ウォーホルオタク・栗山豊に驚愕!

山下裕二
(美術史家・明治学院大学教授)
 
 いつも案内状を送ってもらっている駒込のギャラリー、ときの忘れものから「アンディー・ウォーホル展 史上最強!ウォーホルの元祖オタク栗山豊が蒐めたもの」というハガキが届いた。「街頭の似顔絵かきだった栗山豊(1946-2001)は伝説のウォーホル・ウォッチャーでした」という文が添えてある。裏面には、1983年、宇都宮市大谷町で開催された「巨大地下空間のウォーホル展」の会場写真が。
 これ、観たかったなあ・・・と思った。宇都宮の大谷町といえば、かつて大谷石を切り出した場所。巨大な地下空間ができていることは、これまでメディアを通じて知っていた。そこでウォーホルの作品を展示していたとは。1983年といえば、私は25歳。なかなか就職先もみつからない、お先真っ暗な大学院生時代。そのころウォーホルのことはもちろん認識していたが、宇都宮でこんな展示があるという情報は届いていなかった。
 そんなハガキを持って、11月4日の初日、ギャラリーを訪ねた。いつものように扉を開けて、スリッパに履き替えて、ギャラリーの壁面を見て、息を呑んだ。なんと、ウォーホルに関する雑誌や新聞の記事のカラーコピーが、壁一面に貼ってあるではないか。そして、栗山豊が集めた資料のファイルも展示されている。そういうことだったのか・・・と思ってしばらく呆然としていたら、画廊主の綿貫さんが登場。栗山豊について、いろいろ教えていただいた。
 2001年2月22日、栗山豊は、奇しくもウォーホルの命日と同じ日に、路上で斃れて55年の生涯を終えたという。ウォーホルが死んだのは1987年。ちょうど14年後のことである。生前、栗山はこの膨大な資料を綿貫さんに託すことにしたという。「栗山は似顔絵描きだったそうですが、美術教育を受けているのですか?」と問えば、「文化学院美術科を卒業していますが、絵はほとんど独学ですね」という。独学の似顔絵描きが、ウォーホルにこれほど入れ込んで、亡くなった21年後に、こういう展示がされている。草場の陰でさぞ喜んでいるのではないか。
 帰り際、綿貫さんから、「この展示のレビューを書いてもらえませんか?」という依頼を受けた。ウォーホルについては詳しくないし、栗山豊についてもこの日まで知らなかった。一瞬、逡巡したが、これほどの熱量でオタクになった栗山の存在を、後世に伝える意味はあると思って引き受けた。しかし、私は栗山に関する情報をまったくと言っていいほど知らないから、スタッフにメールで資料を送ってくださいと伝えて、ギャラリーを後にした。そうすると、その日のうちにメールが来て、栗山豊、ウォーホルに関する詳細な情報が届いたのだった。
秋山祐徳太子泡沫桀人列伝 その中で、私が瞠目したのは、秋山祐徳太子さんが栗山豊について記している本だった。2002年に二玄社から刊行された『泡沫桀人列伝-知られざる超前衛-』。本書は、秋山さんが『週刊読書人』に2000年から2001年にかけて連載した記事を単行本化したものである。その中で、秋山さんは栗山豊を「路上のウォーホル 世界を点々とする画家」として紹介している。その冒頭を紹介しておこう。

 「彼の本業は似顔絵描きである。知り合ったのは七〇年代のはじめ頃だが、その以前から似顔絵描きをつづけ、今も現役である。全国で開かれる祭りはもちろんのこと、あらゆるところにイーゼルを立て、じっとお客を待ち構えている姿には、なかなかの風格がある。七九年、私の第二次都知事選の折りには、彼は自費で選挙ポスターを作ってくれた。金がかかるのでもちろん白黒である。それで充分、いまや栗山さんの作品として、全国各地の美術館にコレクションされている。」

栗山豊都知事選ポスター そうだったのか・・・あの伝説的なポスターは、栗山豊が描いたものだったんだ。じつは、私は秋山さんからそのポスターを贈呈されて、大切に保管しているのである。そして、その本の巻末で、私は秋山祐徳太子さん、赤瀬川原平さんとともに、「泡沫・日本・美術」と題して鼎談をしているのである。このタイトルは、じつは当時話題になっていた椹木野衣さんの「日本・現代・美術」という本を意識してつけたものだった。この鼎談、もう20年も前のことだが、すごく楽しかったことを記憶している。そしていま読み返せば、この鼎談で、ウォーホルについて言及しているのである。ぜひ、参照していただきたい。

 それにしても、今回の展示を観て、栗山豊のウォーホルオタクぶりは、ほんとうにすごいと思った。その資料を大切に保管して、亡くなってから20年以上経ってこの展示を実現した綿貫さんもすごいと思った。そして最後に、じつはいまから50年ほども前に、少年だった私が、ウォーホルオタクだった同級生に出会っていることをここに記しておこう。
 広島に住む中学2年生。同級生のM君と私との、下校途中、坂道での会話。「山下君、アンディー・ウォーホルいう人、知っとる?」「知らんよ。誰ねえ、その人」「ニューヨークのエンパイアステートビルを、ただ、ずーっと撮った映画をつくった人なんよ」「ふーん」・・・そして『美術手帖』を愛読していた彼は、ウォーホルについてさらに教えてくれたのだった。
 だが、そのM君は、中高一貫校だった学校を、高校1年の頃に退学した。というか、退学させられてしまった。あまりにも早熟だった彼は、奇矯なふるまいを重ね、たびたび先生から叱責されていたようだ。彼の絵の才能は、すごかった。手すさびに鉛筆で描いた学校の先生や、テレビに出ている人の似顔絵を何度となく見せてもらったが、その出来映えにいつも感嘆していた。とくに、映画評論家・淀川長治さんの、「サイナラ、サイナラ、サイナラ」という吹き出しが添えられた似顔絵は絶品だった。M君、いまごろどうしているだろうか・・・。
 M君にとってのウォーホル。そして、栗山豊にとってのウォーホル。今回の展示を観ながら、さまざまなことを考えた。そして、栗山豊と親しかった秋山祐徳太子さんも、2020年に逝去された。いい人だったなあ・・・。秋山さんと、ウォーホルについてもっと話しておけばよかったと思った。

やましたゆうじ

山下裕二先生山下裕二先生(左)と尾立麗子

●本日のお勧め作品はアンディ・ウォーホルの「KIKU(小)」です。
KIKU(小)
アンディ・ウォーホル「KIKU(小)」 
1983年 シルクスクリーン(刷り:石田了一)
イメージ・サイズ:22.0×29.0cm
シートサイズ:23.0×30.cm
*現代版画センター・エディション
*1983年に刊行した『アンディ・ウォーホル展 1983~1984』図録に挿入するために制作された作品の四隅の断裁前のフルマージンの作品です。
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【お知らせ】
誠に勝手ながら、11月29日(火)は17時閉廊とさせていただきます。
ご迷惑をお掛けしますが、ご理解とご協力の程宜しくお願い申し上げます。

◆「アンディ・ウォーホル展 史上最強!ウォーホルの元祖オタク栗山豊が蒐めたもの
会期:2022年11月4日[金]~11月19日[土]  ※日・月・祝日休廊
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展示の様子は都築響一さんのメルマガ「ROADSIDERS' weeklyより、アンディ・ウォーホル展をご覧ください。
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