リレーエッセイ「伊藤公象の世界」
第10回 伊藤公象
「ときの忘れもの」(東京)での作品集刊行記念展は、作家としては個展と位置づけているから、作品集のタイトル「ソラリスの海」に因んで、どの様な展示にするかは大きな課題だった。これまでの個展や屋外での展示は、ギャラリーや美術館の展示スペースそのものに創造性を持たせるインスタレーションが主体だった。今回出版された作品集も、50年間の作品の中からインスタレーションを中心に俯瞰された小泉晋弥氏の独自な監修によるものだ。それだけに「ときの忘れもの」での展示空間の構成は悩ましいものだった。
図版1) 2022年6月3日 ときの忘れものの庭での展示
落ち着いた庭、玄関から3階まで階段を囲むコンクリート打放しの壁面、老齢の身で下見にも行けず、送って頂いた図面や写真で判断するしかない。しかし、そこはこれまでに経験、体験を重ねてきた発想が生かされる。この50年間の作品制作の根底にある「襞」を作品配置のコンセプトにして、新たに「惑星状星雲」と「襞」の関係を呼び覚ました「惑星ソラリスの襞」である。
「ときの忘れもの」の空間全体を「惑星状星雲」と仮想して「土の襞」が覆う、そう考えると悩ましさは消えた。1978年のインド・トリエンナーレ国際美術展では、事前にニューデリーの会場を下見することはできない。1983年の「今日の日本の美術」展(スイス•ジュネーヴ)のときは、最初は美術館の1室が予定され、そのつもりで展示を考えていた。ところが現地では他の作家と同じスペースが用意されていた。アーチ型の支柱と壁が一体となったその支柱に絡ませて円形に「起土(焼凍土)」を設置した。異義を唱えるより、与えられたスペースを如何に活用するかが問われる。
1984年のヴェネチア・ビエンナーレでも日本館の改装で当初の展示計画を変更した。また、1991年のセブン・アーチスツ ー今日の日本美術展は、サンタモニカ、ポートランド、タマヨ、ニューオーリンズ、名古屋市美術館を巡回したが、それぞれの美術館の展示スペースでどのように作品展示をするかが問われる。2002年テート・セント・アイヴス館での個展は、予めイメージしたスペースだったが、想定した以上のインスタレーションができた好例もある。海外の個展に陶造形数千ピースを日本から膨大な輸送費をかけて開催する美術館側の熱意を思うとき、作品の評価と同時に、その期待に添えたかが作家にとっては重要なのだ。
図版2) 愛知県美術館に出品した作品です。複雑な鏡曲面の集合体は、太陽光を乱反射させます。その結果、太陽熱を拡散させるという実験的な要素を思考したものです。光化学、熱化学の専門家とコラボできればと思いますが….!
図版3) 東京都現代美術館での個展「秩序とカオス」のプレス発表会・メイン作品「アルミナのエロス・白い固形は…..」
日本の展覧会では、美術館では初めての個展「土の地平・伊藤公象展」(富山県立近代美術館)や富山県黒部市の入善町森の発電所美術館が独特な展示スペースである(作品集に収録)。特に印象深いのは、2009年の茨城県陶芸美術館と東京都現代美術館を巡回した「伊藤公象 WORKS 1974-2009展」がある。陶芸美術館はガラスケースが多い。貴重な陶芸作品や工芸作品を展示する必要からだが、陶造形といってもインスタレーションの展示には難がある。それでも企画担当の学芸員が苦心の末に作家の要望を汲んで普段使わないような場を設営してくれた。東京都現代美術館は現代美術が専門だから、作品展示が楽だろうと思うが、そうではない。御影石で床や高層な壁面を天井高まで張り巡らしたアトリウム、その先の大ガラス越しに見える屋外の広大なサンクンガーデン、そして展示室がアトリウムを取り巻く。担当した学芸員とアトリユムの床に座り込んで打合せた記憶が生々しい。
図版4) 今までのインスタレーションで気にいっているシーンです。照れてます(笑)。群馬県立館林美術館の大展示場を独り占め
さて、今回は新作のドローイングやコラージュ、旧作の中から陶造形を選ぶ。妻や息子夫婦も作家だから、そこは心得たもので、山積みの作品倉庫から意中の作品を選び出してくれた。展示も息子夫婦に頼み、妻と展覧会初日に見廻るだけだった。結果、庭のインスタレーション、1階から3階まで、階段のインスタレーションに沿った壁面や立体展示をゆっくりと見ていただく意図はどの様に伝わったかと、その評価に展覧会会期を終えた今も「土の襞」の余韻が残る。


図版5)、6) 新作のドローイング2点。作品集刊行記念展を機に、ドローイングの制作に取り付かれています。
作品集刊行記念であっても、作家は個展に命を懸ける意義を蛇足ながら述べさせて頂いた。今回「ときの忘れもの」はじめ、関係各位に多大な謝辞を述べさせて頂く。同時に、ご来廊いただいた美術関係者はじめ、多くの方々に深謝と敬意を払いたい。
(いとう こうしょう)
・伊藤公象、小泉晋弥、堀江ゆうこの三人によるリレーエッセイ「伊藤公象の世界」は、2022年9月までの一年間、毎月8日に掲載します。
●『ITO KOSHO 伊藤公象作品集』予約受付中
『ITO KOSHO 伊藤公象作品集』
刊行:2022年6月
著者:伊藤公象
監修:小泉晋弥
監修助手:田中美菜希(ARTS ISOZAKI)
企画:ARTS ISOZAKI(代表・磯崎寛也)
執筆:小泉晋弥、伊藤公象、磯崎寛也
デザイン:林 頌介
写真:内田芳孝、堀江ゆうこ、他
体裁:サイズ30.6cm×24.6cm×1.6cm、164頁
日本語・英語併記
発行・編集:ときの忘れもの
価格: 3,300円(税込)+梱包送料250円
●陶オブジェ付の特別頒布(限定50個): 25,300円(税込)+桐箱代3,000円+梱包送料1,600円
*桐箱不要の方はダンボールの箱にお入れします(無料)。

*画廊亭主敬白
リレーエッセイ「伊藤公象の世界」は伊藤先生の作品集の編集と同時進行で掲載してまいりましたが、いよいよ残り2回となりました。遅れている作品集の刊行ですが、何とか連載終了までに皆様のお手元に届けられるよう頑張ります(ご予約いただいた方、もう少しお待ちください)。
建築家ガウディの生誕170年を記念して開催している細江英公写真展ですが、おかげさまでガウディ・ファンと細江ファンの相乗効果で連日多くの方が来廊されています。会期は今日と明日の二日間です。
ブログに「ガウディの街バルセロナより」を連載しているスペイン在住の丹下敏明先生から実に示唆に富んだコメントをいただきました。
「細江さんの写真はもうすでに記録写真としても価値が出てきました。パリで見たのももちろん写真としての価値もありますが、今では手が入れられている部分もたくさん見えて面白かったです。」
ご存じの通り、ガウディの代名詞ともいえるサグラダ・ファミリア聖堂は建設途中のため日々変貌しています。もはや細江先生がとらえた1970年代のサグラダ・ファミリアは存在しないのです。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊
第10回 伊藤公象
「ときの忘れもの」(東京)での作品集刊行記念展は、作家としては個展と位置づけているから、作品集のタイトル「ソラリスの海」に因んで、どの様な展示にするかは大きな課題だった。これまでの個展や屋外での展示は、ギャラリーや美術館の展示スペースそのものに創造性を持たせるインスタレーションが主体だった。今回出版された作品集も、50年間の作品の中からインスタレーションを中心に俯瞰された小泉晋弥氏の独自な監修によるものだ。それだけに「ときの忘れもの」での展示空間の構成は悩ましいものだった。
図版1) 2022年6月3日 ときの忘れものの庭での展示落ち着いた庭、玄関から3階まで階段を囲むコンクリート打放しの壁面、老齢の身で下見にも行けず、送って頂いた図面や写真で判断するしかない。しかし、そこはこれまでに経験、体験を重ねてきた発想が生かされる。この50年間の作品制作の根底にある「襞」を作品配置のコンセプトにして、新たに「惑星状星雲」と「襞」の関係を呼び覚ました「惑星ソラリスの襞」である。
「ときの忘れもの」の空間全体を「惑星状星雲」と仮想して「土の襞」が覆う、そう考えると悩ましさは消えた。1978年のインド・トリエンナーレ国際美術展では、事前にニューデリーの会場を下見することはできない。1983年の「今日の日本の美術」展(スイス•ジュネーヴ)のときは、最初は美術館の1室が予定され、そのつもりで展示を考えていた。ところが現地では他の作家と同じスペースが用意されていた。アーチ型の支柱と壁が一体となったその支柱に絡ませて円形に「起土(焼凍土)」を設置した。異義を唱えるより、与えられたスペースを如何に活用するかが問われる。
1984年のヴェネチア・ビエンナーレでも日本館の改装で当初の展示計画を変更した。また、1991年のセブン・アーチスツ ー今日の日本美術展は、サンタモニカ、ポートランド、タマヨ、ニューオーリンズ、名古屋市美術館を巡回したが、それぞれの美術館の展示スペースでどのように作品展示をするかが問われる。2002年テート・セント・アイヴス館での個展は、予めイメージしたスペースだったが、想定した以上のインスタレーションができた好例もある。海外の個展に陶造形数千ピースを日本から膨大な輸送費をかけて開催する美術館側の熱意を思うとき、作品の評価と同時に、その期待に添えたかが作家にとっては重要なのだ。
図版2) 愛知県美術館に出品した作品です。複雑な鏡曲面の集合体は、太陽光を乱反射させます。その結果、太陽熱を拡散させるという実験的な要素を思考したものです。光化学、熱化学の専門家とコラボできればと思いますが….!
図版3) 東京都現代美術館での個展「秩序とカオス」のプレス発表会・メイン作品「アルミナのエロス・白い固形は…..」日本の展覧会では、美術館では初めての個展「土の地平・伊藤公象展」(富山県立近代美術館)や富山県黒部市の入善町森の発電所美術館が独特な展示スペースである(作品集に収録)。特に印象深いのは、2009年の茨城県陶芸美術館と東京都現代美術館を巡回した「伊藤公象 WORKS 1974-2009展」がある。陶芸美術館はガラスケースが多い。貴重な陶芸作品や工芸作品を展示する必要からだが、陶造形といってもインスタレーションの展示には難がある。それでも企画担当の学芸員が苦心の末に作家の要望を汲んで普段使わないような場を設営してくれた。東京都現代美術館は現代美術が専門だから、作品展示が楽だろうと思うが、そうではない。御影石で床や高層な壁面を天井高まで張り巡らしたアトリウム、その先の大ガラス越しに見える屋外の広大なサンクンガーデン、そして展示室がアトリウムを取り巻く。担当した学芸員とアトリユムの床に座り込んで打合せた記憶が生々しい。
図版4) 今までのインスタレーションで気にいっているシーンです。照れてます(笑)。群馬県立館林美術館の大展示場を独り占めさて、今回は新作のドローイングやコラージュ、旧作の中から陶造形を選ぶ。妻や息子夫婦も作家だから、そこは心得たもので、山積みの作品倉庫から意中の作品を選び出してくれた。展示も息子夫婦に頼み、妻と展覧会初日に見廻るだけだった。結果、庭のインスタレーション、1階から3階まで、階段のインスタレーションに沿った壁面や立体展示をゆっくりと見ていただく意図はどの様に伝わったかと、その評価に展覧会会期を終えた今も「土の襞」の余韻が残る。


図版5)、6) 新作のドローイング2点。作品集刊行記念展を機に、ドローイングの制作に取り付かれています。
作品集刊行記念であっても、作家は個展に命を懸ける意義を蛇足ながら述べさせて頂いた。今回「ときの忘れもの」はじめ、関係各位に多大な謝辞を述べさせて頂く。同時に、ご来廊いただいた美術関係者はじめ、多くの方々に深謝と敬意を払いたい。
(いとう こうしょう)
・伊藤公象、小泉晋弥、堀江ゆうこの三人によるリレーエッセイ「伊藤公象の世界」は、2022年9月までの一年間、毎月8日に掲載します。
●『ITO KOSHO 伊藤公象作品集』予約受付中
『ITO KOSHO 伊藤公象作品集』刊行:2022年6月
著者:伊藤公象
監修:小泉晋弥
監修助手:田中美菜希(ARTS ISOZAKI)
企画:ARTS ISOZAKI(代表・磯崎寛也)
執筆:小泉晋弥、伊藤公象、磯崎寛也
デザイン:林 頌介
写真:内田芳孝、堀江ゆうこ、他
体裁:サイズ30.6cm×24.6cm×1.6cm、164頁
日本語・英語併記
発行・編集:ときの忘れもの
価格: 3,300円(税込)+梱包送料250円
●陶オブジェ付の特別頒布(限定50個): 25,300円(税込)+桐箱代3,000円+梱包送料1,600円
*桐箱不要の方はダンボールの箱にお入れします(無料)。

*画廊亭主敬白
リレーエッセイ「伊藤公象の世界」は伊藤先生の作品集の編集と同時進行で掲載してまいりましたが、いよいよ残り2回となりました。遅れている作品集の刊行ですが、何とか連載終了までに皆様のお手元に届けられるよう頑張ります(ご予約いただいた方、もう少しお待ちください)。
建築家ガウディの生誕170年を記念して開催している細江英公写真展ですが、おかげさまでガウディ・ファンと細江ファンの相乗効果で連日多くの方が来廊されています。会期は今日と明日の二日間です。
ブログに「ガウディの街バルセロナより」を連載しているスペイン在住の丹下敏明先生から実に示唆に富んだコメントをいただきました。
「細江さんの写真はもうすでに記録写真としても価値が出てきました。パリで見たのももちろん写真としての価値もありますが、今では手が入れられている部分もたくさん見えて面白かったです。」
ご存じの通り、ガウディの代名詞ともいえるサグラダ・ファミリア聖堂は建設途中のため日々変貌しています。もはや細江先生がとらえた1970年代のサグラダ・ファミリアは存在しないのです。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊
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