「ときの忘れもの」さんからもオークションの案内が。
ときの忘れものは、磯崎新、安藤忠雄、石山修武の取り扱いもあって、建築界とのつながりが深いギャラリー。
入っている建物は阿部勤さん設計。
今回、出品されるのは建築塾 平良塾長ともゆかりの深い編集者、評論家、植田実さんの旧蔵品とのこと。
目玉は草間彌生と横尾忠則のタブローでしょーか。
最低落札価格数万円のものから、いろいろ出ているので興味ある方、参戦してみては?
http://www.tokinowasuremono.com/tenrankag/izen/tk2111/335.html

(20211203/渡邊 隆史さんのfacebookより)>

「Uコレクション展」
会期=2021年11月26日[金]―12月11日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝休
0328

建築界で長年活躍されているU氏は、編集者としての仕事や建築批評のほかに、美術についてのエッセイや展覧会レビューも手がけ、またその共感を示すコレクターでもありました。
このたびそのコレクションから21作家の24点を選び、52頁に及ぶカタログで、U氏と草間彌生さんとの対談(1983年)や今までの評論の再録と併せて、新たにそれぞれの作家について綴った覚え書きを収録しています。

●出品21作家・全24点ついてブログで詳しく掲載します。
11月24日/前川千帆、谷中安規、吉田政次
11月26日/ダリ、リキテンスタイン、ウォーホル
11月27日/一原有徳、木原康行、森ヒロコ
11月28日/草間彌生
11月29日/横尾忠則、倉俣史朗、ティニ・ミウラ
12月2日/磯崎新、宮脇愛子、関根伸夫
12月4日/海老原喜之助、アルビン・ブルノフスキ、
12月6日/若林奮、井上直久、山本容子

本日は、海老原喜之助、アルビン・ブルノフスキについてU氏の覚書「あ 思い出した」、「ブルノフスキにおける回路 」アルビン・ブルノフスキ展図録 (森ヒロコ・スタシス美術館)からご紹介します。

No.4 海老原喜之助 《記念碑的像》
4_海老原喜之助No.4
海老原喜之助
《記念碑的像》
1956
リトグラフ
51.7×37.6cm/63.5×45.0cm
Ed.50
サインあり

 描く悦びをどんどん感染させてゆく。この画家の特性である。どの時代の作品を見てもそっくり真似したくなる。1 9 5 0 年代の《かぜ》や《本を焼く人》など、デッサンにささっと着色したようなシリーズはとくに。あるいは同時代の《殉教者》や《友よさらば》などの油彩。
 初めて渡欧したときだろうか、パリの床屋を覗いたら顔を当たってもらってる客が鏡に映っている。その折れ曲がった鏡像を描いただけで、オレはここにいるぞと言っている。(2021)
U「あ 思い出した」『Uコレクション展関連ファイル』(2021年、ときの忘れもの発行)より
海老原喜之助(1904-1970)
鹿児島生まれ。大正末期から昭和にかけてフランスと日本で活躍。「エビハラ・ブルー」と呼ばれた鮮やかな青の色彩を多用し、馬をモチーフにした作品を数多く制作した。1970年パリで客死。鹿児島市立美術館、児玉美術館、熊本県立美術館など各地の美術館に多数作品が収蔵されている。生涯にわたり藤田嗣治を師と仰いだ。

No.16 アルビン・ブルノフスキ 《デジャ・ヴュ(一度見たことがある)》
16_アルビン・ブルノウスキーNo.16
アルビン・ブルノフスキ
《デジャ・ヴュ(一度見たことがある)》
1993
エッチング、メゾチント
10.2×12.7cm/18.0×19.0cm
サインあり

 アルビン・ブルノフスキの図像は、何よりもその明快さで見るものを驚かせ、魅きつける。その明快さとは20世紀の絵画がむしろ避けてきたモチーフに由来している。かつては宮廷画家が受注して描いた肖像画、現代では写真館の技師が箱形カメラで撮影する結婚式の記念写真に近い作品に、まず驚かされる。現代の画家が同じモチーフを扱うとしたら、描く対象に痛烈な皮肉や批判を込めることになるだろう。しかしブルノフスキの絵にしばしば登場する男女のカップルは、結婚式の衣装をまとっていようが素裸であろうが、文句なく楽しげな眼差しをこちらに注いでいる。
 その眼差しは真夏の陽のように熱く、多産的だ。幸福な二人の周りには木々が威勢よく生い茂りはじめ、友人たちや得体の知れない小動物や翼を持った魔物たちが続々と増え続ける。自分たちもみるみるうちに原始状態に戻っていく。ついには、お伽話のなかの情景に重なる。
 ブルノフスキの1枚1枚の絵を、私はいつまでも見続けることになる。図像の明快さに目が離せない。画面に目を近づけずにはおれない。城を乗せた岩山、無数の気根をたらした球形の森、古い帆船団が宙に浮いている。その細部に目を凝らせば、たわわな果実の重い房、花や果実に見紛う眼玉や卵がぎっしりと隠されている。大海の荒れ狂う波涛が木に絡む蔦や空の雲と溶けあっている。森の梢から空に飛び散る花粉や胞子は、よくよく見ると空中浮遊を楽しむ人間たちだ。
 日頃よく馴染んでいる肖像画である。同時に、そのまわりでは動物や鳥類や森や空や海や、町や城や人間たちが次々に孵化している。画家自身がタイトルにつけているように、それは「途方もない夢の賛歌」である。その夢は目覚めを待って漂白される気配がない。人間の個体が滅びても、古い過去から受け継がれ、先へと生き継いでいく夢。その夢のエネルギーである、全体から細部に及ぶ動感が、ブルノフスキのすべての絵に通じる心臓から毛細血管に及ぶ働きである。
 夢の出自はうまく説明できない。彼がブラチスラバに生まれ育ったことや、その画題のなかの《スロヴァキアのお伽話》《メルヘン》といったものから推測すれば、うかがい知れない場所から作品がひき出されてきている。スロヴァキアの民話を繙くなら、ナイフで半分に切ったレモンから美しい乙女が飛び出し、ハシバミの棒を地面に突き刺すやいなや森が轟々と鳴り、連れていた牝馬が一瞬にして人間の女に戻る。窓の外に放り出された銀の小枝から銀の城、金の小枝から金の城が芽を出して建ち上げられる。この孵化過程が彼の絵に反映されている。オルフォイスの神話からアルチュール・ランボーの《酔いどれ船》までも、画家の夢の回路に引き込まれ、増幅する。
 シュルレアリストたちの表現手法に還元できるかも知れない。エルンストの岩と森、カンジンスキーやマグリットの浮遊体、ダリの蜃気楼化した動物と城、セラフィーヌ・ルイの葉叢、ブラウネルの人体要素の再構成、等々。だがその現れ方は対極的であり、個人的な密室の抑圧の蓋を取り払った底には、同じ超現実の夢が誰にも共有できる奇妙な楽園のような風情で、毛深く密生している。
 ブルノフスキのディテールの稠密さは物質の写実よりも、集合体の過剰な生態描写にたよっている。木や果物や野菜の堆積、人間や魔物や動物や鳥類のひしめきに特徴づけられるのは、むしろ、アルブレヒト・アルトドルファー 、ヒエロニムス・ボス、ピーター・ブリューゲルなど、主に北方ルネサンス期の伝統にまで遡れる。《アルチンボルト讃》や《死の勝利》の直截な作品タイトルからも、彼がこうした遡行にきわめて意識的であることが感じられる。だが統一的な画面に向かうことはない。異なる風景が出会い、ひとつの物語が脈絡を欠いたかのように引き裂かれて幾つかの物語を産む。こうした出会いや分岐の意図が、それぞれ異質なモチーフの負荷を量ることにあるのは当然だろう。例えば〈帽子の女〉シリーズの魅力は、伝統的な肖像画の帽子の部分に、途方もない地理や歴史、海や森の夢が嵌め込まれているおもしろさにあるだけではなく、夢の放つ厖大なエネルギーを、静かに微笑む女性たちがいかに健気に受けとめているか、張りつめた表情の描写にかかっている。
 画面全体を支配する怒涛と風圧、だまし絵的な効果と博物学的な展開、カタストロフと楽園の共存、野放図なユーモアと素朴な抒情を、考えられる限り古い昔まで遡る過程で、ブルノフスキの絵画は確実に取り戻し、再び息づかせる。現代の衣装を身につけた若い男女の肖像からは、蛇に誘惑される以前のアダムとイブの姿が透き出され、一方、素裸のアダムとイブは現代都市生活の一瞬を楽しむほどに生き長らえている。海や大地や森、いや星までも創り出す爆発的な力が、同時にソドムとゴモラの町を終わらせる大洪水を引き起こす。現実が神話に穿たれて世界の始まりを誘い出し、終末へと連動するエネルギーがそこにある。それは地方主義的幻想ではなく、あたかもヨーロッパ全域におけるイマジネーションの伏流が本来の動力として現れてきたアート・シーンとも思えるのだ。
 現状況におけるスロヴァキア人としてのブルノフスキの内的トポロジーが語られているようにもみえる。構図から見れば、彼の絵には帰るべき場所がつねに描き込まれている。それは限りなく遠い、すなわち中心の静止点である。《スロヴァキアのお伽話》では、魔法の森と城の周りを白い馬に乗った男女が疾風の如く走っている。森はざわめき、火の粉のように降り注ぐ子鬼たちの背景に聳える城の尖塔群も炎さながらに燃え立っている。《ソドムとゴモラ》でもすべてを壊滅するべく激流が垂直に流れ込んでくる。だが画面の中心に、エアポケットのなかにあるかのような橋と後ろ向きの女性の姿がある。カタストロフと無関係な静かな場所が確保されているのだが、橋へ至る道は大きく迂回し、激流の先をまわりこんだところにしか通っていない。隠されたその場所に帰り着こうとする時、急ぐ道は当てもなく螺旋状に中心の消失点に向かう。帰港を目指して大海を漂う舟も目的地は定かでない。《迷宮の世界と心の楽園》におけるように、舟が進む海そのものが虚空を漂う舟なのだ。
 しかし一方、その場所が逆にこちらに向いているとき、その光と声は紛れもなく一直線にとどいている。空を行く奇妙な森や瀧、眼玉や鳥の巣の編隊、アドバルーンのようにいくつもいくつも空に揚げられた《途方もない夢の賛歌》の大混乱にも動じず、平然とこちらを見つめている男や女たちの微笑が、直かに伝わってくる。この入り組んだ回路は、スロヴァキアに負わされてきた政治的社会的歴史と、不変の場所―概念としての故郷との関係を表わしている。そう理解できる。
 これまでに見たブルノフスキの作品は、1970年後半から80年末期に至るものである。最初期、1960年代初頭から半ばまでの作品には、音楽家たちやチェスをする人々などを描いた、アイロニーと諷刺を感じさせる具象的な群像が見られる。とりわけ彼らの衣服のやや過剰に描き込まれた皺が全体の主調となっている点が異常とも思えるが、その皺がやがて人物の皮膚―胸や上腕部、果ては前頭部に転移していく。クレーの1904、5年の銅版画シリーズのグロテスクな精緻を一瞬想起させるテクスチャはたちまちそれ自体が自立し、そのコラージュでポートレートをつくりあげようとする。《アルチンボルトの肖像》は、彼が触発されたものへと向かう様相を端的に表しているが、そのテクスチャの集積は、人物画を構成するだけでは満ち足らぬかのように流れ出し、泥地とも鉱脈とも植生とも廃棄物の山ともつかない抽象的な《庭》を造成しはじめる。そのテクスチャとは、表皮ではなく物質の切断面、あるいは地層に潜む何者かの顔立ちであったにちがいない。1970年代に入るや彼が熱中することになる、木の板片に油彩を施したミニアチュールのシリーズは、木目の気ままな流れに同調しながら、再び人間や動植物や建築の考古学的発掘に手をつける。エルンストのフロッタージュにも似た発見的なイメージの錬金術であるが、この地層のなかから次第に顔をのぞかせてきた姿にはもはや20世紀的なデフォルマシオンはうかがえない。16、17世紀に遡るような恐るべき描写―人間生活の地上性と、動物や森や海の神話性と同時に描く、克明で精気あふれるイメージが重力と浮力とを伴いつつ発芽し結晶作用を起こし、飛散しはじめる。
 《庭》のテクスチャの密度を減ずることなく、むしろ強化しつつ、具象的な事物の集積に置き換える作業が、先に述べたもっとも充実した時期の作品を作り出している。驚くのは、板片に油彩のミニアチュールと銅版画が時期を分かたず、つねに鏡像のように平行して制作されている。このような画家を他に知らない。その古めかしくも未来的な作業によって、「途方もない夢」は、夢のままに画家の時代と場所を生々しく語りはじめている。
 ブルノフスキは、わが国でいえば寺山修司や大江健三郎と同い年である。彼らもまた帰るべき場所を都市と村が重なる異常なお伽話、とりわけ親族について虚実の遠近法のなかに物語りながら、彼らの時代状況を迷路的に体現して見せた。こんなところで辻つま合わせをするのは気が引けるが、ブルノフスキの、眩暈と恍惚と安息に満ちた、破天荒な場所に近づくには、身近なところに意外な抜け道があるような気もする。このブラチスラバの画家に親しみを覚える所以である。
植田実「ブルノフスキにおける回路 」アルビン・ブルノフスキ展図録 (森ヒロコ・スタシス美術館)1995 年
■アルビン・ブルノフスキ(1935-1997)
スロヴァキア共和国ザホリ生まれ。ブラチスラヴァ美術工芸学校、ブラチスラヴァ美術大学、同校研究生。1967年同校書籍挿絵学科の責任者となり、1981年教授に指名される。1980年功労芸術家の称号、1985年国民芸術家の称号を得る。版画作家として東欧圏を中心に知られ、多くの国際版画展に参加。イラストレーション、絵本原画、書票、紙幣デザインを手がけ高い評価を得る。1995年伊丹市立美術館をはじめ、岡山市、小樽市で長谷川洋行企画による大規模な個展開催。
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Ucollection_ DM


カタログ表紙展覧会カタログ『Uコレクション関連ファイル』
2021年11月26日発行
ときの忘れもの刊
B5変形サイズ、52頁、価格880円(税込み)

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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

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●<瑛九展 いよいよ明後日5日まで
みわたすかぎり、瑛九
宮崎県立美術館正面のドでかい看板?にそう記されているのに今日はじめて気づきました。
むしろ瑛九の最期の作品「つばさ」の無数の点々が、色彩が体内の細胞のようにも思えて苦手だった私。
図書館の事業絡みで美術館の学芸の方から瑛九の誰もがあこがれるだろう自由さや弱さ、飽くなき探求心、多くの人を虜にした真から平等な人間性について伺いながら、そして資料を読みながら、展示作品群を何度も見ているとついに中毒症状が出つつありました。
そして会期前は絶対理解できなかったこの
 みわたすかぎり、瑛九
の多幸感
図書館の瑛九企画展とともに5日までです。

(20211203/清家 智子さんのfacebookより)>

宮崎県立美術館で開催中の「生誕110年記念 瑛九ーQ Ei 表現のつばさ明日が最終日です。お近くの方はもちろん、遠方の方もぜひお見逃しなく。
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会期=2021年10月23日~12月5日
瑛九
毎月17日のブログで、担当学芸員の小林美紀さんのエッセイ「宮崎の瑛九」連載中
11月6日のブログで尾立麗子による内覧会のレポートを掲載しました。
他のスタッフたちの観覧記も近日中に掲載予定です。

●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会Web展)を開催し、美術書の編集事務所としても活動しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
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