佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第74回

AからMのキーワード


1冊の本としてまとめるとして、書いていくべきことは一体なんだろうか。建築を何年間か考え続けていて、その思考の基点、あるいは下支えとなっているのはやっぱり、インドと福島という二つの地点を断続的ながら行き来していることだと思う。インドで行って考え、学んだことを、福島に行っても引き続き考えて何かに取り組む。逆もまたあり、福島で考えたことをインドに持ち込んで描き出す。そうした物理的な移動と、思考実践の行ったり来たり、往復をどうにか続けている。今春のインド・シャンティニケタン行きは、その継続的な往還作業の一展開である。
前回の原稿でも触れたが、今は福島に拠点を置いているので、すこしばかり福島に近接しすぎている気もするが、インドも福島も、どちらも自分にとっては家郷ではなく何となく遠くにある場所であってほしい。けれども遠くにあることが全く見えないはるか彼方ではなく、地平線が霞む手前あたりに小さな姿として眺め見えるくらいには対象から遠ざかりはしないようにもしている。

ときの忘れものでのこのブログ連載はもう74回目ということになるが、これまでも毎月、だいたい締め切りギリギリの夜に、半ば満身創痍な状態で書き上げてきた生生しいテキストとなっている。いざ見返してみると、なかなかに突飛で粗野な文章でとても恥ずかしいモノだ。けれども、さすがの生生しさ故なのか、その月に今一番何を考え、思いついていたかの、自分自身の脳味噌の断面が露呈しているのがなかなか興味深い。なので少なくとも自分自身にとってはとても有益な断片群が散り積もっていてとてもありがたい。
そこで少し読み返してみて、いくつかの大事なキーワードを改めて思い出したので、ここに並べてみる。

A,荒れ地
B,アマチュア
C,アーカイブ
D,妖怪
E,全体性
F,技術(ワザワザ)
G,複数性 
H,遊び 
I,作曲的
J,学校
K,工作
L,残酷
M,空洞

どの言葉の輪郭も、やはりインドと福島、それぞれに身を置いたこと、移動を経たことで得られ、浮上してきたものである。ひとまずまとまったテクストとしてはこれらの言葉を小節の区切りとして用いていこうと思っている。春のインド渡航までにもうすこし輪郭を膨らませておくことがひとまずの作業目標だ。

最後の「M,空洞」は、もちろん去年の展示「群空洞と囲い」から来るものである。そこで展示をしていた「遠い場所を囲い込むための空洞」という小立体は、インドのある湖畔を敷地とした小建築のプロジェクトの検討模型でもあった。今度の渡航ではそのプロジェクトを空想的に進めていこうとも準備している。
そして言葉の連なりとしては、「M,空洞」は「A,荒れ地」へと回帰する。それは空洞という仮想の空間を、荒れ地というザワザワとした平面を折り畳んで立体化させたものとして捉えるからだ。また「A,荒れ地」も”スサビ”という万葉仮名言葉を介して「H,遊び」(アソビ)に飛んでいくし、先ほどの「ザワザワとした」の形容詞が転がって「F,技術(ワザワザ)」に強引に繋げて行こうと考えている。そのためA-Mの各キーワードは順序をもって線形に並ぶものではなく、フワフワとどこかの空間に浮遊、遊動しているものなのだというイメージが湧いてもくる。

佐藤研吾連載74_1
実は当方のウェブサイトのトップページには単なるプロジェクト紹介の欄だけでなく、その時々に考えたことを載せることができるセクションがひとつだけある。いままであまり動かしてもいなかったが、昨年末にふっと思い立ってひとつのメモを載せてみていた。メモ書きなのでなかなか詳細に説明することができないが、この「FIELD」と「CAVITY」の間の中途において在るとしている「ここでうごめく何か」が、当方が試みようと日々している創作の行き先なのではないか、というのが近頃の自分の思考の最先端である。

抽象論にたいした意味は無いのかもしれないが、抽象、特に言葉をあまり厳密とする必要のない抽象論は面白い。下らない散文詩のようでもある。けれどもそんな散文からいくつかのカタチが生まれ出てきた経験も僅かながらにはあるので、そこは信じて続けていきたい。

佐藤研吾連載74_2
(「遠い場所を囲い込むための空洞」photo: comuramai)

(さとう けんご)

佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。「一般社団法人コロガロウ」設立。2022年3月ときの忘れもので二回目となる個展「佐藤研吾展 群空洞と囲い」を開催。

・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。

佐藤研吾作品のご紹介
佐藤研吾 遠い場所を囲い込むための空洞 2佐藤研吾 SATO Kengo
《遠い場所を囲い込むための空洞 2》
2022年
クリ、鉄媒染
20.0×20.0×20.0cm
サインあり
Photo by comuramai
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●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
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