柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」第25回
開けられてしまった・・・
前回の記事で、「・・・もちろん、今日、クリストが包んだオブジェの紐を切り、布やビニールを開く人はまずいないでしょう。・・・」と書きましたが、包みを解かれ「破壊」されてしまったクリストのオブジェは、過去にはあったようです。『包まれたライヒスターク』のスケールモデルが、中東(←多分)の税関で開かれてしまったという話をクリストとジャンヌ=クロードから聞いたことがありました。また多分1980年代末頃のことですが、ニューヨークの一流画廊で、一度開封されてしまったクリストのオブジェを見せられたことは、はっきりと記憶しています。「LOOK」という雑誌を包んだマルチプル作品なのですが、表紙の上に黒いスポンジが置かれた状態でビニールで包まれ、縦方向にだけ紐がかけられていました。版画とマルチプルのカタログ・レゾネに掲載されている写真とはちょっと違うなと思い、画廊の方にポラロイド写真を撮ってもらいました。
その写真をクリストとジャンヌ=クロードに見せたところ、「これはクリストの作品ではない、偽物だ・・・いや、待てよ、このスポンジ・・・元々雑誌と雑誌の間にいれてあったものだと思う・・・そーか、多分、誰かが開封してしまい、また包み直したのだろう・・・。」ということでした。
さて、そろそろ本題です。今回は、クリストが包んだのではなく、クリスト、あるいは、ジャンヌ=クロードが開けてしまったが故に、特別な意味をもつオブジェ作品を紹介します。

1年半ほど前に、この連載に書かせてもらったもの・・・サーディンの缶詰を模した、アルマンの展覧会案内のためのオブジェ作品です。2019年10月の連載には、私の手元にある現物の写真を掲載しまいたが・・・同じ作品をクリストとジャンヌ=クロードも持っていて、ソーホーの住居のリビングルームの片隅に置かれたアクリルケースの中に収められていました。
ただ、二人のそれは、蓋が半分くらいまで開けられていました。

「缶が届いたとき、食べ物だと喜んだんです。でも、開けてみたら中は紙切れで、とてもがっかりしたんです・・・」といったことを聞いた覚えもあります。このエピソードを別にしても、「包む」アーティストが、「開けてしまった」オブジェとなると、少なくとも私にはとてもスペシャルなものと思えました。
このオブジェは、1960年の作品ですから、二人が受取ったのはまだパリに住んでいた時期だと思います。その後、開けられてしまった缶は、二人と一緒に大西洋を渡ってニューヨークへ移り、60年にわたって、クリストとジャンヌ=クロードの生活空間の片隅に置かれていたわけです・・・そのオブジェが、こんどは日本へやって来ることになりました。実は、二人の手元にあった様々な作家による作品が、2月中旬にオークションに出されたのです。

「使えるお金は全部、プロジェクトのために注ぎ込むから、他の人の作品を買うことはできないんだ」、とジャンヌ=クロードが話してくれたことがあったように、二人は、収集にそれほどの情熱をもっていたわけではありませんでした。しかし、気に入った作品を買うことはあり、また友人のアーティストと作品交換をした、あるいは、プレゼントされ作品が、生活空間やジャンヌ=クロードのオフィスの壁面に掛けられていました。
特にダインイングのエリアは、フォンタナの切り裂かれたキャンバス、イブ・クラインのIKBの水彩、ウォーホルの『ヴィッキー』のキャンバス、金属板の上に描かれたキース・ヘリング、デュシャンの肖像などがかけられた、スペシャルな空間でした。私自身、大きなダイニングテーブルで、資料整理などの仕事をすることも多かったので・・・想い出の壁面です。
さて、二人のコレクションのほぼ全てが出品されたオークションは、二晩にわたって開かれました。イブ・クライン、フォンタナやウォーホル他のオリジナル作品、それにクリストの「パッケージ」や「アンブレラ」のドローイングなどオリジナル作品は、パリの会場に顧客も入れたイブニングセールとして開催され、比較的廉価な作品類は、翌日、ネットオークション形式で開かれました。
初日のオークションが、全点落札、予想価格の数倍に跳ね上がった作品も多かったことから、ネット入札のみの二晩目も、最初の作品から予想価格をドンドンと超えていきました。ちなみに、一点目は赤瀬川原平の1989年のオブジェ、二点目は安藤忠雄の2010年のドローイングと、日本人作家の作品からスタートしたのは、オークションが作家名のアルファベット順だったため・・・単なる偶然でした。ちなみに、両作品共に作家からクリストとジャンヌ=クロードへのプレゼントでした。
アルファベット順なので、頭文字がAのアルマンは、5点目から8点目の計4点、件の「缶」は7番目でした。自分としては目一杯の数字を事前に入力してあったので、対抗者の入札が入るに従って、モニター上の数字が上がっていく・・・かなりヒヤヒヤしましたが、予想価格の上限辺りで数字も止まり、晴れて落札できました。
落札手数料を入れても、割安な価格で落札できたのですが、それは、缶が開けられてしまっていたためかもしれません・・・クリスト、あるいは、ジャンヌ=クロードが開けたという事実に、「特別」さを見出したのは僕一人だったのかなと・・・ちょっと寂しくも感じましたが・・・このオブジェを僕に持っていてもらいたいという、クリストとジャンヌ=クロードが思ってくれたのかも・・・と考えたりもしています。
(やなぎ まさひこ)
■柳正彦 Masahiko YANAGI
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
2016年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。
●柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」は毎月20日の更新です。
●塩見允枝子のエッセイ「フルクサスの回想」第4回を掲載しました。合わせて連載記念の特別頒布会を開催しています。
塩見允枝子先生には11月から2021年4月までの6回にわたりエッセイをご執筆いただきます。2月28日には第4回目の特別頒布会を開催しました。お気軽にお問い合わせください。
●名古屋市美術館で『「写真の都」物語─ 名古屋写真運動史: 1911-1972』展が3月28日(日)まで開催されています。
●宮崎県立美術館で「コレクション展第4期 瑛九抄」が 4月 6日(火)まで開催され、瑛九の油彩、フォトデッサン、版画など30点近くが展示されています(出品リスト)。
●東京・アーティゾン美術館で「Steps Ahead: Recent Acquisitions 新収蔵作品展示」展が5月9日[日]まで開催され、オノサト・トシノブ、瀧口修造、元永定正、倉俣史朗など現代美術の秀作が多数展示されています。
●東京・天王洲アイルの寺田倉庫 WHAT で「謳う建築」展が5月30日(日)まで開催され、佐藤研吾が出品しています。
●ときの忘れものが青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転して3年が経ちました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
開けられてしまった・・・
前回の記事で、「・・・もちろん、今日、クリストが包んだオブジェの紐を切り、布やビニールを開く人はまずいないでしょう。・・・」と書きましたが、包みを解かれ「破壊」されてしまったクリストのオブジェは、過去にはあったようです。『包まれたライヒスターク』のスケールモデルが、中東(←多分)の税関で開かれてしまったという話をクリストとジャンヌ=クロードから聞いたことがありました。また多分1980年代末頃のことですが、ニューヨークの一流画廊で、一度開封されてしまったクリストのオブジェを見せられたことは、はっきりと記憶しています。「LOOK」という雑誌を包んだマルチプル作品なのですが、表紙の上に黒いスポンジが置かれた状態でビニールで包まれ、縦方向にだけ紐がかけられていました。版画とマルチプルのカタログ・レゾネに掲載されている写真とはちょっと違うなと思い、画廊の方にポラロイド写真を撮ってもらいました。
その写真をクリストとジャンヌ=クロードに見せたところ、「これはクリストの作品ではない、偽物だ・・・いや、待てよ、このスポンジ・・・元々雑誌と雑誌の間にいれてあったものだと思う・・・そーか、多分、誰かが開封してしまい、また包み直したのだろう・・・。」ということでした。
さて、そろそろ本題です。今回は、クリストが包んだのではなく、クリスト、あるいは、ジャンヌ=クロードが開けてしまったが故に、特別な意味をもつオブジェ作品を紹介します。

1年半ほど前に、この連載に書かせてもらったもの・・・サーディンの缶詰を模した、アルマンの展覧会案内のためのオブジェ作品です。2019年10月の連載には、私の手元にある現物の写真を掲載しまいたが・・・同じ作品をクリストとジャンヌ=クロードも持っていて、ソーホーの住居のリビングルームの片隅に置かれたアクリルケースの中に収められていました。
ただ、二人のそれは、蓋が半分くらいまで開けられていました。

「缶が届いたとき、食べ物だと喜んだんです。でも、開けてみたら中は紙切れで、とてもがっかりしたんです・・・」といったことを聞いた覚えもあります。このエピソードを別にしても、「包む」アーティストが、「開けてしまった」オブジェとなると、少なくとも私にはとてもスペシャルなものと思えました。
このオブジェは、1960年の作品ですから、二人が受取ったのはまだパリに住んでいた時期だと思います。その後、開けられてしまった缶は、二人と一緒に大西洋を渡ってニューヨークへ移り、60年にわたって、クリストとジャンヌ=クロードの生活空間の片隅に置かれていたわけです・・・そのオブジェが、こんどは日本へやって来ることになりました。実は、二人の手元にあった様々な作家による作品が、2月中旬にオークションに出されたのです。

「使えるお金は全部、プロジェクトのために注ぎ込むから、他の人の作品を買うことはできないんだ」、とジャンヌ=クロードが話してくれたことがあったように、二人は、収集にそれほどの情熱をもっていたわけではありませんでした。しかし、気に入った作品を買うことはあり、また友人のアーティストと作品交換をした、あるいは、プレゼントされ作品が、生活空間やジャンヌ=クロードのオフィスの壁面に掛けられていました。
特にダインイングのエリアは、フォンタナの切り裂かれたキャンバス、イブ・クラインのIKBの水彩、ウォーホルの『ヴィッキー』のキャンバス、金属板の上に描かれたキース・ヘリング、デュシャンの肖像などがかけられた、スペシャルな空間でした。私自身、大きなダイニングテーブルで、資料整理などの仕事をすることも多かったので・・・想い出の壁面です。
さて、二人のコレクションのほぼ全てが出品されたオークションは、二晩にわたって開かれました。イブ・クライン、フォンタナやウォーホル他のオリジナル作品、それにクリストの「パッケージ」や「アンブレラ」のドローイングなどオリジナル作品は、パリの会場に顧客も入れたイブニングセールとして開催され、比較的廉価な作品類は、翌日、ネットオークション形式で開かれました。
初日のオークションが、全点落札、予想価格の数倍に跳ね上がった作品も多かったことから、ネット入札のみの二晩目も、最初の作品から予想価格をドンドンと超えていきました。ちなみに、一点目は赤瀬川原平の1989年のオブジェ、二点目は安藤忠雄の2010年のドローイングと、日本人作家の作品からスタートしたのは、オークションが作家名のアルファベット順だったため・・・単なる偶然でした。ちなみに、両作品共に作家からクリストとジャンヌ=クロードへのプレゼントでした。
アルファベット順なので、頭文字がAのアルマンは、5点目から8点目の計4点、件の「缶」は7番目でした。自分としては目一杯の数字を事前に入力してあったので、対抗者の入札が入るに従って、モニター上の数字が上がっていく・・・かなりヒヤヒヤしましたが、予想価格の上限辺りで数字も止まり、晴れて落札できました。
落札手数料を入れても、割安な価格で落札できたのですが、それは、缶が開けられてしまっていたためかもしれません・・・クリスト、あるいは、ジャンヌ=クロードが開けたという事実に、「特別」さを見出したのは僕一人だったのかなと・・・ちょっと寂しくも感じましたが・・・このオブジェを僕に持っていてもらいたいという、クリストとジャンヌ=クロードが思ってくれたのかも・・・と考えたりもしています。
(やなぎ まさひこ)
■柳正彦 Masahiko YANAGI
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
2016年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。
●柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」は毎月20日の更新です。
●塩見允枝子のエッセイ「フルクサスの回想」第4回を掲載しました。合わせて連載記念の特別頒布会を開催しています。
塩見允枝子先生には11月から2021年4月までの6回にわたりエッセイをご執筆いただきます。2月28日には第4回目の特別頒布会を開催しました。お気軽にお問い合わせください。●名古屋市美術館で『「写真の都」物語─ 名古屋写真運動史: 1911-1972』展が3月28日(日)まで開催されています。
●宮崎県立美術館で「コレクション展第4期 瑛九抄」が 4月 6日(火)まで開催され、瑛九の油彩、フォトデッサン、版画など30点近くが展示されています(出品リスト)。
●東京・アーティゾン美術館で「Steps Ahead: Recent Acquisitions 新収蔵作品展示」展が5月9日[日]まで開催され、オノサト・トシノブ、瀧口修造、元永定正、倉俣史朗など現代美術の秀作が多数展示されています。
●東京・天王洲アイルの寺田倉庫 WHAT で「謳う建築」展が5月30日(日)まで開催され、佐藤研吾が出品しています。
●ときの忘れものが青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転して3年が経ちました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
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