「紙の上の建築 日本の建築ドローイング1970s-1990s」展
(文化庁国立近現代建築資料館)
戸田穣(金沢工業大学准教授)

《EARTHTECTURE SUB-1》高松伸建築設計事務所蔵
現在、東京都文京区湯島にある文化庁国立近現代建築資料館では「紙の上の建築 日本の建築ドローイング1970s-1990s」という展覧会を開催しています。わたくしは、朽木順綱さん、日埜直彦さん、元岡展久さんとともにゲストキュレーターという立場で、本展の企画に参加しました。その立場から、この展覧会を紹介させていただきます。本展の企画趣旨については、本展図録に記しております。建築資料館の受付で無料で頒布しておりますので、ぜひご覧下さい(部数には限りがあります)。

《宮田邸》藤井建築研究室蔵
2011年のメタボリズム展以降の動きでしょうか、近年、建築展が盛んです。2017にも大規模な建築展が開催されました。これらに比べれば本展は、規模も小さく、またテーマも限定されたささやかなものです。とはいえ、本展では、従来の建築展のあり方とは異なる、この規模だからこその個性ある展覧会となるよう検討しました。本展の最大の特徴は、写真も模型もないということです。本展では建築ドローイングというテーマに忠実であるために、壁にはドローイング作品だけを展示することにしました。
会場風景

せめて写真や図面がないと実際にどんな建物かわからないじゃないか、という意見はありました。とくに隣の旧岩崎邸庭園からの来場者は、建築の素人であることがほとんです。そうであればこそ、まずは一幅の絵として向き合って欲しい。近現代美術の展覧会で、これは何なのだろうというわからなさに直面するということは、あたり前の経験ですし、そうした未知のものと向き合う楽しさがあります。そして本展出展作は、そのような体験をもたらしてくれるものだと確信しています。
ここで11組の建築家すべてにふれることはできませんので、4人の建築家を紹介します。本展では1970年を起点としていますが、70年代の建築表現の多様化の先駆となったのはやはり磯崎新氏でした。1968年のミラノ・トリエンナーレに氏が出展した「電気的迷宮」を構成したフォトコラージュ「ふたたび廃墟になったヒロシマ」が有名ですが、1977年にはシルクスクリーンで「ヴィッラ」シリーズを「'77 現代と声」展で発表します。同年のサンパウロ・ビエンナーレでもシルクスクリーン作品「空洞としての美術館Ⅰ」を制作し、1982年には「還元」シリーズを発表します。それらの実現のためには綿貫不二夫氏と現代版画センター、摺り師石田了一氏の存在がありました。磯崎氏がシルクスクリーンという技法を選んだことは、本展の出展作のなかでも特別な意味をもつように思います。というのもドローイングの筆跡は、それを描いた主体のアクションを見るものに喚起します。たとえば同じ版画作品でも安藤忠雄氏の作品は原画のタッチを伝えていますが、磯崎氏はそのような身体性も拭い去ろうとしているように思います。還元というコンセプトは、シルクスクリーンという技法だからこそ表現できたのです。
会場風景

一方で線のドローイングの代表としては、緊張感が漲る藤井博巳のロットリングの線と高松伸の触覚的な鉛筆の線が対極にあるでしょうか。建築家とドローイングの関係は様々なのですが、そのキャリアを通じて一貫した手法でドローイングと向き合った建築家は必ずしも多くありません。藤井博巳の負性あるいは負化というコンセプトは1971年『都市住宅』誌と、創刊まもない『a+u』誌に発表されました。藤井博巳のグリッドというテーマは、新しい建築雑誌の存在を抜きにしては考えられません。まさに紙の上で展開したコンセプトではなかったでしょうか。
一方、80年代に登場した高松伸のドローイングは、最初はその細密さに目を瞠ります。しかし鉛筆というありふれた道具によって描きだされた表面は、写実性という言葉だけではとらえきれません。鉛筆の先でフォルムの様々な属性 ―― 強度、密度、濃度、 輝度、温度、湿度 ―― を追求するのだという建築家の言葉に接すると、ひとつひとつのタッチにも質感がこもります。
中2階には特別展示として故毛綱毅曠氏のドローイング「建築古事記」シリーズ全7作品を、会期の前半と後半で展示替えをして紹介しています。1階でも曼荼羅から着想したカラフルなドローイングが目を引きますが、屏風にみたてられた「建築古事記」は、古代神話の世界をSF的なモチーフによって描きだしたもので極めてユニークな作品です。シルクスクリーンに手を加えたものですが、その刷りはやはり石田了一氏のものと元所員の方から伺っています。建築家の描く建築ドローイングというと、やはり建物が主題となりますが、毛綱氏の建築古事記では建物はもはや巨大な絵巻のなかの点景となっています。氏の世界観にひとたび触れると、毛綱氏が実際に設計した建物も、氏の想像世界からこちらの世界へたまたま現れ出た氷山の一角のようなものではないかと想像が膨らみます。
2018年1月20日には、故毛綱氏と親しく交流された写真家の藤塚光政氏と建築家の難波和彦氏をお招きして毛綱毅曠をテーマにしたギャラリートークを開催します。また1月27日には綿貫不二夫氏と石田了一氏、編集者の植田実氏をお招きして建築版画をテーマにしたギャラリートークを予定しています。ご来場いただければ幸いです。詳しくは建築資料館のウェブサイトをご覧下さい。
(とだ じょう)
■戸田穣(とだじょう)
1976年大阪府生まれ。2000年東京大学教養学部教養学科第二卒業。2009年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了。博士(工学)。専門はフランス近世近代建築史、日本近現代建築史。現在、金沢工業大学環境・建築学部建築デザイン学科准教授。
「紙の上の建築 日本の建築ドローイング1970s-1990s」
Architecture on Paper : Architectural Drawings of Japan 1970s – 1990s
会期:2017年10月31日[火]-2018年2月4日[日] 10:00~16:30
●ギャラリートーク「建築版画の世界」のご案内
植田実(住まいの図書館出版局編集長)× 石田了一(石田版画工房)× 綿貫不二夫(ときの忘れものディレクター)
司会:日埜直彦
日時:1月27日(土曜日)14時から16時まで
場所:文化庁国立近現代建築資料館
住所:〒113-8553 東京都文京区湯島4-6-15
入場方法:旧岩崎邸庭園からの入館となりますので、入園料400円(一般)が必要となります。
●本日のお勧め作品は、磯崎新です。
磯崎新
還元より「MUSEUM-II(北九州市立美術館)」
1983年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
イメージサイズ:55.0x55.0cm
シートサイズ:90.0x63.0cm
Ed.75 Signed

磯崎新
「椅子(福岡相互銀行大分支店貴賓室特注)」
1967年制作(天童木工)
幅63cm、奥行69cm、高さ99cm
Signed
*のちのモンローカーブを想起させる優雅な曲線。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆ときの忘れものは明日から「Arata ISOZAKI × Shiro KURAMATA: In the ruins」を開催します。
会期=2018年1月9日[火]―1月27日[土] ※日・月・祝日休廊
磯崎新のポスト・モダン(モダニズム)ムーブメント最盛期の代表作「つくばセンタービル」(1983年)に焦点を当て、磯崎の版画作品〈TSUKUBA〉や旧・筑波第一ホテルで使用されていた倉俣史朗デザインの家具をご覧いただきます。他にも倉俣史朗のアクリルオブジェ、磯崎デザインの椅子なども出品します。
●書籍のご案内

『版画掌誌第2号』
オリジナル版画入り美術誌
2000年/ときの忘れもの 発行
特集1/磯崎新
特集2/山名文夫
B4判変形(32.0×26.0cm) シルクスクリーン刷り
A版:限定35部/価格:120,000円(税別 版画6点入り)
B版:限定100部/価格:35,000円(税別 版画2点入り)
『安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言』
2017年11月
日経アーキテクチュア(編)
B5判、352ページ
価格:2,700円(税別) *送料:250円
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。日経アーキテクチュア編集長のコラム<建築家・安藤忠雄氏の言葉の力:第3回>で、出江寛先生、石山修武先生の次に紹介されていますので、お読みください。
ときの忘れもので扱っています。
ときの忘れものでは1984年以来の安藤忠雄の版画、ドローイング作品をいつでもご覧になれます。
●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18~24頁にときの忘れものが特集されています。
ときの忘れものの小さな庭に彫刻家の島根紹さんの作品を2018年1月末まで屋外展示しています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
(文化庁国立近現代建築資料館)
戸田穣(金沢工業大学准教授)

《EARTHTECTURE SUB-1》高松伸建築設計事務所蔵
現在、東京都文京区湯島にある文化庁国立近現代建築資料館では「紙の上の建築 日本の建築ドローイング1970s-1990s」という展覧会を開催しています。わたくしは、朽木順綱さん、日埜直彦さん、元岡展久さんとともにゲストキュレーターという立場で、本展の企画に参加しました。その立場から、この展覧会を紹介させていただきます。本展の企画趣旨については、本展図録に記しております。建築資料館の受付で無料で頒布しておりますので、ぜひご覧下さい(部数には限りがあります)。

《宮田邸》藤井建築研究室蔵
2011年のメタボリズム展以降の動きでしょうか、近年、建築展が盛んです。2017にも大規模な建築展が開催されました。これらに比べれば本展は、規模も小さく、またテーマも限定されたささやかなものです。とはいえ、本展では、従来の建築展のあり方とは異なる、この規模だからこその個性ある展覧会となるよう検討しました。本展の最大の特徴は、写真も模型もないということです。本展では建築ドローイングというテーマに忠実であるために、壁にはドローイング作品だけを展示することにしました。
会場風景
せめて写真や図面がないと実際にどんな建物かわからないじゃないか、という意見はありました。とくに隣の旧岩崎邸庭園からの来場者は、建築の素人であることがほとんです。そうであればこそ、まずは一幅の絵として向き合って欲しい。近現代美術の展覧会で、これは何なのだろうというわからなさに直面するということは、あたり前の経験ですし、そうした未知のものと向き合う楽しさがあります。そして本展出展作は、そのような体験をもたらしてくれるものだと確信しています。
ここで11組の建築家すべてにふれることはできませんので、4人の建築家を紹介します。本展では1970年を起点としていますが、70年代の建築表現の多様化の先駆となったのはやはり磯崎新氏でした。1968年のミラノ・トリエンナーレに氏が出展した「電気的迷宮」を構成したフォトコラージュ「ふたたび廃墟になったヒロシマ」が有名ですが、1977年にはシルクスクリーンで「ヴィッラ」シリーズを「'77 現代と声」展で発表します。同年のサンパウロ・ビエンナーレでもシルクスクリーン作品「空洞としての美術館Ⅰ」を制作し、1982年には「還元」シリーズを発表します。それらの実現のためには綿貫不二夫氏と現代版画センター、摺り師石田了一氏の存在がありました。磯崎氏がシルクスクリーンという技法を選んだことは、本展の出展作のなかでも特別な意味をもつように思います。というのもドローイングの筆跡は、それを描いた主体のアクションを見るものに喚起します。たとえば同じ版画作品でも安藤忠雄氏の作品は原画のタッチを伝えていますが、磯崎氏はそのような身体性も拭い去ろうとしているように思います。還元というコンセプトは、シルクスクリーンという技法だからこそ表現できたのです。
会場風景
一方で線のドローイングの代表としては、緊張感が漲る藤井博巳のロットリングの線と高松伸の触覚的な鉛筆の線が対極にあるでしょうか。建築家とドローイングの関係は様々なのですが、そのキャリアを通じて一貫した手法でドローイングと向き合った建築家は必ずしも多くありません。藤井博巳の負性あるいは負化というコンセプトは1971年『都市住宅』誌と、創刊まもない『a+u』誌に発表されました。藤井博巳のグリッドというテーマは、新しい建築雑誌の存在を抜きにしては考えられません。まさに紙の上で展開したコンセプトではなかったでしょうか。
一方、80年代に登場した高松伸のドローイングは、最初はその細密さに目を瞠ります。しかし鉛筆というありふれた道具によって描きだされた表面は、写実性という言葉だけではとらえきれません。鉛筆の先でフォルムの様々な属性 ―― 強度、密度、濃度、 輝度、温度、湿度 ―― を追求するのだという建築家の言葉に接すると、ひとつひとつのタッチにも質感がこもります。
中2階には特別展示として故毛綱毅曠氏のドローイング「建築古事記」シリーズ全7作品を、会期の前半と後半で展示替えをして紹介しています。1階でも曼荼羅から着想したカラフルなドローイングが目を引きますが、屏風にみたてられた「建築古事記」は、古代神話の世界をSF的なモチーフによって描きだしたもので極めてユニークな作品です。シルクスクリーンに手を加えたものですが、その刷りはやはり石田了一氏のものと元所員の方から伺っています。建築家の描く建築ドローイングというと、やはり建物が主題となりますが、毛綱氏の建築古事記では建物はもはや巨大な絵巻のなかの点景となっています。氏の世界観にひとたび触れると、毛綱氏が実際に設計した建物も、氏の想像世界からこちらの世界へたまたま現れ出た氷山の一角のようなものではないかと想像が膨らみます。
2018年1月20日には、故毛綱氏と親しく交流された写真家の藤塚光政氏と建築家の難波和彦氏をお招きして毛綱毅曠をテーマにしたギャラリートークを開催します。また1月27日には綿貫不二夫氏と石田了一氏、編集者の植田実氏をお招きして建築版画をテーマにしたギャラリートークを予定しています。ご来場いただければ幸いです。詳しくは建築資料館のウェブサイトをご覧下さい。
(とだ じょう)
■戸田穣(とだじょう)
1976年大阪府生まれ。2000年東京大学教養学部教養学科第二卒業。2009年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了。博士(工学)。専門はフランス近世近代建築史、日本近現代建築史。現在、金沢工業大学環境・建築学部建築デザイン学科准教授。
「紙の上の建築 日本の建築ドローイング1970s-1990s」
Architecture on Paper : Architectural Drawings of Japan 1970s – 1990s
会期:2017年10月31日[火]-2018年2月4日[日] 10:00~16:30
●ギャラリートーク「建築版画の世界」のご案内
植田実(住まいの図書館出版局編集長)× 石田了一(石田版画工房)× 綿貫不二夫(ときの忘れものディレクター)
司会:日埜直彦
日時:1月27日(土曜日)14時から16時まで
場所:文化庁国立近現代建築資料館
住所:〒113-8553 東京都文京区湯島4-6-15
入場方法:旧岩崎邸庭園からの入館となりますので、入園料400円(一般)が必要となります。
●本日のお勧め作品は、磯崎新です。
磯崎新還元より「MUSEUM-II(北九州市立美術館)」
1983年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
イメージサイズ:55.0x55.0cm
シートサイズ:90.0x63.0cm
Ed.75 Signed

磯崎新
「椅子(福岡相互銀行大分支店貴賓室特注)」
1967年制作(天童木工)
幅63cm、奥行69cm、高さ99cm
Signed
*のちのモンローカーブを想起させる優雅な曲線。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆ときの忘れものは明日から「Arata ISOZAKI × Shiro KURAMATA: In the ruins」を開催します。
会期=2018年1月9日[火]―1月27日[土] ※日・月・祝日休廊
磯崎新のポスト・モダン(モダニズム)ムーブメント最盛期の代表作「つくばセンタービル」(1983年)に焦点を当て、磯崎の版画作品〈TSUKUBA〉や旧・筑波第一ホテルで使用されていた倉俣史朗デザインの家具をご覧いただきます。他にも倉俣史朗のアクリルオブジェ、磯崎デザインの椅子なども出品します。
●書籍のご案内

『版画掌誌第2号』
オリジナル版画入り美術誌
2000年/ときの忘れもの 発行
特集1/磯崎新
特集2/山名文夫
B4判変形(32.0×26.0cm) シルクスクリーン刷り
A版:限定35部/価格:120,000円(税別 版画6点入り)
B版:限定100部/価格:35,000円(税別 版画2点入り)
『安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言』2017年11月
日経アーキテクチュア(編)
B5判、352ページ
価格:2,700円(税別) *送料:250円
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。日経アーキテクチュア編集長のコラム<建築家・安藤忠雄氏の言葉の力:第3回>で、出江寛先生、石山修武先生の次に紹介されていますので、お読みください。
ときの忘れもので扱っています。
ときの忘れものでは1984年以来の安藤忠雄の版画、ドローイング作品をいつでもご覧になれます。
●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18~24頁にときの忘れものが特集されています。
ときの忘れものの小さな庭に彫刻家の島根紹さんの作品を2018年1月末まで屋外展示しています。2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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