追悼 伊藤公象先生

小泉晋弥(茨城県天心記念五浦美術館長)


 伊藤公象先生が、7月6日に92歳でご逝去された。慎んでご冥福をお祈りしたい。
 2022年に、『伊藤公象作品集』(ARTS ISOZAKI企画、ときの忘れもの発行)とその刊行記念展「ソラリスの襞」に関わることができたのは、筆者にとって大きな喜びだった。そのときに展示された、ドローイングと特にコラージュには驚かされた―陶による作品はもちろんのこと―。90歳にして、全く新しい表現に挑戦する姿勢には本当に頭が下がった。個展に寄せられた文章には、「終活」、「九十歳を超えた身の最後の仕事」という思いが綴られていたのだが、今読み返してみても年齢を感じさせないみずみずしさにあふれている。
 陶芸家としての土に対するプロ意識とインスタレーション作家としての柔軟性、それに文筆家としての教養が見事に融合した稀有の作家だったと思う。
 伊藤先生と筆者の最初の出会いは、1983年にいわき市立美術館に設置された《起土》のモニュメントだった。美術館と隣の私有地(現在は市の駐車場)を区切るための、壁を超えた「壁」に見えた。存在感は圧倒的だったが、それが表す意味を得心できたのは、2022年の『伊藤公象作品集』をまとめながらのことだった。受け入れるのに40年かかったということではない。優れた作品は、鑑賞者の成長を映し出す、柔軟性のある鏡だということだ。

15387a4a
1984年 いわき市立美術館 開館時の《起土》の姿(リレーエッセイ「伊藤公象の世界」第2回より)

 いわきの《起土》は、半双曲線のカーブを描いてそそり立っている。上端に凹部があったのだが、1984年にベネツィア・ビエンナーレの展示から帰国後、伊藤先生はその凹部をふさぐように修正した。そのことは『作品集』では指摘したのだが、その意味までは考察しきれなかったので、この場を借りて述べておきたい。
 ベネツィアの展示で、あえて非常口を開放することで、作品と海が連続して展示効果が上がったことを伊藤先生は、いくつかの回想で述べられている。その対角線上にいわきの《起土》があったのだと思う。いわきでは、逆に壁の上端にあった開放部をふさぐことで、焼き物と空間との部分的なやり取りが消えて、《起土》全体と上方の空間とのダイナミックな応答が出現したのだ。それによって、伊藤先生のインスタレーションがもつ、大地と空との往還というべき性格が強調された。設置済みの作品に対しての、継続的で柔軟な対応に改めて驚かされる。
 ときの忘れものの展示では、独特の吹抜けのある空間に「惑星ソラリス」から降り注ぐ襞を出現させようとしたという。このインスタレーションで使用されたピンクの《多軟面体》は、『作品集』の特装版に1ピース付けられている。

16

 その展示作業の合間に、ご子息の遠平さんが語ってくれたエピソードが印象的だった。《多軟面体》が見せる、くにゃりとした襞の作り方だ。伊藤先生が、たたら作りの粘土板を両手で持ち上げると、粘土が手の中でそれぞれの形になっているのだという。自分たちがまねしてみても、ぎこちない不自然な形になってしまうので、魔法のように感じているというのだ。
 手の中で、粘土板が生き物のようにうごめく。そのイメージは、ロダンが1900年の大個展のために用意したポスターを思い出させる。そこには、カリエールによって描かれた、ロダンの手に挟まれた粘土が、生きてうごめいているような絵が掲載されている。無機物と有機物の境界をあいまいにしてみせること―そこに、伊藤先生とロダンに共通する「エロス」の思想が潜んでいる。

exposition rodin

 粘土は呼吸をするように水を吸い込み、吐き出す。その微妙な動きを見極めながら、焼成によって変化をとめ、再び空の下に置いて、より大きな循環を感じさせるのが伊藤先生のインスタレーションだったのだ。
 冒頭に言及した伊藤先生の文章で、大手術に際して語ったという言葉にハッとさせられた。「もしものときは太平洋と故郷金沢の日本海に散骨を」。今やその魂は、大きな循環の中に入って、作品の前に立つ私たちに、伊藤先生が「雰囲気」と呼んだものとして存在しているのだ。

(こいずみ しんや)

小泉晋弥 こいずみしんや
1953年福島県生まれ。東京芸術大学大学院美術研究科修了。いわき市立美術館学芸員、郡山市立美術館学芸員を経て、2019年まで茨城大学教育学部教授。2022年より茨城県天心記念五浦美術館館長。茨城大学名誉教授。著書に『新訂増補 岡倉天心と五浦』(中央公論美術出版、2021年)など。美術評論家連盟会員。美術史学会会員。文化資源学会会員。茨城地方史研究会員。


伊藤公象作品集刊行記念展―ソラリスの襞
20220603伊藤公象2022年6月3日 ときの忘れものの庭で展示作品の調整をする伊藤公象先生

伊藤公象のエッセイ
四方幸子のエッセイ「ソラリスの襞—蠢くエネルギーのエロス」~伊藤公象作品集 刊行記念展—ソラリスの襞」に寄せて~
井野功一のエッセイ「伊藤公象個展 ソラリスの海《回帰記憶》のなかで
小泉晋弥のエッセイ
堀江ゆうこのエッセイ
尾立麗子水戸の伊藤公象展を観て
尾立麗子旧朝香宮邸を読み解く A to Z 伊藤公象作品を探す


表1_600ITO KOSHO 伊藤公象作品集
刊行:2022年6月30日
著者:伊藤公象
監修:小泉晋弥
監修助手:田中美菜希(ARTS ISOZAKI)
企画:ARTS ISOZAKI(代表・磯崎寛也)
執筆:小泉晋弥、伊藤公象、磯崎寛也
デザイン:林 頌介
写真:内田芳孝、堀江ゆうこ、他
体裁:サイズ30.6cm×24.6cm×1.6cm、164頁
日本語・英語併記
発行・編集:ときの忘れもの
価格:3,300円(税込)+梱包送料250円


陶オブジェ付の特別版(限定50部)
『ITO KOSHO 伊藤公象作品集』と陶オブジェ《Pearl Pinkの襞》(2016、磁土・陶土)1点がセットになった特別版を、限定50部制作。この作品は、ときの忘れものの個展でインスタレーションとして展示されました。作品は1点ものですので、形や大きさが全て異なります。
価格: 25,300円(税込)+桐箱代3,000円+梱包送料1,600円
*桐箱不要の方はダンボールの箱にお入れします(無料)。


_MG_7758

_MG_7802

_MG_7838
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
08
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。