藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」第22回

 感銘を受けた建築の写真を撮るとき、頭を悩ませたことはないでしょうか。どこを撮っても、どうも自分がよいと思った空間が撮れていない。部分しか写すことができないのは勿論、全体を画面に収めたと思っても、空間のよさが伝わらない。建築の写真を撮るのは、本当に難しい。逆のこともあります。写真で見てよく知っていると思っていた建築に行ってみて、いい意味でも悪い意味でも予想を裏切られたことはないでしょうか。そもそも、建築は一方向だけから見て把握することはできません。それでも、外観は多方向から見て一応形を認識できたとしましょう。では、中に入ってみたらどうか? 建築の内部はどのように認識すればよいのでしょうか。そこで感銘を受けたとして、その感覚は何に依っているのか。腑分けすれば、壁や柱の位置、建具の納まり、仕上げ材の質感、等々、様々な要素を数え上げることができるでしょう。しかし、その要素の単なる集積が空間を構成している訳ではありません。入った瞬間に、その空間に衝撃を受けた経験はないでしょうか。岸田劉生が言う、「形を超えていきなり人を打つ」瞬間。そのときに知覚したのは、建築を構成している部分部分というよりは、空間そのものがもつ「抽象的な概念」であると言えるのではないか。
 このようなことを考えたのは、豊田市美術館で開催されていた『抽象の力』展を観たからでした。展覧会を企画した岡崎乾二郎氏は、「物質、事物は知覚をとびこえて直接、精神に働きかける」と喝破します。展覧会では、抽象芸術の歴史的な捉え直しが試みられており、岸田日出刀らが監修した『現代建築大観』のページや、石本喜久治の朝日新聞東京本社の写真等も展示に含まれていました。作品が極めて具体的な形を持って現れる建築においても、この「抽象の力」が働くと言えないでしょうか。
 ル・コルビュジエが唱えた「建築的プロムナード」という概念は、建築の中を移動していくにつれて、建築の見え方が展開していく、というものでした。これは逆に言えば、建築をひとつの見え方に収斂させることができない、ということでもあります。しかし、ある建築を体験するときには、変化する空間を感覚し、その感覚を統合して建築を知覚しています。
 ル・コルビュジエの自宅であった、ナンジュセール・エ・コリ通りのアパートメントを訪れたとき。方向感覚が攪乱されるような、不思議な感じを覚えました。プランは、中庭の吹き抜けと裏庭で長方形がくびれてH字型になっているもので、決して込み入っているわけではありません。それなのに、自分がどこにいるのか、ふと分からなくなるような複雑さがあります。だからといって空間が分節されているかというと、その反対で、むしろ上階部分まで含めて、弾力をもったひとつの塊のように感覚されるのです。これは、複数の事物(空間)が食い違いながら重なっている状態を同時に知覚できるという、あのピュリスムの絵画そのものではないでしょうか。
 建築において、敷地や周囲の環境を「地」、建築を「図」、とするならば、その関係の反転は容易に起こりえます。ル・コルビュジエが「建築的プロムナード」というときには、「図」としての建築だけを考えているわけではありません。「近代建築の5つの要素」のうちの「ピロティ」や「屋上庭園」においても、「地」と「図」の領域は不明瞭で不可分なものです。よい建築は両者の関係にこそ着目している、と言えるでしょう。
 用途を持つことを考えると、建築は絵画や彫刻とは違って、実用的な理由から決定や選択がなされ、施工される部分が多い。にも拘らず、最終的に実現された空間からは極めて「抽象的な概念」を感得することができるのです。建築を語る際に一番説明しづらく、けれど建築の把握に一番重要なのは、建築がもつ「抽象の力」をどう感得するか、ということなのではないでしょうか。

Amédée Ozenfant, 1920-21, Nature morte (Still Life), oil on canvas, 81.28 cm x 100.65 cm, San Francisco Museum of Modern Art

ふじもと たかこ

藤本貴子 Takako FUJIMOTO
磯崎新アトリエ勤務のち、文化庁新進芸術家海外研修員として建築アーカイブの研修・調査を行う。2014年10月より国立近現代建築資料館研究補佐員。

●今日のお勧め作品は、マイケル・グレイブスです。
20170622_graves_sakuhin7_84_1マイケル・グレイブス
「作品 7・84/1」
1984年
木版
30.3×24.0cm
Ed.150
サインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~18時。日・月・祝日は休廊。

ささやかですが、新しい空間のお披露目をいたします。
2017年7月7日(金)12時~19時(ご都合の良い時間にお出かけください)
12

JR及び南北線の駒込駅南口から約10分、名勝六義園の正門からほど近く、東洋文庫から直ぐの場所です。
10

◆藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。