鈴木素直「瑛九・鈔」
第5回 版画に無限の楽しみ
生きていたその時代には受け入れられぬほど独創性の強い芸術家の例はいくつもある。瑛九も異色、奇才、先鋭などのことばを着せられた時期がある。真価は理解されぬまま画壇から遠くあった彼の作品が没後十五年たつ今、各地で話題になっている。昨年だけでも、京都市美術館、北九州市立美術館、南天子画廊、フジテレビギャラリー、美術雑誌、版画雑誌などで展示、特集された、業界誌やオークションに引き出されることも多くなるとすなおに喜べない面もあるが、若い人たちの間に人気があることがわかった。彼の作品の魅力とはなんだろうか。
「僕は今サメてから夢をみるまでエッチング(銅版画)と石版の実ケンにボットウしています。」(昭和二六・一二・一五 内田耕平あて)瑛九が銅版画を手がけたのは二十五年の秋で、翌年には宮崎から浦和市へ移住した。それから七年間に二百七十八点の銅版画を制作しながら、未発表の作品も多い。今回はそのうちの十三点を含めて三十五点展示してある。「森の会話」「オペラグラス」などの代表作に見られるち密な描刻と違い、とび出るような白地の多い未発表の「鍵」「おこれる鳥」などには彼の制作過程の秘密がうかがわれて興味深い。彼の版画にエロチズムやポエジーを感じる人、神秘や想像の世界にあそばせてくれるという人も今回はもっとちがった感想をもつことができるだろう。
石版画(リトグラフ)は三十一年銅版画からうつって、かきたてられたように制作されている。「リトの仕事に追われていて他のことがだんだんとめんどうくさくなっていきます(三一・一一・一五木水育男あて)「僕はまだ肉体労働に慣れていなかったのです。リトの印刷は確かに肉体労働です。それで僕は疲れて(中略)また健康が回復してみると僕の肉体は一変して非常に強くなりました。目下終日働いています」(三一・一二・二四 杉田正臣あて)
彼の版画の特徴は、今の版画作家と違ってインクの配合も自分の実験で吟味納得の上、しかも自分の手で作品を刷っていることである。彼の石版画に表現された世界には、あそびをたのしみ、ユーモアがあるかと思えば、孤独があり、怒りがあり変化にとみ、やさしい目と思想の深さに支えられている。晩年の二カ年間で百五十八点の石版画を制作しているエネルギーにも驚く。かつて詩人滝口修造が「『通りすぎるもの』ということばが瑛九のイメージと結びつき、あえていえば完成型の画家ではなかったように思う」と書いた。あくことなき旅人であった瑛九が一枚の白紙に攻め入り自分の世界を築こうとしていた過程を言い当てたことばである。瑛九展を見て一枚の版画にも無限の楽しみがあることがわかった。
命日をはさんで開催した主催者の意図にこたえるべき若い人の論評がもっとおこってほ しいし、彼の作品をもっと県民が見られる公的な施設と機会がほしいと思う。
※於県立図書館 75・3・3~15

(すずき すなお)
*鈴木素直『瑛九・鈔』(1980年、鉱脈社)より再録。
■鈴木素直
1930年5月25日台湾生まれ、1934年(昭和9年)父の故郷宮崎市に帰国、大淀川、一ツ瀬川下流域で育つ。戦後、新制の大宮高校時代に瑛九からエスペラント語を習い、瑛九が埼玉県浦和に移った後も親交を続け、故郷宮崎にあって、瑛九の顕彰に尽力した。宮崎県内の盲学校、小中学校(主に障害児教育)に長く勤務し、日本野鳥の会会員としても活躍した。2018年4月5日死去。享年87。
瑛九については新聞や雑誌に寄稿され、1980年宮崎の鉱脈社から『瑛九・鈔』を刊行した。ご遺族のご了解を得て、毎月17日に『瑛九・鈔』から再録掲載します。
鈴木素直
『瑛九・鈔』
1980年
鉱脈社 発行
63ページ
9.2x13.1cm
目次:
・出会い
・瑛九への旅 東京・瑛九展を見て
・一枚の写真の現実 二十回忌に思う
・フォトデッサン
・版画に無限の楽しみ
・二人の関係 瑛九・池田満寿夫版画展
・“必死なる冒険”をすすめた画家後藤章
・瑛九―現代美術の父
~~~~
『現代美術の父 瑛九展』図録(小田急)
1979年 瑛九展開催委員会発行
132ページ 24.0×25.0cm
*同図録・銅版入り特装版(限定150部)
~~~~
鈴木素直
『詩集 夏日・一九四八ー一九七四』
1979年
鉱脈社 発行
102ページ
22.0x15.5cm
目次:
・鏡より
鏡
ことば
・夏に向ってより
夏に向って
その時小さいあなたへ
春一番
野鳥 I
野鳥 II
入江 I
入江 II
小さいカゴの中で
病院にて
孟蘭盆
夏草 I
夏草 II
大いなる儀式
ムラから
来歴
・女たちより
秋
雨
夜
川
鳥
・夏日より
春
いつも同じ石
海
・詩集「夏日」によせて 金丸桝一
・覚書
~~~~
鈴木素直
『馬喰者(ばくろう)の話』
1999年
本多企画 発行
114ページ
18.5x14.1cm
目次:
・馬喰者の時間
・馬喰者の話
・馬喰者の煙管(きせる)
・馬喰者問答
・馬喰者の夢
・馬喰者の謎
・馬喰者の庭
・ふくろう
・青葉木莵異聞
・雲雀と鶉
・時鳥がうたう
・夕焼けの中の黒いカラス
・残暑見舞い
・眠っている男
・手術室にて
・残照記
・切り株
・八月の庭
・知念さんの地図
~~~~
鈴木素直
『鳥は人の心で鳴くか みやざき・野鳥民族誌』
2005年
本多企画 発行
265ページ
18.3x13.2cm
目次(抄):
・宮崎の野鳥・俗名考―消える方言とユニークな命名
・ツバメあれこれ
・方言さんぽ
・鳥十話
・日向の鳥ばなし
・宮崎県の鳥類
・自然に関わる伝承と農耕習俗―野鳥にまつわる俗信・俚言を中心に
・野鳥にまつわる民俗文化
・県北を歩く
・県南を歩く
・野鳥の方言・寸感
・後記
~~~~
鈴木素直さん(左)
鈴木素直さんは新制の大宮高校時代に瑛九からエスペラント語を習い、その後教師となります。瑛九と親交を続け、没後はその顕彰に大きな役割を果たし、詩人、日本野鳥の会会員としても幅広い活躍をなさってきました。
●鈴木素直のエッセイ「瑛九・鈔」(再録)は毎月17日の更新です。
●今日のお勧め作品は、瑛九です。
瑛九 Q Ei
《離陸》
1957年
リトグラフ
イメージサイズ:32.0x21.0cm
シートサイズ:54.3x38.5cm
Ed.22(A.P.)
サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
ただし9月20日[木]―9月29日[土]開催の野口琢郎展は特別に会期中無休です。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

第5回 版画に無限の楽しみ
生きていたその時代には受け入れられぬほど独創性の強い芸術家の例はいくつもある。瑛九も異色、奇才、先鋭などのことばを着せられた時期がある。真価は理解されぬまま画壇から遠くあった彼の作品が没後十五年たつ今、各地で話題になっている。昨年だけでも、京都市美術館、北九州市立美術館、南天子画廊、フジテレビギャラリー、美術雑誌、版画雑誌などで展示、特集された、業界誌やオークションに引き出されることも多くなるとすなおに喜べない面もあるが、若い人たちの間に人気があることがわかった。彼の作品の魅力とはなんだろうか。
「僕は今サメてから夢をみるまでエッチング(銅版画)と石版の実ケンにボットウしています。」(昭和二六・一二・一五 内田耕平あて)瑛九が銅版画を手がけたのは二十五年の秋で、翌年には宮崎から浦和市へ移住した。それから七年間に二百七十八点の銅版画を制作しながら、未発表の作品も多い。今回はそのうちの十三点を含めて三十五点展示してある。「森の会話」「オペラグラス」などの代表作に見られるち密な描刻と違い、とび出るような白地の多い未発表の「鍵」「おこれる鳥」などには彼の制作過程の秘密がうかがわれて興味深い。彼の版画にエロチズムやポエジーを感じる人、神秘や想像の世界にあそばせてくれるという人も今回はもっとちがった感想をもつことができるだろう。
石版画(リトグラフ)は三十一年銅版画からうつって、かきたてられたように制作されている。「リトの仕事に追われていて他のことがだんだんとめんどうくさくなっていきます(三一・一一・一五木水育男あて)「僕はまだ肉体労働に慣れていなかったのです。リトの印刷は確かに肉体労働です。それで僕は疲れて(中略)また健康が回復してみると僕の肉体は一変して非常に強くなりました。目下終日働いています」(三一・一二・二四 杉田正臣あて)
彼の版画の特徴は、今の版画作家と違ってインクの配合も自分の実験で吟味納得の上、しかも自分の手で作品を刷っていることである。彼の石版画に表現された世界には、あそびをたのしみ、ユーモアがあるかと思えば、孤独があり、怒りがあり変化にとみ、やさしい目と思想の深さに支えられている。晩年の二カ年間で百五十八点の石版画を制作しているエネルギーにも驚く。かつて詩人滝口修造が「『通りすぎるもの』ということばが瑛九のイメージと結びつき、あえていえば完成型の画家ではなかったように思う」と書いた。あくことなき旅人であった瑛九が一枚の白紙に攻め入り自分の世界を築こうとしていた過程を言い当てたことばである。瑛九展を見て一枚の版画にも無限の楽しみがあることがわかった。
命日をはさんで開催した主催者の意図にこたえるべき若い人の論評がもっとおこってほ しいし、彼の作品をもっと県民が見られる公的な施設と機会がほしいと思う。
※於県立図書館 75・3・3~15

(すずき すなお)
*鈴木素直『瑛九・鈔』(1980年、鉱脈社)より再録。
■鈴木素直
1930年5月25日台湾生まれ、1934年(昭和9年)父の故郷宮崎市に帰国、大淀川、一ツ瀬川下流域で育つ。戦後、新制の大宮高校時代に瑛九からエスペラント語を習い、瑛九が埼玉県浦和に移った後も親交を続け、故郷宮崎にあって、瑛九の顕彰に尽力した。宮崎県内の盲学校、小中学校(主に障害児教育)に長く勤務し、日本野鳥の会会員としても活躍した。2018年4月5日死去。享年87。
瑛九については新聞や雑誌に寄稿され、1980年宮崎の鉱脈社から『瑛九・鈔』を刊行した。ご遺族のご了解を得て、毎月17日に『瑛九・鈔』から再録掲載します。
鈴木素直『瑛九・鈔』
1980年
鉱脈社 発行
63ページ
9.2x13.1cm
目次:
・出会い
・瑛九への旅 東京・瑛九展を見て
・一枚の写真の現実 二十回忌に思う
・フォトデッサン
・版画に無限の楽しみ
・二人の関係 瑛九・池田満寿夫版画展
・“必死なる冒険”をすすめた画家後藤章
・瑛九―現代美術の父
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『現代美術の父 瑛九展』図録(小田急)1979年 瑛九展開催委員会発行
132ページ 24.0×25.0cm
*同図録・銅版入り特装版(限定150部)
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鈴木素直『詩集 夏日・一九四八ー一九七四』
1979年
鉱脈社 発行
102ページ
22.0x15.5cm
目次:
・鏡より
鏡
ことば
・夏に向ってより
夏に向って
その時小さいあなたへ
春一番
野鳥 I
野鳥 II
入江 I
入江 II
小さいカゴの中で
病院にて
孟蘭盆
夏草 I
夏草 II
大いなる儀式
ムラから
来歴
・女たちより
秋
雨
夜
川
鳥
・夏日より
春
いつも同じ石
海
・詩集「夏日」によせて 金丸桝一
・覚書
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鈴木素直『馬喰者(ばくろう)の話』
1999年
本多企画 発行
114ページ
18.5x14.1cm
目次:
・馬喰者の時間
・馬喰者の話
・馬喰者の煙管(きせる)
・馬喰者問答
・馬喰者の夢
・馬喰者の謎
・馬喰者の庭
・ふくろう
・青葉木莵異聞
・雲雀と鶉
・時鳥がうたう
・夕焼けの中の黒いカラス
・残暑見舞い
・眠っている男
・手術室にて
・残照記
・切り株
・八月の庭
・知念さんの地図
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鈴木素直『鳥は人の心で鳴くか みやざき・野鳥民族誌』
2005年
本多企画 発行
265ページ
18.3x13.2cm
目次(抄):
・宮崎の野鳥・俗名考―消える方言とユニークな命名
・ツバメあれこれ
・方言さんぽ
・鳥十話
・日向の鳥ばなし
・宮崎県の鳥類
・自然に関わる伝承と農耕習俗―野鳥にまつわる俗信・俚言を中心に
・野鳥にまつわる民俗文化
・県北を歩く
・県南を歩く
・野鳥の方言・寸感
・後記
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鈴木素直さん(左)鈴木素直さんは新制の大宮高校時代に瑛九からエスペラント語を習い、その後教師となります。瑛九と親交を続け、没後はその顕彰に大きな役割を果たし、詩人、日本野鳥の会会員としても幅広い活躍をなさってきました。
●鈴木素直のエッセイ「瑛九・鈔」(再録)は毎月17日の更新です。
●今日のお勧め作品は、瑛九です。
瑛九 Q Ei《離陸》
1957年
リトグラフ
イメージサイズ:32.0x21.0cm
シートサイズ:54.3x38.5cm
Ed.22(A.P.)
サインあり
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●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
ただし9月20日[木]―9月29日[土]開催の野口琢郎展は特別に会期中無休です。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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