井戸沼紀美のエッセイ「二十二日の半券」第16回

『松本圭二さんを尋ねた日』


1月末、光州のジョナス・メカス展を観るために企画した韓国への旅。その最終日に、私はとある場所を訪れた。光州から釜山へと高速バスで移動し、船で向かった先は、福岡市総合図書館だ。

映画作家 / 詩人であるだけでなく、フィルム・アーキヴィストとしても活動を続けていたジョナス・メカス。彼の作家以外の側面について興味を持っていた私は、そもそも「アーキヴィスト」がどんな仕事であるのかについても、知識を深めなければならないと考えていた。そしてそんな風に考えたとき、まず初めにお話を聞いてみたいと思ったのが福岡市総合図書館に務める松本圭二さんだったのだ。

松本さんは映像資料の調査・研究・収集・保存・公開を行う福岡市総合図書館のフィルム・アーキヴィストでありながら、これまでに数々の著書を発表されてきた詩人でもある。詩人 / アーキヴィストという肩書きだけで松本さんとメカスさんを容易に結びつけることはもちろんしたくないけれど、その両方の活動をしているからこそお話を伺ってみたいと考えたことも事実だ。1月初旬、思い切って福岡市総合図書館に電話をかけると、なんとその場でご本人がテキパキと応対してくださり、何の面識もなければ、緊張で十分な動機も説明もできなかった自分に、面会の時間を作ってくださることになった。

1月27日、朝10時に図書館のロビーで待っていると、奥の廊下から松本さんがいらっしゃった。穏やかな口調で、ごくごく自然なことのように3階の事務所へと案内してくれる。

沢山の紙資料、フィルムがかけられた機械、映画ポスターなどに囲まれた一室に到着すると、まず松本さんはメカスさんとも交流があったという日本の団体「FILM MAKERS FIELD」のことを紹介してくれた。福岡を中心にさまざまな場所から映像作家が集い、特に1980年代ごろまで活発に制作・上映活動を行っていたのだというFMF。福岡市総合図書館では同団体が制作した各3分の8ミリ映像シリーズ「パーソナルフォーカス」の作品群を所蔵しているのだそうだ。

電話で一言メカスに興味があると話した自分にわざわざ資料を用意してくれた優しさに感動しつつ、こちらからもいくつかの質問を投げかけてみた。なぜ松本さんはフィルム・アーキヴィストになったのか、アーキヴィストの仕事とは何なのか、福岡市総合図書館のアーカイブはどのような機能を持っているのか。

まず、夢中になったのが松本さんご自身のお話だ。中学生の頃に中古の映写機を手にして以来、「とっても魅力的なおもちゃ」であるフィルムと、現在まで携わり続けてきたのだという。撮って、切って、つないで……ときに自分も出演しながら映画をつくり、映写もこなしていた松本さんは、学生の頃から詩も書き始めていて、兼ねてから「将来、映画の仕事をしながら詩を書き続けていければ最高だ」と考えていたのだそうだ。早稲田大学に進学後はアテネ・フランセで映写や字幕制作を経験し、その仕事が「めっちゃ楽しかった」ゆえに大学を辞め、スタンス・カンパニーという映写技師集団も掛け持ちししながら、20代を過ごしたのだという。

ちょうど30歳の年、映画の現場にもデジタルの波が到達し始めていたという1996年に、福岡にフィルムアーカイブができるという話を聞いた松本さんは、信頼する先輩からの助言(「フィルムと一緒に生きていくつもりなら、福岡に行け」)もあり、福岡へと越した。しかし、当時はフィルムの管理方法を教わる体制ができていなかったそうで、自費で東京のフィルムセンター(現:国立映画アーカイブ)やIMAGICAを訪れ、年配のアーキビストの方々からフィルム保存の方法を学んだのだという。国際フィルムアーカイブ連盟(FIAF)が発行している英語のフィルム保存マニュアルも自力で読み込んだそうだ。

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そんな松本さんが所属する福岡市総合図書館のアーカイブは、国外、とりわけアジア各地で新しく作られた映画を中心に映像資料を収集・保存・上映しているという。日本の「失われつつある映画」ではなくアジアの新作をアーカイブしていることで、設立当時は「なんちゃってアーカイブ」のような見方をされることもあったそうだ。しかし2004年に松本さんの強い勧めもあり、厳しい国際審査を経て前述のFIAFに加盟したところ、周囲の見る目が変わり、フィルムの寄贈が倍増したのだそう。ちなみに現在日本でFIAFに加盟しているのは、東京の国立映画アーカイブと福岡市総合図書館のアーカイブのみだという。

原則として、映画は一度アーカイブに所蔵されると、期限なく守られるのだと松本さんは言う。たとえばフィルムの場合、室温5度、湿度40パーセントの、ほぼ冷蔵庫に近い環境さえ守ることができれば、物質的に400年は保存することができるのだそうだ。

ただし福岡市総合図書館は主に「新作」の収蔵を目的としているため、基本的にフィルムよりも短命だというデジタルメディアの収集作業が多くなるそう。デジタル素材は、大体5年ほどの頻度で保存フォーマットを変えなければデータが読み込めなくなってしまうというから気が遠くなる。現状、映画データはLTO(Linear Tape-Open )というデジタルメディアに保存するのが国際的なスタンダードになっているそうだが、そのLTO自体も小刻みにアップデートされているため、その都度データの移し替え(マイグレーション)を行わなければならないそうだ。これは 「本当にマイグレーションを続けているアーカイブがあるのか」と都市伝説のように囁かれることもあるほど果てしない作業だという。松本さんが知っている限り、福岡のほかに東京都写真美術館や国立映画アーカイブもLTO6からLTO8へのマイグレーションを行っているそうだ。頭があがらない。

アーキビストの方々は、そんなデジタルデータやフィルムの状態を一つひとつ確認し、コンディションの評価をつけるチェックシートを作成しているという。その作業について説明してもらう際、松本さんがたびたび口にしたのが「言語化が重要」だということだ。

たとえばその日フィルム台にかけられていたチャン・リュル監督の『豆満江(Dooman River)』を例に出すと、松本さんはチェックシートに、フィルムの状態だけでなく、この映画が完成されるまでの複雑な経緯(中国の監督が韓国にプロダクションを作り、フランスからの出資で撮影されたこと、撮影は中国で、ポスプロはフランスでそれぞれ行われ、英語字幕はフランス製であること)などを細かに記していた。はたまた、『Kamikaze 1989(未来世紀カミカゼ)』という映画の話題が出た際には、「自殺直前のファスビンダーの姿が見られるという点で、重要な資料かもしれない」「音楽をTANGERINE DREAMが手掛けている」などとシートに書き込んだことを教えてくれた。

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「そんなこと本当はアーキビストの仕事じゃないかもしれないんだけど」と挟みながらも、素材の一次調査の段階で作品の価値を言語化することの重要性を何度も強調していた松本さん。素材を初めにチェックした人が自分の頭の中だけにその魅力を溜め込んでしまったり、「とりあえずこの程度で」という仕事をしてしまったりすると、その後の調査が進まなくなり、いわゆる「死蔵(デッドストック)」、ただ倉庫に入れてあるだけの作品が増えてしまうのだという。福岡市総合図書館では、松本さんともうお一人のアーキビスト・清水さんが1月末までに2442作品分の調査を実施したのだと伺った。

「近年の劇映画なら、ネットで調べればある程度の情報が出てくるけれど、記録映画や個人作家の作品、福岡(地域)の古い歴史資料については、ネット上に情報がほとんど載っていない。自分たちが記録を作っていかないと、作品がずっと眠ったままになってしまう」。そう話す松本さんは、会社や大学などの施設でフィルムを管理している人向けのワークショップを開催したり、昭和初期のフィルム(9.5mmの「パテ=ベビー」)をデジタル化してレクチャー付きで公開したり、時には福岡市総合図書館内にある映像ホール・シネラの上映プログラムを組んだりもしているそう。

あまりに広範囲な仕事領域に驚きながら「本当にあらゆることを担当されているんですね……!」とこぼすと、松本さんは「やっているというより、やらざるを得ないんです」と話した。「これもアーキビストの仕事なのかと聞かれたら、ちょっと違うんだろうと思います。でも、フィルムを管理している人間がお披露目のところまで踏み込まないと、なかなか公開されない現状もあって」。そして冗談混じりにこう付け加える。「他のアーキビストたちはみんなもっと忙しくって、松本は暇だなと思われているかもしれません」。

たっぷりとお話を聞かせてもらったところで、福岡アジア美術館に滞在しているというペルー拠点の映像作家、ホセ・バラドさんとヒメナ・モーラさん(お二人は「ドクペルー」という名前で共に活動されている)、美術館の皆さんがいらっしゃり、そこからは共にフィルムの収蔵庫や映写室をツアーしてもらうことになった。

3部屋に分かれている保存室のうち、1番奥のひんやりとした収蔵庫にはジャンルごとに分けられた膨大な数のフィルムが鎮座していた。アジアの新作を中心に取り扱っていると事前に伺っていたけれど、タイのアピチャッポン・ウィーラセタクン監督や、台湾のホウ・シャオシェン監督ら、憧れの作家たちの直筆サインを目にして、そのラインナップの詳細がますます気になり始める。ほかにも、「めぐりめぐって」福岡に辿り着いたというフィルムの多様さが面白く、たとえば太田昌国さんを通して寄贈されたという南米ボリビアのウカマウ集団のフィルムなんかも収蔵されていた。ドイツ文化センターやロシア映画社からも、それぞれ400本ほどずつのフィルムがこのアーカイブに寄贈されたという。

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そしてこの収蔵庫において最も興奮したのは、松本さんが「アジアの新作」の枠を超えて独自に収集したという作品群だ。それらの作品は「実験映画」の棚とは別に設けられた「アンダーグラウンド」という棚に収蔵されていた。『女学生ゲリラ』など足立正生監督の作品群や、岡部道男監督の『クレイジー・ラヴ』、アメリカのジェームズ・ビドグッド監督による『ピンクナルシス』やポーランドのイエジー・スコリモフスキ監督による『身分証明書』、ドイツのウルリケ・オッティンガー監督による『フリーク・オルランド』……未見の作品もあるけれど、それでも1作1作、個性がギラギラと際立つ作品群だということは十分に伝わってくる。国の機関である「国立映画アーカイブ」に作品を収蔵することを望まない作家や「実験映画」というジャンルにカテゴライズされることを望まない作家もいるというお話も印象的だった。

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収蔵庫のほかにも、実際にフィルムが回っている最中の映写室(この日はマレーシアの『水辺の物語』が上映されていた)や、映画ポスターなどを保存している資料室、『日韓映写技師会議』などのイベントやワークショップが開催されるという試写室などを見せていただき、ツアーは終了した。

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一度受け入れたフィルムは、きちんと最後まで保存しなければいけない責任を感じていると話していた松本さん。ただし、行政による福岡市総合図書館の求人はほとんどの場合契約期間が限られているためスタッフの勤続が難しく、思うように新たなアーキビストの育成ができないのだという。自分はこの日はじめてアーカイブを訪れたに過ぎないけれど、こんなにも価値ある場所を引き継いでいける体制が十分に整っていないとすれば、それは恐ろしいことだと咄嗟に理解した。世界各国の作品たちと共に、このアーカイブ自体が、400年後、それ以降まで守られていくためには一体何が必要なのだろう。まずはその疑問を、自分の頭の中だけに留めずに記しておきたいと思う。突然の訪問を受け入れてくださった松本圭二さん、清水さん、ツアーに混ぜてくださったアジア美術館の皆さん、ありがとうございました。

追記:福岡市総合図書館が所蔵している作品は全てホームページ上に公開されている。

(いどぬま きみ)

井戸沼紀美
福島県生まれ、都内在住。明治学院大学卒。これまでに『ジョナス・メカスとその日々をみつめて』(2014年)、『ジョナス・メカス写真展+上映会』(2015年)、『肌蹴る光線』(2018年~)などの上映イベントを企画した。

井戸沼紀美のエッセイ「二十二日の半券」は隔月、奇数月の22日に更新します。次回は2023年5月22日掲載予定です。

●本日のお勧め作品はジョナス・メカスです。
WALDENジョナス・メカス
"WALDEN"
2005年
ラムダプリント
30.0×20.0cm
Ed.10
サインあり
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映像フォーマット:Blu-Ray、リージョンフリー/DVD PAL、リージョンフリー
各作品の撮影形式:16mmフィルム、ビデオ
制作年:1963~2014年
合計再生時間:1,262分
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●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
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