佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第100回

野ざらしのパビリオンを作る

4月の中旬ごろ、新宿ホワイトハウスで開催していた現代美術家・中島晴矢の個展「ゆーとぴあ」の企画で、トークイベントに参加した。他の登壇者は作家の中島晴矢とキュレーター・青木彬。「野ざらし」のメンバーでの鼎談だった。野ざらしは2020年始めに東京・吾妻橋で「喫茶野ざらし」として店舗をスタートさせたが、その直後にコロナ禍をモロに喰らい、営業をやめなければいけない事態となった。店舗休業後、東京や東北でポツポツと3人集まっては参加者とコーヒーを一緒に飲むだけ(!)の「さなぶり」という小イベントなどをやりながら、3人は付かず離れずの関係で数年を過ごしている。
今回の中島晴矢の展示はタイトル通り、ユートピアを主題とし、メインは4月から始まった大阪・関西万博という国家的イベントに対するアンビバレントな感覚を映像の中で表現したものだった。彼のユートピアへの関心は、5年前に喫茶野ざらしを始めたことからポツリポツリと語っていたことを覚えている。喫茶野ざらしは、東京に自分たちのためのオルタナティブな拠点を作ろうというプロジェクトだった。且つ喫茶店を偽装しながらに。ユートピアとオルタナティブ。この2つの場所のイメージの間にはいくらかの隔たりがあるにせよ、現実からの遊離(あるいは反転)という方向自体は似た位置にある気がしている。ちょうど同じ頃に青木彬は大正セツルメント運動に、佐藤はインドのシャンティニケタンのタゴールの学校、さらには東北の宮沢賢治の農民芸術概論に関心を寄せていたこともあって、なんとなく3人それぞれが抱く遠目の関心事が交差している感覚があった。
先日のトークイベントの中では、その前日に3人で訪れた大阪・関西万博のそれぞれの印象を語りつつ、大きな出来事あるいは物語を前にして如何にして自分たちは集まるか、連帯するか、について話した。中島晴矢は今回の展示の中でリチャード・ローティの『偶然性・アイロニー・連帯』を携えている。「偶然性」とは、原題ではContingencyなので、いわゆるアクシデントな偶然ではなく、日本語では偶有性、のほうが個人的にはしっくりくる。偶有性と聞いて思いつくのが、磯崎新の『偶有性操縦法』だ。理論書ではないが、国家的催事に対して、あるいは公共組織の意思決定に対してどのように建築家・作家が振る舞い得るかを自身の70年万博以降の経験を元に記述していた。じつは自分が今回の万博に関わろうと考えたのも、この本を読んだことが動機の一つだった。(一年ほど前、共同通信の方から取材を受けてそのあたりの事をけっこう話している。)なので、Contingencyをサブテーマとしているのだろう中島晴矢の展示については、自分なりの補助線を引くことができて大部分で共感した。
トークの中でもう一つ見いだせたのが、中間的な大きさの場を自分たちで作り出すことの必要性。小さな個人的で内輪な空間でもなく、国や世界やSNSといった大きな共同性の在り方でもない、その中間的なスケールの空間を自分たちで作り出すこと。そのあたりの可能性を、当日の参加者は共通して思い浮かべていたと思う。きっとおそらくそれは地域コニュニティあるいは共同体といった言葉で括られる具体性を備えた人の集まり方でもない、もう少しだけ柔らかくて半ば瓦解もした集まり、なのかと思いを巡らせる。

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トークイベント終了後、3人で夕飯を食べているときに、来年頃に野ざらしで展示をやろう、という話になった。時期も場所もまだ決まっていないが、とにかくプロジェクトが一つ立ち上がった。
最近、実は改めて「パビリオン」を作りたいと思っている。ここ数年、主に芸術祭の仕事で屋内外の会場構成や什器といったものを作らせてもらっているが、大阪万博の体験を経て、改めてそうした仮設的な設えを「パビリオン」と名付けてみると、そのモノの可能性と限界をさらに考えてみることができそうな気がするのだ。
先月、あるいは今年の始めあたりから自分自身の思考はよりモヤモヤとふらついている自覚がある(先月の投稿「万博を通り抜けるためのノート」参照)。そんな思い巡りから、改めて建築あるいはモノ自体の足元、つまりは大地との接点についての関心が高まっている。建築では基礎、家具では柱脚。そのあたりを考えることから始めて、水平的に周囲の大地へと展開し、また段々と上へと視線を向けていき、ついには全体的な性質までも描くことができるのではないか、という仮説を持つようになった。偶然ではないかもしれないが、10年弱前に始めたこのブログ連載のタイトルも「大地について」と名付けられている。
仮設として作る「パビリオン」は、基本的には大地への接触が浅い、あるいは置くだけのようなほぼゼロの接触点となる。あるいは覆屋を大地にギリギリ繋ぎ止めて置くだけの基壇(舞台)はとても重く作るのかもしれない。なんにせよ、パビリオンというある種極端な大地の接触の在り方を一つのスタート地点にしてその場の在り方を考えてみたい。

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大阪・関西万博で作った「スタジオ」も仮設であり、また会場内の他のナショナルパビリオンの敷地と少し離れた海沿いの道中に建っていることを考えれば一応は「パビリオン」とコッソリ言い張っても良いかもしれない(パビリオン=pavilionとはおそらくもともと「庭園の離れ、あずま屋」の意味だったようだ)。テレビスタジオという用途的に、内部と外部は明確に分断され、内部が今どのように使われているのか、こちらは伺い知ることができない。そんな内外の分離状況は他のナショナルパビリオンでも顕著であることにやはり今回の万博の課題があるような気もする。それはともかくとして、サテライトスタジオの設計では建物の室内ではない場所“内部的”な設えをどうにか作れないかと考え、鉄の円環を敷地いっぱいに回し、小さいながらも広場のようなある領域を作り出そうとした。円環で囲まれた場所には丸太がゴロゴロと転がって、ベンチのようになっている。

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(サテライトスタジオ(西) photo by Yosuke Ohtake)

そしてこれから、この鉄の円環の上にいくつかの装飾を追加で施そうと企てている。円環に装飾を付加して、この小さな“内部”広場にわずかながらの彩りを与える計画。万博はすでに始まっているが、インドやネパールのパビリオンはまだ工事中でもあるから、施設の若干のアップデート(補修)は可能でもあるだろう。そんな付加装飾の計画を、野ざらしの2人とも相談している。この小さな計画あたりから、野ざらしのこれからのパビリオン(展示計画)にまで展開させるつもりである。

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(追加装飾の検討模型)

(さとう けんご)

佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。「一般社団法人コロガロウ」設立。2018年12月初個展「佐藤研吾展―囲いこみとお節介」をときの忘れもので開催。2022年3月第2回個展「佐藤研吾展 群空洞と囲い」を、2024年11月第3回個展「佐藤研吾展 くぐり間くぐり」をときの忘れもので開催した。

・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。

●本日のお勧め作品は佐藤研吾です。
sato-88《くぐり抜けるためのミラー3》  
2024年
木(ケヤキ、アラスカ桧、クリ)、鉄、ステンレス、柿渋、鉄媒染
W35.0×D60.0×H170cm
サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。



◆「2025コレクション展2/瀬木愼一旧蔵作品他
会期:2025年5月7日(水)~5月10日(土) 11:00-19:00
collection2_表面瀬木愼一先生(1931~2011)は、1950年代から岡本太郎、花田清輝らの「夜の会」に参加、海外美術の紹介やテレビ東京の「開運!なんでも鑑定団」に出演するなど、幅広い批評活動を展開し、美術市場の調査・研究にも積極的に携わり、他の批評家にはない独自の存在感を発揮されました。瀬木先生のもとには必然的に多くの作品が集まり、貴重な資料群は没後に国立新美術館に収蔵されています。
今回、瀬木先生とU氏の旧蔵コレクションを4日間のみの特別価格にて頒布します。
瀬木先生自身が制作された珍しい陶芸作品などもあり、是非この機会に皆様のコレクションに加えていただければ幸いです。詳しい出品内容は5月4日ブログに掲載しました。
出品作品:宮脇愛子、岡本一平、望月菊磨、草間彌生谷川晃一、吹田文明、吉仲太造、吉田勝彦、利根山光人、脇田愛二郎、松崎真一、針生鎮郎、橋場信夫、筆塚稔尚、井上公雄、鶴岡義雄、篠原有司男、山高登、大沢昌助吉原英雄、岩渕俊彦、藤森静雄、元永定正磯辺行久、永井勝、村瀬雅夫、中村義孝、平塚運一、オノサト・トシノブ、瀬木愼一、 ナイマン、サミュエル・マーティン、J.F.ケーニング、Julius Bissier、Jean Deyrolle、他

●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は原則として休廊ですが、企画によっては開廊、営業しています。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。