本の存在について
私の本との密なお付き合いの始まりは、小学校の図書館からでした。
なぜか子供が好きな怖い話シリーズや友情を謳った児童向け小説には目もくれず、伝記ばかり読んでいました。
中でもベートーベンの伝記は特に惹かれるものがありました。自身の境遇に負けることなく、「苦しみののちに歓喜あり」と力強く人生を生き抜いたベートーベンを師と仰ぎ、クラシックをよく聴くようになりました。そのきっかけが、コンサートでもCDでもなく、伝記という本だったことに我ながら驚きます。
思い起こせば、大学生になるまで、小説はあまり好きではありませんでした。国語の教科書に出てくるもの以外は、自らすすんで読んだ記憶がありません。しかし、詩は大好きでした。ノンフィクション系が好みだったのでしょうか・・・。中学生の時、中原中也を愛読していると友人のお母様に言うと感心され、密かにほくそ笑んだことを思い出します。
その後、受験を境に、本を読む喜びは二の次になり、吸収しなければいけないものになっていきました。
英語で書かれた本(テキスト)を毎週数冊読まなければ授業をカバーできず、本の形状すら見たくなかった大学院生時代や、人生に迷い、答えを哲学書に求めても見つからず、落胆して何も読みたくなくなった時期もありました。
しかし、常に本を足蹴にすることはなく、地べたに置きっぱなしにすることはありませんでした。特に誰かにそうしろと言われた記憶はありませんが、本は、時にはそのカリスマ性に畏怖の念を抱くとともに、喜びを与えてくれる教祖のような存在でしたので、邪険に扱うとバチが当たると無意識のうちに思っていたのでしょうか。
修道士が灯火の元で身を削りながら神の教えを書き続けてきた写本、知識と財の象徴として赤いモロッコ革でルリユールされた王様の蔵書、書かれている思想が不都合を引き起こすとしてなされた焚書など、歴史を振り返ってみても、本はその形状や内容を超え、人間をいい意味でも悪い意味でも翻弄してきました。本は自己表現も含め様々な事象の記録であると同時に、その存在を考えた時に次から次へと湧き出してくる、読み手である「私」の記憶でもあります。
製本学校で先生に「本の存在あってのルリユールだ」と教えられた時に感じた、私たち一個人よりも長い間あり続けている、本の普遍的存在を再認識しながら、改めて身を引き締めつつ本を維持していくことに携わっていきたいと思っております。
(文:中村美奈子)

●作品紹介~中村美奈子制作


『書斎』
アンドルー・ラング
白水社 1982年
・2012年制作(製本:frgm)
・山羊総革装 パッセ・カルトン
・金箔装飾表紙
・糊染め紙見返し
・天金
・タイトル・表紙箔押し:中村美奈子
・シュミーズ(保護ジャケット)、スリップケース
・218×156×30mm
ルリユール全盛期の17世紀風装飾に挑戦した作品です。比較的シンプルなデザインです。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。
本の名称
(1)天
(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)
額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。
角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。
シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。
スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。
総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。
デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。
二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。
パーチメント
羊皮紙の英語表記。
パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。
半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。
夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。
ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。
両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。
様々な製本形態
両袖装
額縁装
角革装
総革装
ランゲット製本
●今日のお勧め作品は、ベン・ニコルソンです。
ベン・ニコルソン
「Column and Tree」
1967年
エッチング
29.5x20.7cm
Ed.50
サインあり
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私の本との密なお付き合いの始まりは、小学校の図書館からでした。
なぜか子供が好きな怖い話シリーズや友情を謳った児童向け小説には目もくれず、伝記ばかり読んでいました。
中でもベートーベンの伝記は特に惹かれるものがありました。自身の境遇に負けることなく、「苦しみののちに歓喜あり」と力強く人生を生き抜いたベートーベンを師と仰ぎ、クラシックをよく聴くようになりました。そのきっかけが、コンサートでもCDでもなく、伝記という本だったことに我ながら驚きます。
思い起こせば、大学生になるまで、小説はあまり好きではありませんでした。国語の教科書に出てくるもの以外は、自らすすんで読んだ記憶がありません。しかし、詩は大好きでした。ノンフィクション系が好みだったのでしょうか・・・。中学生の時、中原中也を愛読していると友人のお母様に言うと感心され、密かにほくそ笑んだことを思い出します。
その後、受験を境に、本を読む喜びは二の次になり、吸収しなければいけないものになっていきました。
英語で書かれた本(テキスト)を毎週数冊読まなければ授業をカバーできず、本の形状すら見たくなかった大学院生時代や、人生に迷い、答えを哲学書に求めても見つからず、落胆して何も読みたくなくなった時期もありました。
しかし、常に本を足蹴にすることはなく、地べたに置きっぱなしにすることはありませんでした。特に誰かにそうしろと言われた記憶はありませんが、本は、時にはそのカリスマ性に畏怖の念を抱くとともに、喜びを与えてくれる教祖のような存在でしたので、邪険に扱うとバチが当たると無意識のうちに思っていたのでしょうか。
修道士が灯火の元で身を削りながら神の教えを書き続けてきた写本、知識と財の象徴として赤いモロッコ革でルリユールされた王様の蔵書、書かれている思想が不都合を引き起こすとしてなされた焚書など、歴史を振り返ってみても、本はその形状や内容を超え、人間をいい意味でも悪い意味でも翻弄してきました。本は自己表現も含め様々な事象の記録であると同時に、その存在を考えた時に次から次へと湧き出してくる、読み手である「私」の記憶でもあります。
製本学校で先生に「本の存在あってのルリユールだ」と教えられた時に感じた、私たち一個人よりも長い間あり続けている、本の普遍的存在を再認識しながら、改めて身を引き締めつつ本を維持していくことに携わっていきたいと思っております。
(文:中村美奈子)

●作品紹介~中村美奈子制作


『書斎』
アンドルー・ラング
白水社 1982年
・2012年制作(製本:frgm)
・山羊総革装 パッセ・カルトン
・金箔装飾表紙
・糊染め紙見返し
・天金
・タイトル・表紙箔押し:中村美奈子
・シュミーズ(保護ジャケット)、スリップケース
・218×156×30mm
ルリユール全盛期の17世紀風装飾に挑戦した作品です。比較的シンプルなデザインです。
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●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。
本の名称
(1)天(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)
額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。
角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。
シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。
スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。
総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。
デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。
二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。
パーチメント
羊皮紙の英語表記。
パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。
半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。
夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。
ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。
両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。
様々な製本形態
両袖装
額縁装
角革装
総革装
ランゲット製本●今日のお勧め作品は、ベン・ニコルソンです。
ベン・ニコルソン「Column and Tree」
1967年
エッチング
29.5x20.7cm
Ed.50
サインあり
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