frgmのエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」第47回
書名は「押すもの」
書名・著者名の箔押しには、印刷用の鉛活字を使っています。星の数ほど明朝書体のある本文と違い、こちらは「最も普通なるは明朝書體なり」の『印刷讀本』(前回)の時代に戻ります。もちろんゴシック、清朝、正楷、教楷、等々ありますが、地声が大きいというか、勝手に心情を吐露しているように感じられ、書名に落ち着いてくれないところがあります。やはり、「明朝書体なり」となるのですが、鉛活字の場合その明朝書体がほぼひとつきりというのが現在です。鋳造所によっていくつか違いのあった明朝体活字ですが、20年ほど前から減る一方に拍車がかかり余喘を保っている状態で製本家も気が気ではありません。
とは言え、ひとつきりなので、配置や文字間などに専心することが出来ています。直ぐにぴたりと落ち着くこともあれば、どうしても背幅に対して大きすぎるか小さすぎるかし、仮名だけポイントを変えてみたり、紙一枚挟んだり抜いてみたり、挙句、見すぎてよく判らなくなり日を置くなど最後の苦戦どころですが、書名が押されると初めて、開かれる準備が本にしっかりと整ったという実感が湧きます。ですので、製本家にとって鉛活字が手に入らなくなるのは、大きな危機となります。それを口にすると、大抵は「近々3Dプリンターで作れますよ」と励まされますが、孤島で工夫して暮らしていたところに、好きな星に住んで良いと言われたも同然で、諸条件が整ったとしても、膨大な明朝書体から最適を選び出さねばならぬことを考えると竦みます。ただ大きさと、促音以外に横組用の仮名が無いという悩ましさに自由が利くという点は宇宙の恐怖に勝さって浮かぶところでしょうか。
18世紀以前に彫刻された欧文活字書体は粗面の紙に刷られて美しいように設計されており、近年の滑面の紙に向かないものが多いそうです。読まれるときに美しいことを目指すのは当然ですから、書体と紙や印刷方法は密接な関係にあります。空押しの窪みに箔を乗せるルリユールの箔押しは、オフセットやインクジェット印刷、画面で読まれるための文字よりもやはり、僅かとはいえインクを押し付ける活版印刷用の活字書体と、仕上がり具合の落ち着きの良さに通じるところがあるのではないかと思います。
本文を読むのとは別に、唯々多くの文字を眺め眺めて腑に落ちる感覚を気長に育てていくしかないことで、『どんな「書体」で生きたいか』は皆目見当がつかなくとも、冷めない熱をひっそり持って生きたいものです。
ところで、『タイポグラフィ12 特集:和文の本文書体』グラフィック社(2017年)の「本文書体30の分析図」によると、硬めで懐が狭く粘着度が低い文字が私の好みのようですが、生き方とは関係ありませんように・・・。
(文:羽田野麻吏)

●作品紹介~羽田野麻吏制作


『狂王』
渋澤龍彦 野中ユリ挿画
1966年 プレスビブリオマーヌ B版著者本
総牛革二重装 プラ・ラポルテ 足付き平綴じ
牛革・ヴェラム・胃袋革によるデコール
海蛇革と染め紙の見返し
箔押し 中村美奈子
2016年
270×210×14㎜
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。
本の名称
(1)天
(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)
額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。
角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。
シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。
スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。
総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。
デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。
二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。
パーチメント
羊皮紙の英語表記。
パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。
半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。
夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。
ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。
両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。
様々な製本形態
両袖装
額縁装
角革装
総革装
ランゲット製本
~~~~
●本日のお勧め作品は、吉田克朗です。
吉田克朗 Katsuro YOSHIDA
"Work "46"
1975年
リトグラフ
イメージサイズ:44.8×29.3cm
シートサイズ :65.6×50.4cm
Ed.100
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

書名は「押すもの」
書名・著者名の箔押しには、印刷用の鉛活字を使っています。星の数ほど明朝書体のある本文と違い、こちらは「最も普通なるは明朝書體なり」の『印刷讀本』(前回)の時代に戻ります。もちろんゴシック、清朝、正楷、教楷、等々ありますが、地声が大きいというか、勝手に心情を吐露しているように感じられ、書名に落ち着いてくれないところがあります。やはり、「明朝書体なり」となるのですが、鉛活字の場合その明朝書体がほぼひとつきりというのが現在です。鋳造所によっていくつか違いのあった明朝体活字ですが、20年ほど前から減る一方に拍車がかかり余喘を保っている状態で製本家も気が気ではありません。
とは言え、ひとつきりなので、配置や文字間などに専心することが出来ています。直ぐにぴたりと落ち着くこともあれば、どうしても背幅に対して大きすぎるか小さすぎるかし、仮名だけポイントを変えてみたり、紙一枚挟んだり抜いてみたり、挙句、見すぎてよく判らなくなり日を置くなど最後の苦戦どころですが、書名が押されると初めて、開かれる準備が本にしっかりと整ったという実感が湧きます。ですので、製本家にとって鉛活字が手に入らなくなるのは、大きな危機となります。それを口にすると、大抵は「近々3Dプリンターで作れますよ」と励まされますが、孤島で工夫して暮らしていたところに、好きな星に住んで良いと言われたも同然で、諸条件が整ったとしても、膨大な明朝書体から最適を選び出さねばならぬことを考えると竦みます。ただ大きさと、促音以外に横組用の仮名が無いという悩ましさに自由が利くという点は宇宙の恐怖に勝さって浮かぶところでしょうか。
18世紀以前に彫刻された欧文活字書体は粗面の紙に刷られて美しいように設計されており、近年の滑面の紙に向かないものが多いそうです。読まれるときに美しいことを目指すのは当然ですから、書体と紙や印刷方法は密接な関係にあります。空押しの窪みに箔を乗せるルリユールの箔押しは、オフセットやインクジェット印刷、画面で読まれるための文字よりもやはり、僅かとはいえインクを押し付ける活版印刷用の活字書体と、仕上がり具合の落ち着きの良さに通じるところがあるのではないかと思います。
本文を読むのとは別に、唯々多くの文字を眺め眺めて腑に落ちる感覚を気長に育てていくしかないことで、『どんな「書体」で生きたいか』は皆目見当がつかなくとも、冷めない熱をひっそり持って生きたいものです。
ところで、『タイポグラフィ12 特集:和文の本文書体』グラフィック社(2017年)の「本文書体30の分析図」によると、硬めで懐が狭く粘着度が低い文字が私の好みのようですが、生き方とは関係ありませんように・・・。
(文:羽田野麻吏)

●作品紹介~羽田野麻吏制作


『狂王』
渋澤龍彦 野中ユリ挿画
1966年 プレスビブリオマーヌ B版著者本
総牛革二重装 プラ・ラポルテ 足付き平綴じ
牛革・ヴェラム・胃袋革によるデコール
海蛇革と染め紙の見返し
箔押し 中村美奈子
2016年
270×210×14㎜
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。
本の名称
(1)天(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)
額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。
角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。
シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。
スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。
総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。
デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。
二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。
パーチメント
羊皮紙の英語表記。
パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。
半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。
夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。
ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。
両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。
様々な製本形態
両袖装
額縁装
角革装
総革装
ランゲット製本~~~~
●本日のお勧め作品は、吉田克朗です。
吉田克朗 Katsuro YOSHIDA"Work "46"
1975年
リトグラフ
イメージサイズ:44.8×29.3cm
シートサイズ :65.6×50.4cm
Ed.100
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

コメント