土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の本」

15.『マルセル・デュシャン語録』To and From Rrose Sélavy~前編

『マルセル・デュシャン語録』A版60部(図1)。変型判(33.0×26.0)104頁。並製・紙ジャケット(図2)。黄色紙巻四つ折リーフレット”a marginal note” 別添。灰色クロス貼り夫婦箱(図3)、段ボール身蓋外箱(図4)。

図1図1

図2図2

図3図3

図4図4

『マルセル・デュシャン語録』B版500部。変型判(33.5×26.5)104頁。黒色クロス装上製(図5)。黄色紙巻四つ折リーフレット”a marginal note” 別添。紫色紙箱(図6)、段ボール外箱(図7)。

図5図5

図6図6

図7図7

奥付の記載事項
瀧口修造  マルセル・デュシャン語録
発 行 東京 ローズ・セラヴィ 1968年7月28日
製 作 海藤日出男
A版取扱所 東京都日本橋通3~3 丹平ビル』南画廊
B版販売所 東京都新宿区本村町15 美術出版社
印 刷 大日本印刷株式会社 本文 グラビヤ
    凸版印刷株式会社 <ウィルソン・リンカーン・システム>(A版)及びティンゲリー作品
    土井印刷株式会社 デュシャン<プロフィル>,ジャスパー・ジョーンズ作品(B版),荒川修作作品

奥付には発行日として「1968年7月28日」(デュシャンの81才の誕生日)と記載されていますが、実際には同年11月となりました(デュシャンは本書の完成を見ることなく、10月1日に急逝)。発行所の「東京」と「ローズ・セラヴィ」の間に、1字文のスペースが置かれています。「A版取扱所」の住所の記載に「中央区」の記載が漏れていますが、そのまま転記してあります。また定価の記載がありませんが、A版50部は定価150,000円(送料とも)。B版500部は定価10,000円(同)でした。奥付の前頁には次のように記載されています。

《マルセル・デュシャン語録》は560部を印刷し、そのうち60部は以下のものを本文とともに箱に収めた。《ウィルソン・リンカーン・システムによるローズ・セラヴィ》マルセル・デュシャンの署名入り、ジャスパー・ジョーンズのオリジナル・レリーフ版画《夏の批評家》番号・署名入り、荒川修作《静物》およびジャン・ティンゲリー《コラージュ・デッサン》の色彩版複製・ともに署名入り、デュシャンの自作プロフィルの色彩版複製。以上の60部のうちⅠ~Ⅹを非売とし、1~50を市販した。51~550の500部は上記の《ウィルソン・リンカーン・システム》を除き、ジョーンズのオリジナル版画を単色写真版としたほか、同じ色の色彩版複製を口絵として収めた。

なお、著者本Ⅰ~Ⅹの献呈先は以下の通りです。
ⅠおよびⅡ…マルセル・デュシャン
Ⅲ…ジャスパー・ジョーンズ
Ⅳ…ジャン・ティンゲリー
Ⅴ…荒川修作
Ⅵ…マン・レイ
Ⅶ…ロベール・ルベル
Ⅷ…コルディエ&エクスとローム画廊
Ⅸ…海藤日出男
Ⅹ…瀧口修造

解題
『マルセル・デュシャン語録』To and From Rrose Sélavyは、瀧口修造の本のなかでも代表的な一冊であるばかりか、瀧口の生涯を見渡しても、本書の刊行は最も重要な仕事の一つといって過言ではないと思われます。その根拠は後述することとして、まずは、内容見本と刊行後に作成された販売用チラシ(図8)から、本書の紹介文を見てみましょう(前者は未見。『コレクション瀧口修造』第3巻解題から転載)。ともに執筆者は不明です。

「有名なデュシャンの《グリーン・ボックス》のノート、最近刊行された《不定法で》のノートからの抜萃、《文学的レディメード》ほか、デュシャンの重要な文章、談話の集録。本文にはルネ・クレールの映画《幕間》におけるデュシャンとマン・レイのチェスの場面のシリーズ、デュシャンの近影など多くの図版を収め、巻末に滝口の論文を添えた。」(原文の「,.」は「、。」に変更した)

「本書はデュシャンの制作ノートや言葉を集録したに止まらず、デュシャンの協力のもとに作られた類をみない記念的な出版となった。たとえば彼自身が署名したいわゆるOK作品がA版に収められてあり、荒川修作、ジャスパー・ジョーンズ、ジャン・ティンゲリーがそれぞれ作品を寄せている。デュシャンは本書の完成直前に81才で他界した。かくて見えぬ不死鳥の羽根がここに残された……。」

図8図8

後者のチラシがいつ時点のものか分からないのが残念ですが、A版は(品切れではなく)「絶版」、B版も「残部僅少」とされています。現在の物価水準は当時のおよそ7~8倍のようですから、A版は今の価格で100~120万円、B版でも7~8万円ということになります。なかなかの売れ行きだったようです。

続いて本書の内容と、刊行にいたるまでの経緯を見ていくことにします。冒頭に日本語の書名『マルセル・デュシャン語録』の頁、フランス語の献辞の頁、さらに英文の扉、邦文の扉の頁があり、続いて上でみたルネ・クレールの映画《幕間》の図版が17頁まで入ります。本文は18頁からです。なおB版では書名頁の前に口絵が収録されています。

献辞頁
à Rrose Sélavy
de tout coeur volant


献辞として、フランス語の決まり文句である”de tout coeur”(「心を込めて」「心から」の意味)に、わざわざ”volant”(「動いている」「飛んでいる」の意味)をつけ足してあるのは、一種のしゃれです。つまり、デュシャンには《coeurs volants》(「鼓動する心臓」、「ときめくハート」などの意味)というタイトルの有名な作品がありますので(「カイエダール」誌のデュシャン特集号の表紙にも使われています。図9)、これを踏まえて「どきどきしながら」という意味を込めたものと思われます。

図9図9

デュシャン急逝を受け、以下の追悼文が印刷された紙片が挟み込まれました(図10)。

Marcel Duchamp passed away in October 1, 1968.
This book has missed the chance to meet him, on account of its considerable delay. The author and the collaborators deeply grieve for his death and misfortune of the book. Good luck, Mr. Duchamp, if you could only catch our book, say, beyond the larger glass, even!

図10図10

この追悼文は、もともと本書にはない日本語訳付きで『コレクション瀧口修造』第3巻にも掲載されていますが、訳文にはかなり問題があります。この点については、「瀧口修造とマルセル・デュシャン」第13回および「瀧口修造の箱舟」第4回で述べましたので、ご参照ください。

英文扉
SHUZO TAKIGUCHI
TO AND FROM RROSE SÉLAVY

SELECTED WORDS OF MARCEL DUCHAMP
JAPANESE EDITION

WITH SPECIAL CONTRIBUTIONS:
A SELF-PORTRAIT IN PROFILE BY MARCEL DUCHAMP;
WORKS BY SHUSAKU ARAKAWA,
JASPER JONSE AND JEAN TINGULY

Rrose Sélavy TOKYO 1968

邦文扉
瀧口修造による
マルセル・デュシャン語録
ローズ・セラヴィに、ローズ・セラヴィから

この本のために寄せられた
マルセル・デュシャンの自作プロフィル
荒川修作、ジャスパー・ジョーンズ、ジャン・ティンゲリーの作品

東京、ローズ・セラヴィ刊行 1968年

邦文の扉の記載では、「東京」と「ローズ・セラヴィ」との間に「、」がありますが、必要ないようにも思われます。奥付に合わせるとすると「、」ではなくスペ―スが置かれるべきでしょう。また協力者の項目で、荒川修作がジャスパー・ジョーンズやジャン・ティンゲリーより前に記載されているのは、名字のアルファベット順かもしれません。

続いて18頁からの本文の頁を見ましょう。大きく2つの部分からなり、18-91頁はデュシャンの著作や対談からの抜粋、92頁―102頁は瀧口による「ローズ・セラヴィに」と「Rrose Sélavy考」です。「Rrose Sélavy考」には「あとがき」の要素も含まれています。103頁は目次頁です。以下に本文目次を転記しておきます(図版目次、口絵目次は省略)。

本文目次
18-19 <1914年の箱>から。デュシャンは早くから箱の本を考え、1914年に15のノートの紙片をコダックの乾板の箱に収め、写真印画により2部だけ複製した。
20-61 ガラスの大作<独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも>の構想中に書かれたノートから(20頁註参照)。一般にBoîte verte(Green box)と呼ばれている(以下GBと略記)。
64-69 <不定法で>と題されたノート集から(64頁註参照)。
70-71 <Rrose Sélavy>から。デュシャンは多くのアフォリズムを書いているが、その集録を1939年にG.L.M.(パリ)から<Biens Nouveaux>選書の一冊として刊行。その多くは言葉の洒落であり訳はほとんど不可能であるが、ここでは9篇のみの訳がこころみられた。最後の2篇は他から採録。
72 スティーグリッツへの手紙(写真についてのアンケートに答えて)/審査について(72頁註参照)。
73 信仰・無信仰について(アンドレ・ブルトンへの手紙から<Médium>誌No.4,1955所載)/可能なものの形象化,1913(GBに収められなかったこの一文は30部限定の小冊子として刊行(PAB1950)./74 犯人探し(註参照)。
75 乱費される小エネルギー(アンドレ・ブルトン<黒いユーモア詞華集>所載)。
76 リチャード・マット事件(註参照)。この匿名の文章はデュシャンのものとして承認されていない。
77 超検閲,1939(註参照)。
78-79 鏡の前の男たち(80頁註参照)。
82-87 創造的な行為 「アート・ニューズ」1957年夏の号、第56巻、第4号所載。
88 レディメードについて。
89 網膜的な絵画について。/90 <芸術家>について。
92-98 ローズ・セラヴィに(瀧口修造)
100-102 Rrose Sélavy考(瀧口修造)

上の目次のうち、「82-87 創造的な行為」の項目は本書目次に記載されておらず、筆者(土渕)が補ったものです。また「/74 犯人探し」の前に置かれた「.」は、「。」の方が良いように思われますが、元の記載どおりとしてあります。なお、「レディメードについて」「網膜的な絵画について」「<芸術家>について」は、それぞれカザリーン・クー(1961年)、アラン・ジュフロワ(1961年)、ピエール・カバンヌ(1966年)との対談です。また、89頁には「網膜的な絵画について」の後に、ピエール・カバンヌとの対談から「ユーモアとエロティシズム」の部分も採録されています。

本書を制作するにあたって、デュシャン自身から贈られたミシェル・サヌイユ篇マルセル・デュシャン『塩の商人』<Marchand du Sel>が参照されたのは当然でしょう。瀧口旧蔵の同書には、たくさんの付箋が貼られています(図11)。ただし、厳密な瀧口のことですから、上記の<グリーン・ボックス>(図12)、<不定法で>(図13)など、可能な限りデュシャン自身による原典や初出に当たったのは間違いないと思われます。実際に瀧口は両署ともに所蔵していました。特に「グリーン・ボックス」は、
1953年に渡米しカルフォルニア在住だった長谷川三郎から贈られたと推定されています(1957年没)。また、海外美術雑誌などに掲載されたデュシャン関連の記事のスクラップなどによって、手作り本も制作されています(図14)。

図11図11

図12図12

図13図13

図14図14

つちぶち のぶひこ

土渕信彦 Nobuhiko TSUCHIBUCHI
1954年生まれ。高校時代に瀧口修造を知り、著作を読み始める。サラリーマン生活の傍ら、初出文献やデカルコマニーなどを収集。その後、早期退職し慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了(美学・美術史学)。瀧口修造研究会会報「橄欖」共同編集人。ときの忘れものの「瀧口修造展Ⅰ~Ⅳ」を監修。また自らのコレクションにより「瀧口修造の光跡」展を5回開催中。富山県立近代美術館、渋谷区立松濤美術館、世田谷美術館、市立小樽文学館・美術館などの瀧口展に協力、図録にも寄稿。主な論考に「彼岸のオブジェ―瀧口修造の絵画思考と対物質の精神の余白に」(「太陽」、1993年4月)、「『瀧口修造の詩的実験』の構造と解釈」(「洪水」、2010年7月~2011年7月)、「瀧口修造―生涯と作品」(フランスのシュルレアリスム研究誌「メリュジーヌ」、2016年)など。

◆土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の本」は毎月23日の更新です。

●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
takiguchi2014_II_27瀧口修造 Shuzo TAKIGUCHI
"Ⅱ-27"
デカルコマニー
イメージサイズ:13.5×10.5cm
シートサイズ :18.4×12.3cm
Ⅱ-26と対
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◎昨日読まれたブログ(archive)/2008年03月26日|瀬木慎一『世紀の大画商たち』
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◆ときの忘れものは明日24日から恐る恐るですが春の画廊コレクション展を開催します。
会期:2020年3月24日[火]―4月4日[土]※日・月・祝日休廊
新型コロナウィルスの感染防止のため、ご来廊の際にはマスクの着用をお願いいたします。
私たちも密室状態になることを避け(換気をよくして)、一度に多くのお客様が密集することがないよう心配りをし、スタッフは全員マスク着用で対応させていただき密接な接触をさけるよういたします。
玄関に消毒液をおいてありますので必ずおつかい下さい。ご理解とご協力をお願いいたします。
出品:靉嘔舟越桂草間彌生元永定正恩地孝四郎ル・コルビュジエジョアン・ミロサム・フランシスジム・ダイン ほか
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◆ときの忘れものはアートバーゼル オンラインビューイングルーム(3月25日まで)に参加しています。

◆ときの忘れものはOIL by 美術手帖 オンライン・ビューイング(4月5日まで)に参加しています。

◆ときの忘れものは版画・写真のエディション作品などをアマゾンに出品しています。

●箱根のポーラ美術館で開催中の《シュルレアリスムと美術 ダリ、エルンストと日本の「シュール」》展に瑛九の油彩、フォトデッサン、コラージュなど6点が展示されています(~4月5日)。
詳しくは1月4日の土渕信彦さんのレビューをお読みください。

●ときの忘れものは2017年6月に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。