リレーエッセイ「伊藤公象の世界」
第9回 堀江ゆうこ「BLUE PEARLの襞」との旅 ②
前回エッセイで書いたように2014年から伊藤先生の作品をインスタレーション撮影をするようになった流れで先生の展示、イベントの全てを記録撮影もするのはもちろん、時には設営のお手伝いまでさせて頂ける機会に恵まれた。
先生のインスタレーションはスケールが大きいだけでなく、作品の繊細さと複雑さもあって美術館での設営は何泊も必要で、私も伊藤家の皆さんと一緒に作業できたことが今振り返ると貴重な体験となっている。
中でも先生の作家として「表現する」ことへの姿勢、厳しさ、などを同じ場所にいることで学ばせてもらっていた印象的な場面を書きたい。
2014年の群馬県立近代美術館『開館40周年記念展 第2部 1974年─戦後日本美術の転換点』でも3日かけての設営。
収蔵されていた先生の40年前の作品が運び出され、広々としたエントランスに設営のため学芸員、設営スタッフの方々が揃い、なにしろ約5メートル四方の大作なので早々に設営作業が始まった。難航しながらも徐々に作品が姿を見せ始めた2日目、写真で分かるように薄くて繊細な素焼きを積み重ねて行きながらトンネルを通す、という工程がどうにも進まずストップしてしまった。何度やっても途中で素焼きの壁が崩れてしまう・・
美術館側では想定していたようで、初めから木枠のトンネルを用意してくださっていた。この木枠を置いた上に素焼きを重ねて、全体が落ち着いたところで引き抜けばトンネルが出来るというシンプルで安全な方法に思えた。
ところが先生が作品構成の説明をし始めると美術館の皆さんの首が傾きはじめ・・先生は
「木枠を使ってしまったら作品のコンセプトからずれてしまう。このトンネルは手で積まないと意味が無いんです。」とハッキリと伝えた。
どんどん時間が経つ中で、学芸員の方たちはもちろん伊藤家の方も「せっかく木枠を作って準備してくれているのだから使いましょう」と先生と何度もお話しをされた。
広いはずのエントランスだが緊張感で狭く感じ、空気が停滞し、それぞれが顔を見合わせ・・
長いのか短いのか判らない時間だけが着実に過ぎていく。


それでも先生は作家として作品のコンセプトを守りきった。
「手作業でトンネルを作ります。崩れた部分をやり直しましょう」
こう言いきり、動じなかった。この会話の中で先生の意思が揺らいだり迷うような気配は全く感じられなかった。
先生の意志を尊重された学芸員の皆さんは不安そうな面持ちながらも「それならもう頑張りましょう!」と動き始め・・冷房の効いた館内とはいえガラス張りのエントランスは9月上旬残暑の陽射しで蒸し暑く、全員汗を拭きながらの作業となった。
素焼き作品が崩れては直しを何度か繰り返した後、インスタレーションは完成した。
完成と同時に作業していた全員の表情が、安堵と「先生の言う通り手作業で本当に良かった、木枠を使わないとはこういう事だったのか」と身体と通して作品のコンセプトを理解できた喜びで明るくなっていたように感じた。
この設営で先生が強く意志を貫く現場に居られたのは本当に替えがたい経験になった。
私も表現をする者としてあの様に作品に忠実でいられるだろうか? 7年前の事だが度々思い返している大切な教えとなっている。


FusionPhotographer 堀江ゆうこ
(ほりえ ゆうこ)
■堀江ゆうこ ほりえゆうこ
2013年 造形作家・伊藤公象の作品を野外に設置しインスタレーション作品としての撮影を開始。
2015年~毎年、各地で個展開催。
2020年 4月初の写真集「Still Life」発売、銀座ギャラリー枝香庵にて発売記念の個展開催。
・伊藤公象、小泉晋弥、堀江ゆうこの三人によるリレーエッセイ「伊藤公象の世界」は、2022年9月までの一年間、毎月8日に掲載します。
『ITO KOSHO 伊藤公象作品集』予約受付中
刊行:2022年6月
著者:伊藤公象
監修:小泉晋弥
監修助手:田中美菜希(ARTS ISOZAKI)
企画:ARTS ISOZAKI(代表・磯崎寛也)
執筆:小泉晋弥、伊藤公象、磯崎寛也
デザイン:林 頌介
写真:内田芳孝、堀江ゆうこ、他
体裁:サイズ30.6cm×24.6cm×1.6cm、164頁
日本語・英語併記
発行・編集:ときの忘れもの
価格: 3,300円(税込)+梱包送料250円
●陶オブジェ付の特別頒布(限定50個): 25,300円(税込)+桐箱代3,000円+梱包送料1,600円
*桐箱不要の方はダンボールの箱にお入れします(無料)。

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●「伊藤公象作品集刊行記念展―ソラリスの襞」
会期:2022年6月3日(金)~6月12日(日)11:00-19:00 *会期中無休
協力:ARTS ISOZAKI


●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊
第9回 堀江ゆうこ「BLUE PEARLの襞」との旅 ②
前回エッセイで書いたように2014年から伊藤先生の作品をインスタレーション撮影をするようになった流れで先生の展示、イベントの全てを記録撮影もするのはもちろん、時には設営のお手伝いまでさせて頂ける機会に恵まれた。
先生のインスタレーションはスケールが大きいだけでなく、作品の繊細さと複雑さもあって美術館での設営は何泊も必要で、私も伊藤家の皆さんと一緒に作業できたことが今振り返ると貴重な体験となっている。
中でも先生の作家として「表現する」ことへの姿勢、厳しさ、などを同じ場所にいることで学ばせてもらっていた印象的な場面を書きたい。
2014年の群馬県立近代美術館『開館40周年記念展 第2部 1974年─戦後日本美術の転換点』でも3日かけての設営。
収蔵されていた先生の40年前の作品が運び出され、広々としたエントランスに設営のため学芸員、設営スタッフの方々が揃い、なにしろ約5メートル四方の大作なので早々に設営作業が始まった。難航しながらも徐々に作品が姿を見せ始めた2日目、写真で分かるように薄くて繊細な素焼きを積み重ねて行きながらトンネルを通す、という工程がどうにも進まずストップしてしまった。何度やっても途中で素焼きの壁が崩れてしまう・・
美術館側では想定していたようで、初めから木枠のトンネルを用意してくださっていた。この木枠を置いた上に素焼きを重ねて、全体が落ち着いたところで引き抜けばトンネルが出来るというシンプルで安全な方法に思えた。
ところが先生が作品構成の説明をし始めると美術館の皆さんの首が傾きはじめ・・先生は
「木枠を使ってしまったら作品のコンセプトからずれてしまう。このトンネルは手で積まないと意味が無いんです。」とハッキリと伝えた。
どんどん時間が経つ中で、学芸員の方たちはもちろん伊藤家の方も「せっかく木枠を作って準備してくれているのだから使いましょう」と先生と何度もお話しをされた。
広いはずのエントランスだが緊張感で狭く感じ、空気が停滞し、それぞれが顔を見合わせ・・
長いのか短いのか判らない時間だけが着実に過ぎていく。


それでも先生は作家として作品のコンセプトを守りきった。
「手作業でトンネルを作ります。崩れた部分をやり直しましょう」
こう言いきり、動じなかった。この会話の中で先生の意思が揺らいだり迷うような気配は全く感じられなかった。
先生の意志を尊重された学芸員の皆さんは不安そうな面持ちながらも「それならもう頑張りましょう!」と動き始め・・冷房の効いた館内とはいえガラス張りのエントランスは9月上旬残暑の陽射しで蒸し暑く、全員汗を拭きながらの作業となった。
素焼き作品が崩れては直しを何度か繰り返した後、インスタレーションは完成した。
完成と同時に作業していた全員の表情が、安堵と「先生の言う通り手作業で本当に良かった、木枠を使わないとはこういう事だったのか」と身体と通して作品のコンセプトを理解できた喜びで明るくなっていたように感じた。
この設営で先生が強く意志を貫く現場に居られたのは本当に替えがたい経験になった。
私も表現をする者としてあの様に作品に忠実でいられるだろうか? 7年前の事だが度々思い返している大切な教えとなっている。


FusionPhotographer 堀江ゆうこ
(ほりえ ゆうこ)
■堀江ゆうこ ほりえゆうこ
2013年 造形作家・伊藤公象の作品を野外に設置しインスタレーション作品としての撮影を開始。
2015年~毎年、各地で個展開催。
2020年 4月初の写真集「Still Life」発売、銀座ギャラリー枝香庵にて発売記念の個展開催。
・伊藤公象、小泉晋弥、堀江ゆうこの三人によるリレーエッセイ「伊藤公象の世界」は、2022年9月までの一年間、毎月8日に掲載します。
『ITO KOSHO 伊藤公象作品集』予約受付中刊行:2022年6月
著者:伊藤公象
監修:小泉晋弥
監修助手:田中美菜希(ARTS ISOZAKI)
企画:ARTS ISOZAKI(代表・磯崎寛也)
執筆:小泉晋弥、伊藤公象、磯崎寛也
デザイン:林 頌介
写真:内田芳孝、堀江ゆうこ、他
体裁:サイズ30.6cm×24.6cm×1.6cm、164頁
日本語・英語併記
発行・編集:ときの忘れもの
価格: 3,300円(税込)+梱包送料250円
●陶オブジェ付の特別頒布(限定50個): 25,300円(税込)+桐箱代3,000円+梱包送料1,600円
*桐箱不要の方はダンボールの箱にお入れします(無料)。

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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●「伊藤公象作品集刊行記念展―ソラリスの襞」
会期:2022年6月3日(金)~6月12日(日)11:00-19:00 *会期中無休
協力:ARTS ISOZAKI


●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊
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