思うと、急に憂鬱になる。
翌日、私は熱を出した。突然、節々が痛くて目がさめた。体温計で熱を測ってみると38度ほどあった。インフルエンザかもしれない。とっさに思った。
「厄を貰ってきちまったかもしんねえ」
父が唐突に言った。
「厄?」
「ほれ、お獅子のなかにへえって家を回ってたで、悪い厄をもらっちまったずら」
「そういうことって、あるの?」
急に不安になった。
「ああ」
父はそんな答え方をした。
熱は4日ほど続いた。医者にも行ったけどインフルエンザではなかった。家族の誰もが、それ以上何も口にしなかった。
私はいまでも、あのとき厄をもらって熱が出たと信じている。
小林紀晴「Winter 12」
2015年撮影
ゼラチンシルバープリント
16x20inch
Ed.20
(こばやし きせい)
■小林紀晴 Kisei KOBAYASHI(1968-)
1968年長野県生まれ。
東京工芸大学短期大学部写真科卒業。
新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。1997年に「ASIAN JAPANES」でデビュー。1997年「DAYS ASIA》で日本写真協会新人賞受賞。2000年12月 2002年1月、ニューヨーク滞在。
雑誌、広告、TVCF、小説執筆などボーダレスに活動中。写真集に、「homeland」、「Days New york」、「SUWA」、「はなはねに」などがある。他に、「ASIA ROAD」、「写真学生」、「父の感触」、「十七歳」など著書多数。
◆小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
●今日のお勧め作品は、小林紀晴です。
小林紀晴〈ASIA ROAD〉より2
1995年
ヴィンテージC-print
Image size: 18.7x28.2cm
Sheet size: 25.3x30.3cm
サインあり
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◆ときの忘れものの次回企画は「植田正治写真展―光と陰の世界―Part I」です。
会期:2017年5月13日[土]―5月27日[土] *日・月・祝日休廊

初期名作から晩年のカラー写真など約15点をご覧いただきます。どうぞご期待ください。
●イベントのご案内
5月13日(土)17時より、写真史家の金子隆一さんによるギャラリートークを開催します(要予約/参加費1,000円)。
必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com
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