瑛九眠りの理由別バージョン
瑛九「眠りの理由の表紙・別バージョン」
1936年 フォトデッサン 
30.2×25.1cm
第18回瑛九展で公開された、瑛九フォトデッサン作品集「眠りの理由」の表紙の別バージョン

5月26日の瑛九展ギャラリートークに参加された皆さんには厚く御礼を申し上げます。
物故作家が対象となると、やはり参加者は少なくなるようです。前々回の細江英公先生、前回の小野隆生先生のときは、希望者が多くお断りしたほどでしたが、今回は10数人と落ち着いた雰囲気のトークとなりました。
スタッフの感想では「今までで一番楽しかった。自分達もゆっくり聞けたし・・・」ということでした。

さて、今回の講師は、東京国立近代美術館研究員(学芸員)の大谷省吾先生。
今回展示されている、瑛九の初期フォトデッサンを実例にとって、三つの視点から論じてくださいました。
一つは瑛九のフォトデッサンのサイズについて、二つには瑛九のフォトデッサンには天地があるのかという問題、そして三つには瑛九とシュールレアリスムについて論じられました。その詳細を私がまとめるには荷が重過ぎますが、いずれ版画掌誌第6号にその詳細が掲載されますので、ご期待ください。

ひとつだけ紹介すると、大谷先生は今回展示した「眠りの理由」表紙の別バーション(オリジナル)のサイズに言及することによって、東京国立近代美術館が所蔵している2点の「眠りの理由」収録作品が、刊行された作品集(限定40部の複製されたもの)に収録されたものではなく、そのもとになった正真正銘のオリジナル作品だったことが判明したことを報告されました。紙芝居のように、今回のときの忘れものの展示作品と近美作品のコピーを並べてみせることにより、微妙なサイズの違いを指摘されました。
詳しくは、私の「瑛九について」を読んでいただきたいのですが、1936年に刊行されたフォトデッサン作品集「眠りの理由」は瑛九の制作したオリジナル(カメラもフィルムも使わず、印画紙に直接光をあてて感光させた)ではなく、それを複写したものです。
当時表紙を入れて11点組で限定40部刊行されましたが、いま完全なセットを収蔵しているのは横浜美術館のみです。

この作品集のもととなったフォトデッサンの連作は、瑛九のデビュー作として、またマン・レイらに並ぶ先駆的フォトグラム作品として実に重要な作品群ですが、その複製作品集の説明が少し足らなかったばかりに(時代を考えれば仕方ありませんが)、オリジナルのフォトデッサン(フォトグラム)というのは、ただ一点しか存在しないということが理解されず、複数存在する写真のように誤解されてしまったことはかえすがえすも残念です。

横浜美術館はじめいくつかの美術館が所蔵する「眠りの理由」の諸作品はほとんどが作品集に収録された複製(リプロダクション)です。
従来は「眠りの理由」のもとになったオリジナルは存在しないだろうといわれてきて、私もそう言ってきましたが、今回の大谷先生の調査により、少なくとも東京国立近代美術館に2点が収蔵されていることがわかったのは大ニュースです。
そのきっかけが、私たちの展示作品にあったことは嬉しい限りです。

今回のギャラリートークには、過日、テレビ「何でも鑑定団」に瑛九の大作油彩「田園」をひっさげて出演したコレクターのKさんが参加され、「田園」を買った経緯から、瑛九の生前のことまで、たいへん貴重なエピソードを披露してくださいました。
参加された皆さんも、満足されたのではないでしょうか。