オディロン・ルドン作《ベアトリーチェ》(1897年、カラー・リトグラフ)について [その2]
山上紀子
(2) パステル版《ベアトリーチェ》

東京国立近代美術館「オディロン・ルドン展 光と闇」図録 p111(東京新聞)
木炭画をもとにしたパステル画(W 145)の制作年は、複数の書籍や展覧会カタログで1896年とされてきたが、画家の記録によると1885年となっている[Ms 42 820]。このパステル画の制作年が通念よりも10年以上早くなることは、二つの意味で重要である。
まず、パステルの清朗な色彩で描かれたこの画は、ルドンがステファヌ・マラルメをはじめとする象徴主義文学者から高い評価を得たモノクローム版画集『ゴヤ頌』と同年に制作されていた。つまり、ルドン芸術の転換期は1890年代、1894年のデュラン=リュエル画廊での個展をピークとするというのが定説だが、それ以前からルドンは「黒」の版画家として活発に活動しながら、《ベアトリーチェ》を糸口として、色パステルを使った新たな芸術を模索していた。パステルの質感は木炭と共通点があり、抵抗なく色彩への移行を進めることができたのだろう。
さらに、画家の制作記録によると、このパステル画は1896年12月2日に画商ヴォラールにより、リトグラフ制作のために200フランで購入された[Ms 42 821]。画家はこのパステル画を10年以上持っていたということになる。このことから、ルドンは自分自身のために、木炭で描いたものをパステルで描き直したと考えられる。その理由は、木炭画が売れてしまい、大切な作品が完全に手元を離れてしまうことを畏れたからであろうか。ルドンはアトリエで作品を保管し、数年後に加筆したり、別の作品に転用することがあった。過去に制作した《ベアトリーチェ》も、次の創造のための貴重な源泉だったのである。
他方で、ルドンは人に売却した作品を必要に応じて借り戻したり、木炭画をパステルやリトグラフで複製し、販売し、目の肥えたコレクターに収集させた。1894年の個展は批評家の注目を集め、ルドンに経済的成功をもたらしたが、ここでも画家は宣伝を画商まかせにしなかった。展覧会直前に作品をマラルメやメルリオら有力な批評家たちに贈呈するなどして所蔵させ、展覧会のために借り戻してカタログに彼らの名前を印刷した。
しかし、このパステル画はそのような戦略の道具とはならず、カラー・リトグラフ作品を生み出すことになる。パステル画は木炭画のストイックな画面から一転して、明るい青空に覆われている。薔薇色の雲が散らばり、人物の肩越しに赤みを帯びた岩あるいは山並みと、青と赤の不定形モチーフが浮かぶ。ひときわ眩しい衣と月桂冠は、この人物に聖者のような神秘性をもたらしている。青の背景から鮮やかに浮かび上がる人物は燦然と黄金色に輝き、観る者に畏怖を与える。
※「その3」につづく
(やまじょう のりこ)
■山上紀子
専門はフランス近代美術史。大阪公立大学都市文化研究センター研究員。大阪大学、大阪芸術大学短期大学部で美術史講義を担当。
論文に「文学と美術の境界において、ポーに刺激されたルドンの物語」(2024)、「オディロン・ルドンの蜘蛛-自然と想像のあいだ-」(2022)、訳書にダリオ・ガンボーニ『アモンティラードの酒樽』(長屋光枝と共訳、三元社、2013)など。
●本日のお勧め作品はオディロン・ルドンです。
《ベアトリーチェ》
1897年
カラーリトグラフ
イメージサイズ:33.0×29.5cm
シートサイズ:51.6×38.4cm
Ed.100
※レゾネNo.168
《子供の顔と花》
1897年
リトグラフ
イメージサイズ:25.1×21.3cm
シートサイズ:57.0×39.8cm
Ed.35
(ギュスターヴ・ペレ出版のEd.50のうちのチャイナ・ペーパーによる墨刷り35部)
※レゾネ No. 169
作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
*画廊亭主敬白
山上紀子先生の『ベアトリーチェ』についての短期連載、昨日の「その1」に続き、本日は「その2」を掲載しました。一日空けて9月4日に「その3」を掲載予定です。
宮脇愛子先生の命日(8月20日)から開催した「杣木浩一 × 宮脇愛子展」はコロナと台風に振り回されましたが先週末8月31日に無事(でもないか)終了しました。
<国上実家の草刈り剪定終え、きょうは「ときの忘れもの」で作品設置了。
綿貫さんからの宮脇愛子さんとの2人展緊張してます。尾立さんから初めての庭設置案は眼から鱗、新鮮でした。"Las Casas" (駒込の家1994.設計:阿部勤)はステキな空間です。(20240819)
「ときの忘れもの」一昨日、梅津元さんがみえて詳細に観ていただきましたのに杣木突然の発熱で、5日間の自宅養生をくらってしまいました。本日のトーク、パーティ中止をお詫び申し上げます🙇。阿部勤設計の「駒込の家」はとてもくつろぐ空間です。宮脇愛子の貴重な展示もぜひご覧ください。(20240824)
宮脇愛子さんの「杣木くんねぇ、わたしが一番尊敬するアメリカのArtistはRobert Smithsonよ!」のことばがよみがえる。愛子さんがGuggenheimで受賞(1967)した真鍮角pipe積層作品と同時代かも。(20240828)
おととい、オシリスの澤田陽子さんと来られた英国女性が「サイトスペシフィックな意識・・」云々言われたが、奇しくも庭への展示は初めて。良い体験でした。(20240831)>
いずれも杣木浩一先生のfacebookからの再録です。
駒込は宮脇先生のアトリエのあった所縁の地であり、長年その制作をサポートした杣木浩一先生との二人展を実現でき、ひとつ肩の荷がおりました。
最終日は磯崎新アトリエの同窓会の感あり、皆さん久しぶりの再会を喜んでいました。
来年は北九州市立美術館などで磯崎新先生の展覧会が計画されており、昨年に続き「磯崎建築ツアー」をやりたいと思っています。どうぞご期待ください。
●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。

〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
山上紀子
(2) パステル版《ベアトリーチェ》

東京国立近代美術館「オディロン・ルドン展 光と闇」図録 p111(東京新聞)
木炭画をもとにしたパステル画(W 145)の制作年は、複数の書籍や展覧会カタログで1896年とされてきたが、画家の記録によると1885年となっている[Ms 42 820]。このパステル画の制作年が通念よりも10年以上早くなることは、二つの意味で重要である。
まず、パステルの清朗な色彩で描かれたこの画は、ルドンがステファヌ・マラルメをはじめとする象徴主義文学者から高い評価を得たモノクローム版画集『ゴヤ頌』と同年に制作されていた。つまり、ルドン芸術の転換期は1890年代、1894年のデュラン=リュエル画廊での個展をピークとするというのが定説だが、それ以前からルドンは「黒」の版画家として活発に活動しながら、《ベアトリーチェ》を糸口として、色パステルを使った新たな芸術を模索していた。パステルの質感は木炭と共通点があり、抵抗なく色彩への移行を進めることができたのだろう。
さらに、画家の制作記録によると、このパステル画は1896年12月2日に画商ヴォラールにより、リトグラフ制作のために200フランで購入された[Ms 42 821]。画家はこのパステル画を10年以上持っていたということになる。このことから、ルドンは自分自身のために、木炭で描いたものをパステルで描き直したと考えられる。その理由は、木炭画が売れてしまい、大切な作品が完全に手元を離れてしまうことを畏れたからであろうか。ルドンはアトリエで作品を保管し、数年後に加筆したり、別の作品に転用することがあった。過去に制作した《ベアトリーチェ》も、次の創造のための貴重な源泉だったのである。
他方で、ルドンは人に売却した作品を必要に応じて借り戻したり、木炭画をパステルやリトグラフで複製し、販売し、目の肥えたコレクターに収集させた。1894年の個展は批評家の注目を集め、ルドンに経済的成功をもたらしたが、ここでも画家は宣伝を画商まかせにしなかった。展覧会直前に作品をマラルメやメルリオら有力な批評家たちに贈呈するなどして所蔵させ、展覧会のために借り戻してカタログに彼らの名前を印刷した。
しかし、このパステル画はそのような戦略の道具とはならず、カラー・リトグラフ作品を生み出すことになる。パステル画は木炭画のストイックな画面から一転して、明るい青空に覆われている。薔薇色の雲が散らばり、人物の肩越しに赤みを帯びた岩あるいは山並みと、青と赤の不定形モチーフが浮かぶ。ひときわ眩しい衣と月桂冠は、この人物に聖者のような神秘性をもたらしている。青の背景から鮮やかに浮かび上がる人物は燦然と黄金色に輝き、観る者に畏怖を与える。
※「その3」につづく
(やまじょう のりこ)
■山上紀子
専門はフランス近代美術史。大阪公立大学都市文化研究センター研究員。大阪大学、大阪芸術大学短期大学部で美術史講義を担当。
論文に「文学と美術の境界において、ポーに刺激されたルドンの物語」(2024)、「オディロン・ルドンの蜘蛛-自然と想像のあいだ-」(2022)、訳書にダリオ・ガンボーニ『アモンティラードの酒樽』(長屋光枝と共訳、三元社、2013)など。
●本日のお勧め作品はオディロン・ルドンです。
《ベアトリーチェ》1897年
カラーリトグラフ
イメージサイズ:33.0×29.5cm
シートサイズ:51.6×38.4cm
Ed.100
※レゾネNo.168
《子供の顔と花》1897年
リトグラフ
イメージサイズ:25.1×21.3cm
シートサイズ:57.0×39.8cm
Ed.35
(ギュスターヴ・ペレ出版のEd.50のうちのチャイナ・ペーパーによる墨刷り35部)
※レゾネ No. 169
作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
*画廊亭主敬白
山上紀子先生の『ベアトリーチェ』についての短期連載、昨日の「その1」に続き、本日は「その2」を掲載しました。一日空けて9月4日に「その3」を掲載予定です。
宮脇愛子先生の命日(8月20日)から開催した「杣木浩一 × 宮脇愛子展」はコロナと台風に振り回されましたが先週末8月31日に無事(でもないか)終了しました。
<国上実家の草刈り剪定終え、きょうは「ときの忘れもの」で作品設置了。
綿貫さんからの宮脇愛子さんとの2人展緊張してます。尾立さんから初めての庭設置案は眼から鱗、新鮮でした。"Las Casas" (駒込の家1994.設計:阿部勤)はステキな空間です。(20240819)
「ときの忘れもの」一昨日、梅津元さんがみえて詳細に観ていただきましたのに杣木突然の発熱で、5日間の自宅養生をくらってしまいました。本日のトーク、パーティ中止をお詫び申し上げます🙇。阿部勤設計の「駒込の家」はとてもくつろぐ空間です。宮脇愛子の貴重な展示もぜひご覧ください。(20240824)
宮脇愛子さんの「杣木くんねぇ、わたしが一番尊敬するアメリカのArtistはRobert Smithsonよ!」のことばがよみがえる。愛子さんがGuggenheimで受賞(1967)した真鍮角pipe積層作品と同時代かも。(20240828)
おととい、オシリスの澤田陽子さんと来られた英国女性が「サイトスペシフィックな意識・・」云々言われたが、奇しくも庭への展示は初めて。良い体験でした。(20240831)>
いずれも杣木浩一先生のfacebookからの再録です。
駒込は宮脇先生のアトリエのあった所縁の地であり、長年その制作をサポートした杣木浩一先生との二人展を実現でき、ひとつ肩の荷がおりました。
最終日は磯崎新アトリエの同窓会の感あり、皆さん久しぶりの再会を喜んでいました。
来年は北九州市立美術館などで磯崎新先生の展覧会が計画されており、昨年に続き「磯崎建築ツアー」をやりたいと思っています。どうぞご期待ください。
●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。

〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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