「『シュルレアリスム宣言』100年 シュルレアリスムと日本展」

弘中智子

 2024年にシュルレアリスムに関連する展覧会を行おうと企画をあたためて十数年、ようやく実現した「シュルレアリスムと日本」展が3月2日より板橋区立美術館で始まった。この展覧会がオープンするまでのことをごく簡単に紹介したい。

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第1章 先駆者たち 一部展示風景

 「シュルレアリスムと日本」を板橋区立美術館で行いたい、行うべきだと準備してきたのにはいくつか理由がある。ひとつは館の収集方針にもある、板橋区および池袋モンパルナスにゆかりのある画家たちの多くがシュルレアリスムに影響を受けていたことにある。1979年、板橋区立美術館が開館して間もなく収集されたのは、井上長三郎、寺田政明、古沢岩美といった、かつて池袋のアトリエ村、通称・池袋モンパルナスに暮らし、戦後に板橋に移り住んだ画家たちの作品であった。彼らはいずれも戦前、独立美術協会、その後は福沢一郎が代表を務める美術文化協会に参加し、一時期はシュルレアリスム風の作品を発表していた。寺田の《宇宙の生活》(1938年)や《夜(眠れる丘)》(1938年)などは開館から数年のうちに収集された作品である。さらに、1985年に開催された企画展「東京モンパルナスとシュールレアリスム」展では、知られざるシュルレアリスムに影響を受けた作品がまとめて紹介され、開催翌年には伊藤久三郎の《Toleration》(1938年)や小川原脩《ヴィナス》(1939年)、渡辺武《祈り》(1938年)をはじめ、日本におけるシュルレアリスムの展開を象徴するような作家の作品がまとめて収集された。その5年後、1990年に名古屋市美術館で行われた「日本のシュールレアリスム 1925-1945」展には板橋区立美術館所蔵の作品が数多く紹介されるなど、他館に先駆けてかなりの数のシュルレアリスムに関する作品を所蔵する館になった。

 ここから自分の話になって恐縮だが、私が板橋区立美術館を「意識」したのは、シュルレアリスムに関連する作品からであった。学生時代、2003年に見た「地平線の夢:昭和10年代の幻想絵画」展(東京国立近代美術館)で気になったいくつかの作品を所蔵していたのが、板橋区立美術館だった(展覧会概要、出品作家などはH Pで確認することができる)。この展覧会で紹介されていた難波田龍起の《ヴィナスと少年》(1936年、「シュルレアリスムと日本」展では展示されていない)の中に広がる不思議な世界に惹かれ、しばらくの間作品を眺めていたのを思い出す。

 その数年後、板橋区立美術館で働きはじめてからは、館のコレクションによる「開館30周年記念館蔵品展 幻惑の板橋 近現代編 日本のシュルレアリスム」(2009年)、企画展として「20世紀検証シリーズNo.2 福沢一郎絵画研究所 進め!日本のシュルレアリスム」(2010年)を行った。また、板橋では帝国美術学校(現在の武蔵野美術大学)の学生たちの作品を多数所蔵していることから、熊本や京都、行田で大塚耕二、永井東三郎、長谷川宏らの作品や学生グループ「表現」に関する資料の調査もすすめてきた。他館の美術館の学芸員と一緒に調査を行うこともあり、小さな資料を皆で囲みながら興奮気味に話し合うこともあった。

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第4章 シュルレアリスムの最盛期から弾圧まで 一部展示風景

 そして2024年、各地の美術館での研究成果をまとめるようなかたちで、日本におけるシュルレアリスムの影響を概観できるような展覧会を行うことにした。絵画中心ではあるが、写真やオブジェ、当時の資料も集めた。紹介するのは1920年代後半から、1950年代までの作品、戦前にシュルレアリスム絵画を試み、描いたことのある世代の画家までとした。この展覧会では、古賀春江や福沢一郎らの作品のヨーロッパのシュルレアリスム絵画のイメージの引用について研究され、これまでに浅原清隆、飯田操朗をはじめとする画家たちの展示を手がけ、2021年には「ショック・オブ・ダリ サルバドール・ダリと日本の前衛」(三重県立美術館・諸橋近代美術館)を企画された三重県立美術館館長の速水豊氏と、京都の津田青楓、小牧源太郎や伊藤久三郎といった前衛画家たちに関する展示も手がけられ、2021年には「さまよえる絵筆 東京・京都戦時下の前衛画家たち」でご一緒した、京都文化博物館の清水智世氏のお二人、二館と共に展覧会準備を進めることになった。板橋区立美術館では、池袋・東京近郊の画家たちの作品を所蔵し、研究・展示を行うことが多かったが、中部地方、関西地方の作品についてお二人からご教示いただいたことにより、シュルレアリスムの日本での影響が雑誌や展覧会を通じて全国的に広まっていたこと、各地域の美術団体、キーパーソンによってそれぞれに展開していたことがわかった。大阪、名古屋、福岡へは3人で調査に出かけた。それぞれの地域の美術館、所蔵者の方にご紹介いただいた作品や資料を囲んで話し合ったことは楽しく、充実した時間であった。残念ながら出品が叶わなかった作品、所在がわからないままの作品もいくつかあったが、全国の美術館、博物館、所蔵者の方にご協力いただき、シュルレアリスムが日本の画家たちに及ぼした影響が浮かび上がってくるような作品を一堂に集めて展示することができた。ご出品をお許しいただいたご所蔵者の皆様に改めて感謝を申し上げたい。

 図録については、現在、日本におけるシュルレアリスムに関するカラーの作品図版入りの新刊書籍がほぼないことから、一般書籍で、資料性の高いものを作ることを目標とした。展示会場と同じく序章を含めた7章立てで展示と資料を紹介している。加えて重要と思われる作品や人物についてはコラムのような解説をつけた。また、今回の展示では紹介しきれなかった分野、作品、視点については外部の寄稿者の方々6名に原稿をお願いし、研究書としても読み応えのある一冊に仕上がった。目次は青幻舎のH Pより見ることができる。

 京都文化博物館で展覧会が始まる2023年12月16日までの間に図録、展示会場のバナーやキャプション、解説を入稿し、3館で手分けをして東北から九州まで各地の美術館、所蔵者の方々から作品をお預かりした。この辺りは忙しすぎて記憶が薄らいでいる。そして年が明け、京都展が終了し、2024年3月2日に板橋区立美術館で展覧会が始まった。会期中には講演会、対談、ワークショップを行う。展示を見せるだけではなく、展示をきっかけにしてシュルレアリスムの日本における影響、展開について語り、考えを深め、今後の研究に繋げることができればと考えている。

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学生グループ、小グループの資料展示

(ひろなか さとこ)

●『シュルレアリスム宣言』100年 シュルレアリスムと日本
2024年3月2日(土曜日)~4月14日(日曜日)
前期:3月2日(土曜日)~ 3月 24日(日曜日)
後期:3月26日(火曜日)~4月14日(日曜日)
会場:板橋区立美術館
東京都板橋区赤塚五丁目34番27号
時間:午前9時30分~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日:月曜日
料金:一般650円、高校・大学生450円、小・中学生200円
※土曜日は小中高校生無料
詳細はこちら
※2024年4月27日(土)から6月30日(日)には三重県立美術館に巡回

「『シュルレアリスム宣言』100年 シュルレアリスムと日本」カタログ
1706002878970
青幻舎
2023年
B5変
304P
編著:
速水豊(三重県立美術館館長)
弘中智子(板橋区立美術館学芸員)
清水智世(京都府京都文化博物館学芸員)
アートディレクション:LABORATORIES
価格:2,970円(税込)

弘中智子(ひろなか さとこ)
1979年山口県生まれ。板橋区立美術館学芸員。「新人画会」展(2008年)、「福沢一郎絵画研究所」展(2010年)、「池袋モンパルナス」展(2011年)、「井上長三郎・井上照子」展(2015年)などを担当。

●本日のお勧め作品は、ジム・ダインです。
ジム・ダイン Vegetables I《Vegetable I》
1969年
リトグラフ、コラージュ
Sheet size: 45.0x40.2cm
Ed. AP サインあり
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