「ルリユールの歴史3 19世紀末に輝くレア・ブックとビブリオフィル、そのルリユール」
19世紀になると、産業革命の影響によって出版物の数は飛躍的に増加し、書物の世界にも大量生産の時代がやってきます。20世紀初頭には、イギリスに習い、フランスでも版元による機械製本が普及しました。まず、総革装に比べ、より安価で短時間で作る事が可能な半革装製本が現れ、世紀後半には、製本用クロスや紙にパネルで装飾モチーフを型押しした版元製本が多く作られるようになります。
しかしまた、ベル・エポックと呼ばれる、19世紀末から両大戦をはさんだ1920年代は、パリの出版界が最も輝いた時代でもあり、出版社は愛書家を対象とした挿画入りの美本を出版するようになりました。これらの本は、オランダ紙に腐食銅版、もしくは石版画、小口木版による版画入りの贅を凝らした少部数の出版物でした。
愛書家たちはそうした書物の蒐集に熱をあげ、有名古書店を物色し、稀覯本の蒐集だけではなく、いくつもの愛書家協会を作りました。こうして勝ち取られた書物は好みの装幀家の元でモロッコ革装に仕立てあげられ、デコールが施されました。既存の書物に飽き足らない愛書家の中には自ら出版まで行う者もあり、その代表として、デカン・スクリーブ、ガリマール、アンリ・ベラルディなどの名が挙げられます。
中でも百人愛書家協会が限定130部で出版したユイスマンス著「さかしま」は、版画家オーギュスト・ルペールの220点の木版画入り、本文用紙は版元の名の漉かし入りで、活字は挿絵に照応したアール・ヌーボー風のものが使われ部分的に彩色、という特筆すべき超豪華挿絵本でした。


未綴じの形で出版された特別仕様の書物は、本の値段と同額かそれ以上の費用をかけて装丁されるのが常であり、その内で当時の愛書家の間で最も人気を集め、多くのルリユールを世に送り出した装丁家がマリユス・ミッシェルです。


マリユスの装幀は、革のモザイクによるアラベスクのモチーフのデコールで知られますが、これは、ルネサンス時代のファンファール様式や、アントルラック様式をマリウス独自の技法で、新たに再構築した装幀と言えます。彼はまた本の内容に対応した装幀ということに意識的な作家でもありました。それまでのデコールは、時代の装飾様式を反映したものであり、必ずしも本の内容に応じたものというわけではなかったのです。


こうしてマリユス以前と以後で、ルリユールはその立ち位置を変え、20世紀を迎えると、作家個人のアート作品として新たな展開をしていくことになります。次回は、20世紀の画家本と、アール・デコの作風で知られるピエール・ルグラン、ポール・ボネなどルリユール作家について取り上げる予定です。
(文・市田文子)

●作品紹介~羽田野麻吏制作






『迫る光』 LICHTZWANG
パウル・ツェラン 飯吉光夫訳
口絵/ジゼル・ツェラン=レストランジュ
思潮社 1972年 初版 158頁
*This book is published by arrangement SUHRKAMP VERLAG through ORION PRESS,Tokyo
・2000年制作
・265x170x29mm
・総山羊革二重装
・パッセ・カルトン
・表紙:山羊革と牛革、真鍮板のデコール
・見返し:山羊革と牛革に染め紙の嵌め込み/染め紙
・天金/タイトル箔押し:芦沢博美
・夫婦函
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。
本の名称
(1)天
(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)
額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。
角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。
シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。
スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。
総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。
デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。
二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。
パーチメント
羊皮紙の英語表記。
パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。
半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。
夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。
ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。
両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。
様々な製本形態
両袖装
額縁装
角革装
総革装
ランゲット製本
◆frgmの皆さんによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
19世紀になると、産業革命の影響によって出版物の数は飛躍的に増加し、書物の世界にも大量生産の時代がやってきます。20世紀初頭には、イギリスに習い、フランスでも版元による機械製本が普及しました。まず、総革装に比べ、より安価で短時間で作る事が可能な半革装製本が現れ、世紀後半には、製本用クロスや紙にパネルで装飾モチーフを型押しした版元製本が多く作られるようになります。
しかしまた、ベル・エポックと呼ばれる、19世紀末から両大戦をはさんだ1920年代は、パリの出版界が最も輝いた時代でもあり、出版社は愛書家を対象とした挿画入りの美本を出版するようになりました。これらの本は、オランダ紙に腐食銅版、もしくは石版画、小口木版による版画入りの贅を凝らした少部数の出版物でした。
愛書家たちはそうした書物の蒐集に熱をあげ、有名古書店を物色し、稀覯本の蒐集だけではなく、いくつもの愛書家協会を作りました。こうして勝ち取られた書物は好みの装幀家の元でモロッコ革装に仕立てあげられ、デコールが施されました。既存の書物に飽き足らない愛書家の中には自ら出版まで行う者もあり、その代表として、デカン・スクリーブ、ガリマール、アンリ・ベラルディなどの名が挙げられます。
中でも百人愛書家協会が限定130部で出版したユイスマンス著「さかしま」は、版画家オーギュスト・ルペールの220点の木版画入り、本文用紙は版元の名の漉かし入りで、活字は挿絵に照応したアール・ヌーボー風のものが使われ部分的に彩色、という特筆すべき超豪華挿絵本でした。


未綴じの形で出版された特別仕様の書物は、本の値段と同額かそれ以上の費用をかけて装丁されるのが常であり、その内で当時の愛書家の間で最も人気を集め、多くのルリユールを世に送り出した装丁家がマリユス・ミッシェルです。


マリユスの装幀は、革のモザイクによるアラベスクのモチーフのデコールで知られますが、これは、ルネサンス時代のファンファール様式や、アントルラック様式をマリウス独自の技法で、新たに再構築した装幀と言えます。彼はまた本の内容に対応した装幀ということに意識的な作家でもありました。それまでのデコールは、時代の装飾様式を反映したものであり、必ずしも本の内容に応じたものというわけではなかったのです。


こうしてマリユス以前と以後で、ルリユールはその立ち位置を変え、20世紀を迎えると、作家個人のアート作品として新たな展開をしていくことになります。次回は、20世紀の画家本と、アール・デコの作風で知られるピエール・ルグラン、ポール・ボネなどルリユール作家について取り上げる予定です。
(文・市田文子)

●作品紹介~羽田野麻吏制作






『迫る光』 LICHTZWANG
パウル・ツェラン 飯吉光夫訳
口絵/ジゼル・ツェラン=レストランジュ
思潮社 1972年 初版 158頁
*This book is published by arrangement SUHRKAMP VERLAG through ORION PRESS,Tokyo
・2000年制作
・265x170x29mm
・総山羊革二重装
・パッセ・カルトン
・表紙:山羊革と牛革、真鍮板のデコール
・見返し:山羊革と牛革に染め紙の嵌め込み/染め紙
・天金/タイトル箔押し:芦沢博美
・夫婦函
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。
本の名称
(1)天(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)
額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。
角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。
シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。
スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。
総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。
デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。
二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。
パーチメント
羊皮紙の英語表記。
パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。
半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。
夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。
ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。
両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。
様々な製本形態
両袖装
額縁装
角革装
総革装
ランゲット製本◆frgmの皆さんによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
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