森本悟郎のエッセイ その後・第18回
東松照明(1930~2012) (3)写真家の結節点として
現時点で東松作品の初期から晩年までを概観するのに最良の資料は、2011年に名古屋市美術館で開催された「写真家・東松照明 全仕事」展図録である。長いキャリアを通じていかにモティーフや方法を変え、多彩な表現を試みたかがよくわかる。これほどスタイルを変貌させ、かつ個性を貫いたのは、日本の写真家では安井仲治と東松さんぐらいではないか、と密かにぼくは考えている。
どうしてそんなことができたのだろう。
「そう言えばあの頃、みんな外国の写真に夢中になってたっけな。VIVOあたりでさ。俺はだめだ。全然外国の写真なんかに興味が持てない。いまだにそうだな」。そんな東松さんのことばを写真評論家福島辰夫が書き留めている(「東松照明」『特集フォトアート』No.45、1976)。外国の作家に範を求めず、徒手空拳で自分の写真世界を作りあげようとしたことが理由のひとつ。さまざまな試みが必要だっただろう。
次いで積極的に環境の変化を求めたこと。生まれ育った名古屋から東京へ。東京ではVIVO時代に旅館を泊まり歩くという風来坊のような暮らしもしている。69年から4年間に6度の沖縄滞在(一度は住民票まで移している)、東京・千葉・長崎と居を移し、終の棲家が沖縄。生活環境を変えることは、新しい試みの契機となっただろう。
そして数多の優れた才能との出会いがもつ意味は大きい。前回と重なる部分もあるが、かいつまんでそれを追ってみよう。
愛知大学では熊沢復六(またろく)教授や斎藤良吉、全日本学生写真連盟結成の過程では詫間喬夫(たくまたかお)や目島計一を知り、中部写真連盟発足後は秋山庄太郎・林忠彦・田中雅夫・山本静夫ら隔月で迎えたゲスト講師の作家評論家とじかに接し、『カメラ』誌の月例コンテスト評を通じて木村伊兵衛、土門拳の社会的リアリズムに触れた。名古屋の写真家で土門スクール優等生、臼井薫の集団35に参加したのもこの頃。
54年、大学卒業後就職した岩波写真文庫の制作スタッフは編集責任者の名取洋之助はじめ長野重一・薗部澄・織田浩・山室潔ら。57年、福島辰夫企画の第一回「10人の眼」展に出品。そこで親交を深めた川田喜久治・佐藤明・丹野章・奈良原一高・細江英公と59年にVIVO設立。この時期スキーとスキン・ダイビングに熱中していて、奈良原・川田のほか、杉浦康平・粟津潔・勝井三雄・和田誠・福田繁雄らデザイナーと志賀高原にスキー合宿している。NET(現テレビ朝日)の番組「半常識の眼・現代の貴族」制作演出により、「若い日本の会」メンバー(大江健三郎・羽仁進・秋山邦晴・浅利慶太・江藤淳ほか)と知りあう。60年、土方巽が呼び掛けた「第2回650エクスペリエンスの会」に16ミリ映画「ヒコーキ」を制作上映。61年、松本俊夫とともに大島渚監督作品「飼育」(原作大江健三郎)の脚本に協力。68年、日本写真家協会主催「写真100年 日本人による写真表現の歴史」展開催にあたり、多木浩二・内藤正敏・中平卓馬らと調査委員として関わる。第14回ミラノ・トリエンナーレに磯崎新・一柳慧・杉浦康平との共同制作「電子迷路」出品。
69年、「パスポートまがいの証明書を持って」初の渡沖。沖縄の身元引受人は山田實。その後何度も沖縄を訪れ、平良孝七・比嘉康雄・比嘉豊光らと交流を持つ。
74年のワークショップ写真学校は講師に荒木経惟・深瀬昌久・細江英公・森山大道・横須賀功光(のりあき)ら。石川真生は東松照明教室出身。76年、浜昇・関友章ら東松教室出身メンバーが中心となって自主ギャラリーPUTがオープン。同時期に開廊した森山教室出身者によるCAMPや東京綜合写真専門学校の学生が中心となったプリズムなど、その後の自主ギャラリー活動の先駆けとなった。
眩いばかりの人々との交友が東松さんの表現の血肉となったことは想像に難くない。しかしその表現は先人や同世代のそれとはずいぶん異なるものだった。身近で優れた仕事に接することで、かえって独自の方向を見つけ出す嗅覚が働いたのかもしれない。
東松さんが大学に入学した1950年以後の日本の写真界を考えるとき、東松さんを人物たちの交点に据えると、まことにわかりやすい見取り図ができるのではないか。東松さんの残した軌跡をたどるとそんな思いにさせられる。
(もりもと ごろう)
■森本悟郎 Goro MORIMOTO
1948年愛知県に生まれる。1971年武蔵野美術大学造形学部美術学科卒業。1972年同専攻科修了。小学校から大学までの教職を経て、1994年から2014年3月末日まで中京大学アートギャラリーキュレーター。展評、作品解説、作家論など多数。
●今日のお勧め作品は、根岸文子です。
根岸文子
「ISLA(島)」
1999年
銅版
49.8x32.8cm
Ed.30
サインあり
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東松照明(1930~2012) (3)写真家の結節点として
現時点で東松作品の初期から晩年までを概観するのに最良の資料は、2011年に名古屋市美術館で開催された「写真家・東松照明 全仕事」展図録である。長いキャリアを通じていかにモティーフや方法を変え、多彩な表現を試みたかがよくわかる。これほどスタイルを変貌させ、かつ個性を貫いたのは、日本の写真家では安井仲治と東松さんぐらいではないか、と密かにぼくは考えている。
どうしてそんなことができたのだろう。
「そう言えばあの頃、みんな外国の写真に夢中になってたっけな。VIVOあたりでさ。俺はだめだ。全然外国の写真なんかに興味が持てない。いまだにそうだな」。そんな東松さんのことばを写真評論家福島辰夫が書き留めている(「東松照明」『特集フォトアート』No.45、1976)。外国の作家に範を求めず、徒手空拳で自分の写真世界を作りあげようとしたことが理由のひとつ。さまざまな試みが必要だっただろう。
次いで積極的に環境の変化を求めたこと。生まれ育った名古屋から東京へ。東京ではVIVO時代に旅館を泊まり歩くという風来坊のような暮らしもしている。69年から4年間に6度の沖縄滞在(一度は住民票まで移している)、東京・千葉・長崎と居を移し、終の棲家が沖縄。生活環境を変えることは、新しい試みの契機となっただろう。
そして数多の優れた才能との出会いがもつ意味は大きい。前回と重なる部分もあるが、かいつまんでそれを追ってみよう。
愛知大学では熊沢復六(またろく)教授や斎藤良吉、全日本学生写真連盟結成の過程では詫間喬夫(たくまたかお)や目島計一を知り、中部写真連盟発足後は秋山庄太郎・林忠彦・田中雅夫・山本静夫ら隔月で迎えたゲスト講師の作家評論家とじかに接し、『カメラ』誌の月例コンテスト評を通じて木村伊兵衛、土門拳の社会的リアリズムに触れた。名古屋の写真家で土門スクール優等生、臼井薫の集団35に参加したのもこの頃。
54年、大学卒業後就職した岩波写真文庫の制作スタッフは編集責任者の名取洋之助はじめ長野重一・薗部澄・織田浩・山室潔ら。57年、福島辰夫企画の第一回「10人の眼」展に出品。そこで親交を深めた川田喜久治・佐藤明・丹野章・奈良原一高・細江英公と59年にVIVO設立。この時期スキーとスキン・ダイビングに熱中していて、奈良原・川田のほか、杉浦康平・粟津潔・勝井三雄・和田誠・福田繁雄らデザイナーと志賀高原にスキー合宿している。NET(現テレビ朝日)の番組「半常識の眼・現代の貴族」制作演出により、「若い日本の会」メンバー(大江健三郎・羽仁進・秋山邦晴・浅利慶太・江藤淳ほか)と知りあう。60年、土方巽が呼び掛けた「第2回650エクスペリエンスの会」に16ミリ映画「ヒコーキ」を制作上映。61年、松本俊夫とともに大島渚監督作品「飼育」(原作大江健三郎)の脚本に協力。68年、日本写真家協会主催「写真100年 日本人による写真表現の歴史」展開催にあたり、多木浩二・内藤正敏・中平卓馬らと調査委員として関わる。第14回ミラノ・トリエンナーレに磯崎新・一柳慧・杉浦康平との共同制作「電子迷路」出品。
69年、「パスポートまがいの証明書を持って」初の渡沖。沖縄の身元引受人は山田實。その後何度も沖縄を訪れ、平良孝七・比嘉康雄・比嘉豊光らと交流を持つ。
74年のワークショップ写真学校は講師に荒木経惟・深瀬昌久・細江英公・森山大道・横須賀功光(のりあき)ら。石川真生は東松照明教室出身。76年、浜昇・関友章ら東松教室出身メンバーが中心となって自主ギャラリーPUTがオープン。同時期に開廊した森山教室出身者によるCAMPや東京綜合写真専門学校の学生が中心となったプリズムなど、その後の自主ギャラリー活動の先駆けとなった。
眩いばかりの人々との交友が東松さんの表現の血肉となったことは想像に難くない。しかしその表現は先人や同世代のそれとはずいぶん異なるものだった。身近で優れた仕事に接することで、かえって独自の方向を見つけ出す嗅覚が働いたのかもしれない。
東松さんが大学に入学した1950年以後の日本の写真界を考えるとき、東松さんを人物たちの交点に据えると、まことにわかりやすい見取り図ができるのではないか。東松さんの残した軌跡をたどるとそんな思いにさせられる。
(もりもと ごろう)
■森本悟郎 Goro MORIMOTO
1948年愛知県に生まれる。1971年武蔵野美術大学造形学部美術学科卒業。1972年同専攻科修了。小学校から大学までの教職を経て、1994年から2014年3月末日まで中京大学アートギャラリーキュレーター。展評、作品解説、作家論など多数。
●今日のお勧め作品は、根岸文子です。
根岸文子「ISLA(島)」
1999年
銅版
49.8x32.8cm
Ed.30
サインあり
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