市川絢菜「戦後現代美術の動向/デモクラート、フルクサス、実験工房、もの派」第2回

『フルクサス』

フルクサスは、リトアニア生まれのデザイナーであるジョージ・マチューナスが、世界各地で展開される、既存の表現方法にとらわれないアヴァンギャルドな表現をまとめようとしたことがきっかけとなり、友人知人のネットワークからスタートした作家の集まりです。その活動が始まった1960年代はアメリカやヨーロッパを中心に豊かさが広がり、消費社会へと発展していく時代にありました。「誰でもアーティストになれ、何でもアーティストになり得る」という考えや、「日常の中に“芸術”を見出す」という精神は当時のハイ・アート、ファイン・アートとは対立する姿勢でした。マチューナスはフルクサスにおけるマニフェストを作成しましたが、作家たちはそこにサインをしようとはしませんでした。その結果、グループとしての規約は特に設けられませんでしたが、その背景には線引きを厳密しないことによってグループの分裂を避けるという狙いもあったそうです。フルクサスの活動は1962年ヴィースバーデンで行われたコンサート『フルクサス・フェスティバル』からはじまり、その後多くの作家を巻き込むようになります。

音楽家であるジョン・ケージがフルクサスに与えた影響は大きく、一柳慧はじめ、ジョン・ケージがニュー・スクールにて教えていた生徒の多くがフルクサスと関わっています。ジョン・ケージの最も有名な楽曲《4分33秒》のスコアには、演奏しないという意味の「タチェット」のみが書かれています。この楽曲はフルクサスのコンサートでも演奏されました。
日本からは、オノ・ヨーコ、塩見允枝子久保田成子斎藤陽子の4人の女性が参加したことも印象的です。塩見允枝子の著書『フルクサスとは何か』は、当時の様子が作家目線で詳細に記録されている貴重な文献です。1965年には日本でフルクサスを紹介する『フルックス週間』が開催されました。そこにはかつて実験工房のメンバーであった秋山邦治や山口勝弘らも参加しています。また、フルクサスとのかかわりが深い久保田成子やナム・ジュン・パイク、オノ・ヨーコらはハイレッド・センターのメンバーである高松次郎赤瀬川原平、中西夏之をフルクサスのメンバーに紹介しており、フルクサスは1966年にはハイレッド・センターの《首都圏清掃整理促進運動》を《Fluxfest Presents Hi Red Center Street Cleaning Event》というイヴェント名でニューヨークにて再演しています。必ずしもアーティスト本人が作品を完成させる必要がないという、オノ・ヨーコの作品における“ライセンス”の考えはフルクサス作品の在り方に大きな影響を与えました。

活動内容は、音楽、詩、美術、映画、演劇など数々のメディアを横断するもので、マチューナスを中心に、イヴェントの開催やマルチプルの制作、フルクサス新聞の発行など、人種や国境を越えて広く世界で展開されました。《フルクサス1》《フルクサス・イヤー・ボックス》《フルックスキット》など、フルクサスのアーティストの作品をボックスにまとめて、エディションを作り出版するなど、フルクサス独自の形で作品を世に送り出したのも大きな特徴です。

1978年、リーダーのマチューナスが亡くなった後も、フルクサスに関する展覧会が各地で開催されるなど、その活動や作品は現在でも注目されています。

フルクサス関連作家:秋山邦晴、ディートリヒ・アルブレヒト、エリック・アンダーセン、靉嘔 ヨーゼフ・ボイス、ジョージ・ブレクト、ジョン・ケージ、ヘニング・クリスチャンセン、フィリップ・コーナー、マース・カニングハム、ウィレム・デ・リダー、フランソワ・デュフレーヌ、ロベール・フィリウー、アルバート・ファイン、イアン・ハミルトン・フィンレイ、ヘンリー・フリント、ケン・フリードマン、アル・ハンセン、ビチ・ヘンドリックス、ジェフリー・ヘンドリックス、ディック・ビギンズ、ハイレッド・センター、アリス・ハッチンス、一柳慧、和泉達、レイ・ジョンソン、ジョー・ジョーンズ、アラン・カプロー、ペア・カーカビィ、ベングト・オヴ・クリントベルグ、ミラン・クニザク、アリソン・ノウルズ、アーサー・クプケ、小杉武久、久保田成子、フレドリック・リーバーマン、ジェルジ・リゲティ、ジョージ・マチューナス、ジャクソン・マクロウ、ジョナス・メカス、ラリー・ミラー、ピーター・ムーア、シャーロット・モーマン、クレス・オルデンバーグ、オノ・ヨーコ、ロビン・ペイジ、ナム=ジュン・パイク、ベン・パターソン、ジェイムズ・リドル、テリー・ライリー、ディーター・ロート、ジェローム・ローゼンバーグ、斉藤陽子、トマス・シュミット、サラ・シーガル、ポール・シャリッツ、塩見允枝子、ダニエル・スポエリ、刀根康尚、ローラン・トポール、ベン・ヴォーテイエ、ヴォルフ・フォステル、ワダ・ヨシマサ、ロバート・ワッツ、エメット・ウィリアムス、ラ・モンテ・ヤング

フルクサス写真①
フルクサス写真①ジョージ・マチューナス、ディック・ビギンズ、ヴォルフ・フォステル、ベンジャミン・パタソン、エメット・ウィリアムス《フィリップ・コーナー作ピアノ活動のパフォーマンス》現代音楽のフルクサス・インターナショナルにて ウィースバーデン 1962年(写真撮影 Hartmut Rekort)
(「フルクサス」)

フルクサス写真②
フルクサス写真②ジョージ・マチューナス《40 Monograms Designed by George Maciunas》制作年不明 12.0×10.0×1.4 ReFlux Editions 長澤章生氏蔵
(「開館5周年記念 フルクサス展―芸術から日常へ」)

フルクサス写真③
フルクサス写真③フルクサス1
(「フルクサス」)


フルクサス写真④
129ea70a塩見允枝子 SHIOMI Mieko
《グラッパ・フルクサス》
1995 ミクスドメディア Ed.4
左)《A Musical Embryo 音楽的な胎児》
瓶高:28cm
右)《Twelve Embryos of Music 12の音楽の胎児》
瓶高:30.5cm


参考文献
「開館5周年記念 フルクサス展―芸術から日常へ」うらわ美術館 2004年
「フルクサス」トーマス・ケライン, ジョン・ヘンドリックス編/ワタリウム美術館訳 クレオ 1994年
20211002170337_00001
塩見允枝子のエッセイ「フルクサスの回想」第4回 ときの忘れものHP
塩見允枝子「フルクサスとは何か?-日常とアートを結び付けた人々」株式会社フィルムアート社 2005年
「Yes Yoko Ono/「Yes オノ・ヨーコ」展」 朝日新聞社 2003年
いちかわ あやな

■市川絢菜 ICHIKAWA AYANA
1992年 香川生まれ
2015年 筑波大学 芸術専門学群 特別カリキュラム版画 卒業
2017年 筑波大学大学院 人間総合科学研究科 芸術専攻 修了
現在 筑波大学 芸術系 特任研究員

主な個展
2021年 『GROSSY objet』River Coffee & Gallery
2020年 『ICHIKAWAAYANA : LIKENESS』筑波大学 大学会館 アートスペース/our place LABORATORY

・市川絢菜「戦後現代美術の動向/デモクラート、フルクサス、実験工房、もの派」は9月より4回にわたり連載します。
2021年9月24日戦後現代美術の動向 第1回『デモクラート』
2021年10月30日戦後現代美術の動向 第2回『フルクサス』
2022年1月12日戦後現代美術の動向 第3回『実験工房』
2022年3月4日戦後現代美術の動向 第4回『もの派』

●この秋はじまる新連載はじめ執筆者の皆さんを9月4日のブログでご紹介しました

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WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
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