新連載・平嶋彰彦の「私の駒込名所図会」総集編 その1

今回から5回に分けて、平嶋彰彦の「私の駒込名所図会」総集編を掲載いたします。駒込は「ときの忘れもの」がある<私たちの町>です。その魅力を平嶋の撮りおろした写真と文章で紹介するとともに、散策に便宜をはかり、案内地図(国土地理院のマップ使用)を用意しました。皆さまも「ときの忘れもの」にご来館されるさいには、ぜひとも足をのばし、駒込の街歩きを楽しんでみることをお薦めいたします。

(地下鉄南北線東大前駅)→ ①本郷追分 → ②円乗寺 → ③大円寺 → ④天栄寺(駒込土物店跡) → ⑤南国寺(目赤不動) → ⑥吉祥寺 → 次回に続く

地図2

①本郷追分
文京区向丘1-1-17
hongo(本郷追分)本郷追分。直進(右)が本郷通り。左折すると中山道。2021.11.11

本郷通りは、神田橋(千代田区)から飛鳥山交差点(北区)に至る約8キロの道路。湯島聖堂前(文京区)から先は、江戸時代の日光御成街道にあたる。日光御成道は徳川将軍が日光を参詣するための専用道路で、岩槻街道とも呼ばれた。本郷追分は中山道との分岐点で、日本橋から一里の距離にあり、最初の一里塚が設けられた。この一里塚は、1766(明和3)年の火事で焼失した。そのあと建てられた庚申塔と塞大神碑も、道路拡張のため、前者は大円寺に(連載その11(前編)ph6参照)、後者は根津神社(連載その18(前編)ph6)に移されて、現在はなにも残されていない。

②円乗寺
文京区白山1-34-6
50e91d58-s八百屋お七の墓。右の石塔は歌舞伎の岩井半四郎の建立。2018.05.23

円乗寺は、『近世江都著聞集 八百屋お七伝』、『古今名婦伝 八百屋お七』によると、天和の大火(1682年12月)のとき、お七一家が避難した寺院とされる。境内に八百屋お七の墓と称される3基の石塔が建てられている。境内説明板(文京区教育委員会)によると、中央の首のない仏像型の石塔は、寺の住職がお七の供養のため建てたもの、向かって右側は寛政年間(1789~1801)に、歌舞伎の岩井半四郎がお七を演じ好評だったので建てたもの、左側は近辺の有志の人たちが270回忌の供養で建立したもの、ということである。円乗寺は天台宗に属し、もと蜜蔵寺と称して本郷にあったが、明暦の大火(1657)のあと、現在地に移転したという。

③大円寺
文京区向丘1-11-3
f018cc89-sほうろく地蔵。八百屋お七の菩提を弔うため建立されたという。2018.11.30

曹洞宗の寺院。山門を入ったすぐ脇に、ほうろく地蔵を祀っている。この地蔵は、熱した焙烙を頭にかぶっているが、これはお七に代わって焦熱の苦しみを受ける姿で、寺伝によれば、放火の大罪を犯し、火あぶりになった八百屋お七を供養するために建立されたという。『天和笑委集』(作者不明、貞享年間・1684~88年成立)は、1682(天和2)年11月から翌年2月にかけて、江戸で頻発した大火の見聞記であるが、そのなかで八百屋お七の事件の発端となった1682年12月の大火は、この大円寺が出火元であったと書かれている。ほうろく地蔵の傍らには本郷追分の一里塚から移された庚申塔が建つ。これは1766(明和3)年に一里塚が焼失した後、建立されたものだという。

④天栄寺(駒込土物店跡)
文京区本駒込1-6-16
0a937629-s駒込土物店跡の記念碑。天栄寺門前。2018.05.23

門前に「史蹟文化財 駒込土物店跡」の石碑が建つ。駒込土物店は青物市場のこと。東京卸売市場豊島市場の前身。1937(昭和12)年、本駒込から現在地(豊島区巣鴨5-1-5)に移転した。かつてこの場所に、さいかちの大木があり、近隣の農民たちが野菜を担いで江戸に向かう途中、その下で一休みした。やがて付近の人たちがそこで野菜を買い求めるようになった。それが青物市場の始まりとのこと。1660(万治3)年、そこに天栄寺(浄土宗)が本郷菊坂から移転してきた。本郷通りを隔てた東側は駒込浅嘉町と同高林寺門前であるが、そこにも土物店ができたことから、街道の両側一帯を駒込土物店と総称するようになったという。

⑤南国寺(目赤不動)
文京区本駒込1-20-20
8f1f6de3-s目赤不動。江戸五色不動の1つ。境内地蔵堂に祀られる。2018.05.23

南国寺は天台宗の寺院。境内の不動堂に江戸五色不動のひとつ、目赤不動を祀る。もとは動坂に草庵をかまえ、赤目不動と称した。寛永(1624~44年)のころ、将軍家光が鷹狩のさいに立ち寄ることがあり、現在地を拝領するとともに、目黒・目白不動にたいして目赤不動と呼ぶべしとの台命があったという。江戸五色不動とは、目黒不動 (瀧泉寺・目黒区下目黒)、目白不動 (金乗院・豊島区高田)、目赤不動 (南谷寺・文京区本駒込)、目青不動 (教学院・世田谷区太子堂)、目黄不動 (永久寺・台東区三ノ輪または最勝寺・江戸川区平井)のこと。

⑥吉祥寺
文京区本駒込3-19-17
b965f036お七吉三郎比翼塚。2018.05.23

井原西鶴の『好色五人女』「恋草からけし八百屋物語」は、1686(貞享3)年の成立。この作品では、1682(天和2)年12月28日の大火のとき、焼け出されたお七一家は吉祥寺に避難したとされている。境内には1966(昭和41)年に建立されたお七吉三郎比翼塚がある。吉祥寺は曹洞宗の名刹で、はじめは現在の和田倉門内にあったが、1590(天正18)年、徳川家康が江戸城に入ると神田に移転、さらに明暦の大火(1657年)のあと、駒込の現在地に移転した。栴檀林と呼ばれた学寮は、現在の駒沢大学の前身で、約1000名余りの学僧が学んでいたという。

⟹ 平嶋彰彦のエッセイ 「東京ラビリンス」のあとさき その11 「私の駒込名所図絵(2)八百屋お七と駒込土物店」(前編後編)をご覧ください。


●主な参考文献
『天和笑委集』(作者不詳、貞享年間(1684~88)成立、『新燕石十種 第五』所収・国書刊行会・1912~13)/『好色五人女』(井原西鶴、1686・貞享3年成立、岩波文庫、2018)/『八百屋お七恋緋桜』(紀海音、1715~16・正徳5~享保元年ごろ成立、武藏屋叢書閣、1892)/『近世江都著聞集』(馬場文耕、1757・宝暦7年成立、『燕石十種 第二』収拾、国書刊行会、1907~08)/『古今名婦伝』(柳亭種彦、1866・慶応2年成立、国会図書館デジタルコレクション)/『日本歴史地名体系13 東京都の地名』/『御当代記』(戸田茂睡、塚本学校注、東洋文庫、1998)/『御府内備考』「巻三十八、駒込三」/『長谷川平蔵 その生涯と人足寄場』「補遺 江戸町奉行と火付盗賊改」(瀧川政次郎、中公文庫、1994)/『徳川制度 下』「鷹の記」、岩波文庫、2015)/『東京中央卸売市場 豊島市場』HP/『江戸切絵図』「東都駒込辺絵図」(尾張屋版、1854・嘉永7年、国会図書館デジタルコレクション)〔江戸切絵図〕. 駒込絵図 - 国立国会図書館デジタルコレクション/『江戸切絵図』「小石川谷中本郷絵図」(尾張屋版、1853・嘉永6年、国会図書館デジタルコレクション)〔江戸切絵図〕. 本郷湯島絵図 - 国立国会図書館デジタルコレクション (ndl.go.jp)
ひらしま あきひこ

平嶋彰彦のエッセイ 「東京ラビリンス」のあとさき は毎月14日に更新します。今回からはじまった平嶋彰彦の「私の駒込名所図会」総集編は毎月27日に掲載します。

平嶋彰彦 HIRASHIMA Akihiko
1946年、千葉県館山市に生まれる。1965年、早稲田大学政治経済学部入学、写真部に所属。1969年、毎日新聞社入社、西部本社写真課に配属となる。1974年、東京本社出版写真部に転属し、主に『毎日グラフ』『サンデー毎日』『エコノミスト』など週刊誌の写真取材を担当。1986年、『昭和二十年東京地図』(文・西井一夫、写真・平嶋彰彦、筑摩書房)、翌1987年、『続・昭和二十年東京地図』刊行。1988年、右2書の掲載写真により世田谷美術館にて「平嶋彰彦写真展たたずむ町」。(作品は同美術館の所蔵となり、その後「ウナセラ・ディ・トーキョー」展(2005)および「東京スケイプinto the City」展(2018)に作者の一人として出品される)。1996年、出版制作部に転属。1999年、ビジュアル編集室に転属。2003年、『町の履歴書 神田を歩く』(文・森まゆみ、写真・平嶋彰彦、毎日新聞社)刊行。編集を担当した著書に『宮本常一 写真・日記集成』(宮本常一、上下巻別巻1、2005)。同書の制作行為に対して「第17回写真の会賞」(2005)。そのほかに、『パレスサイドビル物語』(毎日ビルディング編、2006)、『グレートジャーニー全記録』(上下巻、関野吉晴、2006)、『1960年代の東京 路面電車が走る水の都の記憶』(池田信、2008)、『宮本常一が撮った昭和の情景』(宮本常一、上下巻、2009)がある。2009年、毎日新聞社を退社。それ以降に編集した著書として『宮本常一日記 青春篇』(田村善次郎編、2012)、『桑原甲子雄写真集 私的昭和史』(上下巻、2013)。2011年、早稲田大学写真部時代の知人たちと「街歩きの会」をつくり、月一回のペースで都内各地をめぐり写真を撮り続ける。2020年6月現在で100回を数える。
2020年11月ときの忘れもので「平嶋彰彦写真展 — 東京ラビリンス」を開催。

●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています。WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。