駅から見える保育園には土の園庭があり、そこを子どもたちは駆け回っている。この園庭は、「走る」という機能の発達には不可欠ではない、べつにコンクリートの上でも走ることはできる、けれど、それでもコンクリートの園庭と土の園庭のどちらが好ましいか、と言えば「土」と多くの人は答えるだろう。
でも別に土である必要はないのだから、もし「園庭があるだけマシ」という状況になったら、ぼくらは平気で土を捨てるに違いない。(もしくは『インフルエンサー』がそう言ったら。)
さておそらく保育園のなかに入れば、ある程度の絵本は準備されている(はず)。
これらも今は紙だけれど、そのうち電子になる可能性はある。
でもこれも紙か電子か、絵本として子どもに読ませたいのはどちらか?と聞かれたらおそらくほとんどの人が「紙」と答えるだろう。
紙である理由はたくさん思いつくが(手触り、匂い、文字のやさしさ、デザイン…などなど)特に絵本に関して思うのは、「自由さ」だ。
絵本は他のジャンルに比べても圧倒的に形が自由なのだ。読み聞かせ用の大きな絵本もあれば、ちいさなちいさな絵本もある。ロングセラーである『ほんとのおおきさ動物園』シリーズなんて、出た時は「これはすごい」と喜んだものだ。
電子はその端末の規格に縛られるけれど、紙はそうではない。その自由さこそ、絵本が電子に向かない理由である。
とはいうものの、もしすべての本が「情報」としか見なされない日が来たら、おそらく全ては電子で事足りるだろう。
だとしたら、紙の本に残された道は、情報化への拒否、徹底的な個性、なのかもしれない。
四六版、菊版、文庫版、新書版といった判型の拒絶、というのもありうる未来ではないか?
とするならば、本はかつての自装本、ルリユールの世界に戻るのだろうか…。
高校生の英語の授業で、1年間「はてしない物語」の映画を、英語で細かく見ていき、生の英語の言い回しに触れるというものがあった。
その内容の9割9分は忘れてしまって、今ではとうぜん生の英語どころか、教科書英語もできないのだけれど、その授業で唯一おぼえている英語が「head in the cloud」だ。主人公の男の子が、お父さんに「空想をやめて(物語ばかり読むのをやめて)現実を見ろ」と説教されるときの出てくるフレーズ。この言葉で大人というものは物語は読まないものだし、雲の中から頭を出すとたしかにスッキリしそうだと学んだ反面、どうしてもcloudにあたまを突っ込んだほうが、巨大だし偉そうだな、というこの慣用句が言いたいこととは相反する印象を持ったりした。
いま思ったのだけど、この映画のなかで出てくる古本屋とあの革装の本の神秘的で、かつワクワクさせるような装丁が、高校生の自分に多少は影響を与えて、いま古本屋になっている可能性もある。
『はてしない物語』が電子であったなら、正直あの物語のワクワク感はほぼ無くなるだろうと思う反面、なんとなく技術的にはまっしろなページに徐々に文字がふたたび書かれていくなんていう演出は電子ならできるな、とか思ってみたり。
結局、本の本質にとっては、正直、紙だろうが電子だろうが、キレイな本だろうが、ただのコピー用紙だろうが関係ない。
そこに読まれ得る文字があるだけで十分なのだ。
そうなるとその先は「好み」の問題でしかない。
本屋である自分としては、できればまだ頭を雲に突っ込んでおきたいし、情報化を拒みたいという気持ちがあるが、「文字が読めるだけマシ」という状態が来ないとも限らない未来では、その選択すら贅沢な話となる可能性もある。なんでもいいから文字が読みたい、暗唱しなければ「文字」に触れられない、みたいなことになるかもしれないから。
(おくに たかし)
●小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は隔月、奇数月5日の更新です。次回は2025年9月5日です。どうぞお楽しみに。
■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。
●本日のお勧め作品は五味太郎です。

《ライオンくん おもいだしている》
1993年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
2版2色4刷
イメージサイズ:28.0×28.0cm
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●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
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