王聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥 第25回」

GAギャラリー
「GA JAPAN PLOT 設計のプロセス」を訪れて


 2023年1月7日からGAギャラリーで開催されている「GA JAPAN PLOT 設計のプロセス」展を訪問した。

1、GAギャラリーという場所
 GAギャラリーを運営する出版社エーディーエー・エディタ・トーキョーは、2013年に他界した孤高の建築写真家・二川幸夫氏により1970年10月に創設された。設立後間もなく発刊された『GA』は、Global Architectureという造語から名づけられたものであるが、世界の名建築を主題にした作品集で、当初から日本国外でも流通させる前提で誕生した。1972年に二川氏が建築家の鈴木恂氏と共同で設計した「FUB」(二川邸/同出版社の事務所兼店舗)の西側に増築を施し、1983年11月にGAギャラリーが誕生する。開館記念として「磯崎新展」が開催され、シルクスクリーンの「ヴィッラ」シリーズ(1977-1978)、「還元」シリーズ(1982-1983)、「MOCA」シリーズ(1983)などが展示された。(*1)
 二川幸夫氏は生前、GAギャラリーのコンクリート打ち放しの壁面を「絶対に掃除をしない」(*2)と宣言していたという。果たして、新築以来あるがままを受け入れ続けているかどうかはわからないが、周辺の建物や通行する人々が時代と共に変わろうとも、建築を志す学生と関係者たちの聖地としての威厳ある佇まいを保っている。

*1:ときの忘れもの 1983年11月4日付ブログより
*2:INAX Report No.187より

2、書誌と場所
 『GA』はじめ、エーディーエー・エディタ・トーキョーが発行する複数種の建築専門誌は、逐次刊行物ではなく単行刊行物の体裁をとっている。国内外のアートピースとしての美しい建築を日英併記で伝え続ける一方で、1992年に日本語テキストのみの『GA JAPAN』が創刊された。裏表紙に記された編集方針には「日本の新しい優れた現代建築のエッセンスを発信する」「建築思想、理論、哲学、技術思想を多面的に照射しつつ、建築の本質に迫る本格的建築総合誌」とある。のち、2001年に1組の建築家による設計プロセスを一冊で特集する『PLOT』が創刊され、やがて、2005年に『GA JAPAN』の中に、連載や特集としての「PLOT 設計のプロセス」が始まる。単刊の『PLOT』、連載のPLOT、いずれも初めて紹介されたのは建築家・山本理顕氏であった。編集者が、取材時のスタジオビジットで感銘を受けた建築家の未発表または計画中プロジェクトの経緯を優れたインタビューと豊富な図版で継続的に読者に伝えるというアイディアは、まだ今ほどアーティストインレジデンスやスタジオ訪問型のイベントが普及していなかった時代に、同時代の建築家の、現在進行形の思考の現場をひらく試みだった。インターンやアルバイトを含む学生、プロジェクトで協業する施工者や建材メーカーのような各方面の建築に携わる読者にとっても、建築家の事務所内の生き生きとした創作プロセスを垣間見ることができ、仕事の全体像や計画の流れを知ることのできる貴重な機会であり続けていると言える。

 前置きが長くなったが、GAギャラリーでは、刊行誌と連動したグループ展形式で展覧会が催されることが多く、今回の「GA JAPAN PLOT 設計のプロセス」展は、『GA JAPAN 180』(2023年1月)に関連した展示である。同誌の特集であるPLOTでは、16組16作品のプロジェクトが紹介され、ギャラリーでは順不同で各プロジェクトの経過を示す資料が展示されている。全体に同時代性を孕む特徴、例えば社会背景に起因する、新しい公共、あるいは、集う、受容する、共存する、育むといったキーワードなどは見られるものの、何かしらの共通項を設けたり順路が拘束されたりしていない展示構成から判断するに、本展はそういった傾向をステイトメントとしているわけではない。館内では、計画それぞれの進捗や、建築家にとっての現段階の主題や関心事が様々である状況がバランスよく配置され、館内4か所のモニターに映像が添えられていた。

 編集者たちが、ひとつのプロジェクトのプロセスを二つの異なるフォーマットで同時に発表するというのは、美術展とその記録である図録の関係とは異なり、見方によっては面白い。彼らは、建築の創造過程を読者と鑑賞者に届け、誌面とギャラリーで相互の追体験あるいは二段階の楽しみを創出するためにテンポラリーな展示とアーカイブされる図書を活用する。そして、建築家たちは、限られた領域の中で応えるために、資料や媒体を意識的に取捨選択し、どのくらいの密度で何を公開し何を記す/話すのか、あるいはグループ展という個性がぶつかる混沌とした場で、表現者としてどう振る舞うかなどを考慮しアウトプットすることになる。例えば、石上純也さんの「awaアワーproject(徳島県文化芸術ホール〈仮称〉)」は、書誌と場所のそれぞれで示すものを区別していた。ギャラリーでは、昨年東京都庭園美術館のテーマ展示でも出展された、作り込まれた美しい断面模型と、ゲームのようなハイクオリティの動画で徹底してイメージの世界を表現した。

3、もののリアリティと柔らかさ
 本展の中で、素材そのものを展示するという方法はとても有効に働いていた。隈研吾さんの筑後広域公園のモニュメント「ワンヘルス・カーボンゲート」(2022年)で採用されたカーボンファイバーのチューブ、平田晃久さんの「Ryozan Park Green」(2023年完成予定)の外壁に使われるドレープ状のコンクリートキャンバス、大西麻貴さんと百田有希さんによる「熊本地震震災ミュージアム中核拠点施設」(2023年完成予定)の屋根のための釉薬の塗られたタイルのサンプルなどは、誌面の印刷では伝わらないマテリアルの実物を示すという手法が取られている。素材そのものの量感、質感、色味などに対する驚きは言うまでもないが、材料の研究や実験の成果や専門家との協業が重ねられた確かな手ごたえと同時に、計算し尽くされない不確実性や、自然や時間に委ねる包容力、緩さをも併せ持つことまで十分に想像できるのがよかった。
 ものの存在感と曖昧さという点では、佐藤研吾さんの「蟻鱒鳶ルの窓」は、岡啓輔さんがセルフビルトしている「蟻鱒鳶ル」の中に関係者と共に鉄工所を作り、窓枠を設計・制作している様子を紹介し、そのスケッチとLアングルを溶接して作った窓枠のモックアップを展示していた。機械化・量産化されないものづくりのリアリティを見せる一方で、現場で仲間と共有する発想や価値観から生まれる、柔らかな制作プロセスが表れていた。

1F展示風景
正面に佐藤研吾「蟻鱒鳶ルの窓」、左奥に大西麻貴+百田有希「熊本地震震災ミュージアム中核拠点施設」一部(屋根のスタディ)
提供:GA ギャラリー

4、なまなましさと情報量
 多くの作品がそうであったように、書誌でのインタビュー内容を展覧会でより立体的に解説的に示す展示は、展覧会の主題に忠実で親切な方法だ。長谷川欣則さんと堀越ふみ江さんの「YUKI office」では、スタディ模型が壁に吊られた、プランニングの変遷が時系列に紹介された。それらに加え、その途中の成果を確認する意味で生まれた「帯展開図」と呼ばれる3種の展開図と、壁と着彩した材を積層して表現したコンセプト模型が誌面と同様に展示に並んだのは、作り手の独特の捉え方が表れ、実物を読み取るのが楽しい体験だった。
 また、藤野高志さんの「あゆみ保育園」も設計の過程が語られた展示である。アトリエ内で検討に使われた資料が壁と展示台に再構成され、与条件や整理した事項、敷地で採取した情報が細かくアウトプットされていた。前述の佐藤研吾さんは「GA」の誌面のインタビューで(建具、インテリアなどの)「細かい部品への偏愛」に言及していたが、藤野さんの表現からはプロセスへの愛執のようなものが感じられた。

2F展示風景
左奥に長谷川欣則+堀越ふみ江「YUKI office」、右手前に藤野高志「あゆみ保育園」
提供:GA ギャラリー

 近年、美術の展覧会で、平面、立体、映像などと並んで、リサーチやアーカイブを通して得た情報を再解釈・再編集したものの集合体がインスタレーションされた作品があったりする。建築分野の展覧会における展示資料は、かつてはオリジナルの図面、ドローイング、模型、写真が主であり、近年はそれらにマテリアル、モックアップ、映像、コンセプトのインスタレーションなどが加わってきたが、実際の建築の設計現場では、敷地に赴いて収集される現場の色、音、光、自然物、地域の郷土情報、気候データといった調査・分析資料、事務所や工房などで繰り広げられるスタディ、報告書や議事録などの書類、取り寄せたサンプルなどが日々蓄積されていく。後世に残る建築史料だけでなく、現在進行形で日常的な蓄積がどのように展示されうるのか、プロセスが生むなまなましい資料を含む本展覧会は、今後の美術館での建築展のヒントも示してくれているような気がする。

(おう せいび)

●王 聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥」は偶数月18日に掲載しています。次回は2023年4月18日の予定です。

王 聖美 Seibi OH
1981年神戸市生まれ、京都工芸繊維大学工芸学部造形工学科卒業。WHAT MUSEUM 学芸員を経て、国立近現代建築資料館 研究補佐員。
主な企画展に「あまねくひらかれる時代の非パブリック」(2019)、「Nomadic Rhapsody-"超移動社会がもたらす新たな変容"-」(2018)、「UNBUILT:Lost or Suspended」(2018)など。

展覧会紹介
GAギャラリー
「PLOT 設計のプロセス展」
会期:2023年1月7日(土)~2023年3月5日(日)
開館時間:12:00-18:30
会期中無休
会場:GAギャラリー
〒151-0051 東京都渋谷区千駄ケ谷3-12-14
Tel: 03-3403-1581
入場料:600円

テクノロジーの進歩、社会情勢の変化によって,創造のプロセスは日々多様になっています。
建築も例外ではなく、建築家は自分自身の手法を日々アップデートしながら思考を深め、スタディを重ねています。
今年で11回目を迎える本展覧会では、16組の参加者による最新プロジェクトの設計プロセスを紹介。
壁や屋根に焦点を当てたマニアックなプロセスや,計画段階への参画,プロポーザルにおける設計体制の検討など、設計手法の今を模型やドローイング、動画を交えてご紹介いたします。
同タイトルの『GA JAPAN 180』と連動しており、誌面では豊富な図版やインタヴューをご覧いただけます。

出展者
赤松佳珠子+小野田泰明 長野県スクールデザイン(NSD)
石上純也 awaアワーproject (徳島文化芸術ホール〈仮称〉)
大西麻貴+百田有希 熊本地震震災ミュージアム中核拠点施設
隈研吾 ワンヘルス・カーボンゲート
駒田剛司+駒田由香 弁天アパートメンツ(仮称)
佐藤研吾 蟻鱒鳶ルの窓
妹島和世+西沢立衛 新香川県立体育館
高野洋平+森田祥子 伊東市新図書館
ツバメアーキテクツ 藤野ビレッジプロジェクト
中川エリカ ヤマナカテラス
長谷川欣則+堀越ふみ江 YUKI office
平田晃久 Ryozan Park Green
藤野高志 あゆみ保育園
藤本壮介 太宰府天満宮 仮殿
藤原徹平・島田陽・冨永美保 新垂水図書館
森下大右+長柄芳紀+石橋慶久+原一浩 佐川町新文化拠点(仮称)
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●本日のお勧め作品は佐藤研吾です。
09左から《向かい合う空洞》《囲い込むための空洞 4》《大小の空洞》
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
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