小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第21回
伊丹豪『photocopy』(Rondade, 2017)
(図1)
『photocopy』(Rondade, 2017)表紙
今回紹介するのは、伊丹豪(1976-)の写真集『photocopy』(Rondade, 2017)(図1)です。伊丹は、エディトリアルや展覧会を通して近年国内外で高い評価を得ています。彼の写真を特徴づけるのは、展示な縦位置の構図で、画面の隅々までピントが合っているような鮮鋭な描写と、ものの形状を際立たせるようなフレーミングの仕方にあります。画面の中に細かく写っているものを注視させ、写真の平面性を強く意識させる撮影の仕方は、これまでに刊行されてきた写真集『study』(Rondade ,2013)や『this year's model』(Rondade, 2014)に収録されている写真やブックデザイン、見開きを平面として見ることができるような綴じ方の造本にも見て取ることができます。また、写真集の中にはテキストやストーリーを読み取らせる要素が一切含まれておらず、写真集を手に取って見る人は「一点一点の写真に対峙する」という行為そのものを強く意識することになります。
(図2)
『photocopy』綴じられた写真を
(図3)
『photocopy』綴じの部分
『photocopy』は、これまでの写真集に見られる姿勢を引き継ぎつつ、68 点の写真を左上角でビス留めすように束ねるという造本の技法を取り入れています。この束ね方は、写真集のタイトルが示すように、ホチキスやクリップで束ねられる書類のように、印刷された紙としての写真のあり方を強く印象づけます。また、ビス留めの部分を軸として、束ねられた写真を扇のように広げると、上に置かれた写真の全体と、その下の写真の断片が同時に視界に入り、写真同士の関係がランダムに発生するような効果が生み出されます。また、写真が束ねられている順番は、制作された1000 部それぞれに異なっているため、写真同士の関係は、作り手の意図を超えたところに発生し、写真集を見る人がページを捲るという動作を通して写真にはたらきかけることで、写真のイメージを増幅させることが意図されているとも言えるでしょう。
(図4)
『photocopy』より
(図5)
『photocopy』より
収録されている写真は、被写体や撮影された場所、距離感もさまざまで、写真を繰り返し眺めるうちに、それぞれに写し込まれたディテール、対象のスケール感が相互に関わり合いつつも、個々の写真の強度が際立ったものとして立ち現れてきます。先にも述べたように、伊丹の写真は画面の隅々までピントがあっているような鮮鋭な描写が特徴的ですが、『photocopy』では、光の反射や透過、影の作り出す視覚的な効果が遠近さまざまな距離から捉えられており、その効果を意識しながら写真を見ていると、画面の中の奥行きが強く感じられ、写真同士が組み立てるトロンプルイユ(騙し絵)の中に眼が迷い込むような感覚が引き起こされます。(図4)(図5)
膨大な画像の中から選び出された写真を、選び出し、見返し、重ねるという過程を経て作り出されたこの写真集は、シークエンスや具体的なストーリーを通して見る者に語りかけるという類いのものではなく、見る者が写し込まれたディテールや光の効果に意識を向けることで、光景の断片が寄せ集まって、頭の中に回路が開くように作用してくるものです。この写真集は、知覚することと撮影すること、写真の表面にとらえられることとの関係を真摯に追求してきた伊丹の新機軸を切り拓いた作品と言えるでしょう。
(こばやし みか)
■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。
●今日のお勧め作品は、奈良原一高です。
奈良原一高
写真集〈消滅した時間〉より
《インディアンの村の二つのごみ缶、ニューメキシコ》
1972年 (Printed 1975)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:26.9×39.9cm
シートサイズ:40.6×50.8cm
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆「細江英公写真展」は本日が最終日です。
会期=2017年10月31日[火]―11月25日[土]

細江先生は秋の叙勲で旭日重光章を受章されました。
●会期中、細江英公サイン入り写真集を特別頒布しています。
◆ときの忘れものは「メキシコ地震被災地支援・チャリティー頒布会」を開催します。

会期:2017年11月28日(火)~12月2日(土)
出品100点のリストは11月11日ブログに掲載しました。
全作品、一律8,000円で頒布し、売上金全額を被災地メキシコに送金します。
※お申込みの返信は、翌営業日となります。(日・月・祝日は休廊です。)
◆銀座のギャラリーせいほうで宮脇愛子展が開催されています。
「宮脇愛子展 last works(2013~14)」
会期=2017年11月20日[月]~12月2日[土] ※日・祝日休廊
会場=ギャラリーせいほう
〒104-0061 東京都中央区銀座8丁目10-7 東成ビル1F
電話:03-3573-2468
最後の新作である油彩を中心に立体(ガラス、真鍮)、ドローイング、版画など。
●書籍のご案内
『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録
2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別)*送料別途250円
*『瀧口修造展 I』及び『瀧口修造展 II』図録も好評発売中です。
『安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言』
2017年11月
日経アーキテクチュア(編)
B5判、352ページ
(NA建築家シリーズ 特別編 日経アーキテクチュア)
価格:2,700円+税 *送料:250円
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。
安藤先生のサイン本をときの忘れもので扱っています。
六本木の国立新美術館では「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されています。
会期:2017年9月27日[水]~12月18日[月]
番頭おだちのオープニング・レポートはコチラを、光嶋裕介さんのエッセイ「安藤忠雄展を見て」と合わせてお読みください。
ときの忘れものでは1984年以来の安藤忠雄の版画、ドローイング作品をいつでもご覧になれます。
●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
営業時間=火曜~土曜の平日11時~18時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

伊丹豪『photocopy』(Rondade, 2017)
(図1)『photocopy』(Rondade, 2017)表紙
今回紹介するのは、伊丹豪(1976-)の写真集『photocopy』(Rondade, 2017)(図1)です。伊丹は、エディトリアルや展覧会を通して近年国内外で高い評価を得ています。彼の写真を特徴づけるのは、展示な縦位置の構図で、画面の隅々までピントが合っているような鮮鋭な描写と、ものの形状を際立たせるようなフレーミングの仕方にあります。画面の中に細かく写っているものを注視させ、写真の平面性を強く意識させる撮影の仕方は、これまでに刊行されてきた写真集『study』(Rondade ,2013)や『this year's model』(Rondade, 2014)に収録されている写真やブックデザイン、見開きを平面として見ることができるような綴じ方の造本にも見て取ることができます。また、写真集の中にはテキストやストーリーを読み取らせる要素が一切含まれておらず、写真集を手に取って見る人は「一点一点の写真に対峙する」という行為そのものを強く意識することになります。
(図2)『photocopy』綴じられた写真を
(図3)『photocopy』綴じの部分
『photocopy』は、これまでの写真集に見られる姿勢を引き継ぎつつ、68 点の写真を左上角でビス留めすように束ねるという造本の技法を取り入れています。この束ね方は、写真集のタイトルが示すように、ホチキスやクリップで束ねられる書類のように、印刷された紙としての写真のあり方を強く印象づけます。また、ビス留めの部分を軸として、束ねられた写真を扇のように広げると、上に置かれた写真の全体と、その下の写真の断片が同時に視界に入り、写真同士の関係がランダムに発生するような効果が生み出されます。また、写真が束ねられている順番は、制作された1000 部それぞれに異なっているため、写真同士の関係は、作り手の意図を超えたところに発生し、写真集を見る人がページを捲るという動作を通して写真にはたらきかけることで、写真のイメージを増幅させることが意図されているとも言えるでしょう。
(図4)『photocopy』より
(図5)『photocopy』より
収録されている写真は、被写体や撮影された場所、距離感もさまざまで、写真を繰り返し眺めるうちに、それぞれに写し込まれたディテール、対象のスケール感が相互に関わり合いつつも、個々の写真の強度が際立ったものとして立ち現れてきます。先にも述べたように、伊丹の写真は画面の隅々までピントがあっているような鮮鋭な描写が特徴的ですが、『photocopy』では、光の反射や透過、影の作り出す視覚的な効果が遠近さまざまな距離から捉えられており、その効果を意識しながら写真を見ていると、画面の中の奥行きが強く感じられ、写真同士が組み立てるトロンプルイユ(騙し絵)の中に眼が迷い込むような感覚が引き起こされます。(図4)(図5)
膨大な画像の中から選び出された写真を、選び出し、見返し、重ねるという過程を経て作り出されたこの写真集は、シークエンスや具体的なストーリーを通して見る者に語りかけるという類いのものではなく、見る者が写し込まれたディテールや光の効果に意識を向けることで、光景の断片が寄せ集まって、頭の中に回路が開くように作用してくるものです。この写真集は、知覚することと撮影すること、写真の表面にとらえられることとの関係を真摯に追求してきた伊丹の新機軸を切り拓いた作品と言えるでしょう。
(こばやし みか)
■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。
●今日のお勧め作品は、奈良原一高です。
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《インディアンの村の二つのごみ缶、ニューメキシコ》
1972年 (Printed 1975)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:26.9×39.9cm
シートサイズ:40.6×50.8cm
サインあり
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会期=2017年10月31日[火]―11月25日[土]

細江先生は秋の叙勲で旭日重光章を受章されました。
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会期:2017年11月28日(火)~12月2日(土)
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全作品、一律8,000円で頒布し、売上金全額を被災地メキシコに送金します。
※お申込みの返信は、翌営業日となります。(日・月・祝日は休廊です。)
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会場=ギャラリーせいほう
〒104-0061 東京都中央区銀座8丁目10-7 東成ビル1F
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最後の新作である油彩を中心に立体(ガラス、真鍮)、ドローイング、版画など。
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『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別)*送料別途250円
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『安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言』2017年11月
日経アーキテクチュア(編)
B5判、352ページ
(NA建築家シリーズ 特別編 日経アーキテクチュア)
価格:2,700円+税 *送料:250円
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。
安藤先生のサイン本をときの忘れもので扱っています。
六本木の国立新美術館では「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されています。
会期:2017年9月27日[水]~12月18日[月]
番頭おだちのオープニング・レポートはコチラを、光嶋裕介さんのエッセイ「安藤忠雄展を見て」と合わせてお読みください。
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電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
営業時間=火曜~土曜の平日11時~18時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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