書物修復の仕事  その2

 修復の作業をしていると、時々恐くなる。これが世界で一冊だけの本であり、失敗は許されないという気持ちがわき起こるのである。ルリユール作品を依頼された場合でも、元々は依頼主から預かった本なのだし、「唯一無二」の本に変わりはないのだが、前回書いた「足しても引いてもいけない」という出発点の違いが関係しているのかもしれない。
 修復のタイプは、①本文紙に係わる部分-破れの破損・汚れの除去・旧修理跡の補修(セロハンテープの除去・後処理)など、②本の構造に係わる部分-綴じのゆるみや折丁(本文を印刷した紙を折って何ページかのまとまりにしたもの)がいくつかのブロックに分かれてしまった場合への対応、③表紙に係わる部分-表装材の傷みや破損などの修理、という三つに分かれるかと思う。本文紙の修復については、適正な和紙(厚み・種類)を用い破損箇所を繕うなど平面に対する処理なのだが、後者②③では、立体構造をもつものとしての本(製本)の知識・経験が大きく係わってくる。元の表装材を活かす必要がなく、あらたな表装材で再製本をしてもよいという場合は、基本的にはルリユールの依頼と同様に考えて差し支えないが、元の表装材を活かし、中身である本文紙の綴じ直しが必要な場合は、とりわけ慎重にならざるを得ない。

zu-11529年発行の”Virgili Opera”
詩人ウェルギリウスによるラテン語書
図版ページが大量に切り取られた結果、背の形がゆがんでしまった。図版に価値がある場合、切り取って再度古書市場に売ることがある。西洋古判本では、よくあることらしい。


 綴じ糸が入ることにより、折丁の背巾は、折丁の束である本体の厚みより大きくなる。この綴じ糸の太さによって背の厚みが決まるということが、ルリユール(製本)の基本中の基本で、折丁の束と背の厚みの差が背の丸味となって現れる。しかし、かがりの作業で背の厚みが適正になるように糸の太さを決めて作業に入っても、背の適正な厚みが出ず、糸の太さを変えて、一からかがり直すことがたびたびある。背の厚みが出ない場合は糸を太くし、厚みが出過ぎるようなら糸を細くしてかがり直す。
 ルリユール作品として依頼される本なら、このように背が理想的な厚みに仕上がったものを土台として、そのあとの作業を行っていけばよいが、修復の依頼で元の表装材をそのまま使う場合は、その表紙の中に収まるように本体の厚みを設定するというのが、第一の関門である。本体を収めるべき表装材があるのだから、その背巾を計って本体の厚みを見積もればすむではないかとも言えるが、そのような確認をしても、実際のところは微妙な誤差があるので気が抜けない。かがり終わったあと、背固め、金槌で叩いて丸味を出す、補強の為に寒冷紗という粗めのガーゼ状の布を貼る、といった作業を経て、初めて元の表装材の背に収まるかどうかが判明するのである。このあとも中身と外(表紙)を合体させる際の、ノドのつなぎなどの難しい作業が続く。
 そうして「元の鞘に収まった」本を手にした時の安堵の気持ちを、ご想像いただけるだろうか。

zu-2欠損ページを別紙で補う 


zu-3さらに、別紙による折丁を複数用意
このあと、糸の太さを検討して、かがりの作業に入る


 修復が完了して、本を持ち主に返す時は、元が自分の本ではないとはいえ、子供を旅立たせるような心境である。この点は、ルリユール作品を納める時の心情と変わりがないが、ひとつ違う点がある。受け取った依頼主の本の扱いへの思いである。
 ヨーロッパでは印刷と製本が別々の業者によって行われてきた歴史があり、王侯貴族の時代から一般の読者が本を読む時代に下っても、未綴じ本・仮綴じ本という、簡単な表紙付けの形の「本」が売られる状況には、基本的に変わりがない。その仮綴じ本を読んだ読者が、製本業者にいわゆる上製本の形に製本させたあとは、高価なものとして、書棚を飾る「インテリア」の一部となるわけで、所有者もそのように取り扱う(と思う)。
 革で豪華に装飾された工芸的な本ともなれば、所有者が気軽に読むことは多分ない。自分のためだけに存在する本を、目で見て、手で触れて愛でる時にのみ、書棚から取り出すのではないだろうか。
 修復された本も、依頼主の思い出の品であれば、時々書棚から取り出し、自分の、あるいは家族との思い出をその本に見いだし、ひととき甘美な思いにひたる、ということなのかもしれない。が、そういった思いとは別に、またはその思いにプラスして、実用的な扱いを必要とされる本も多いので、送り出した側としては、丁寧に扱われていたらよいがという願いと共に、しっかり働いてほしいという親心も働くのである。
(文:平まどか)
平(大)のコピー


●作品紹介~平まどか制作
Taira5-1


Taira5-2


Taira5-3
『FAR ROCKAWAY』
Pierre Alechinsky著 
1977年 fata morgna刊 初版

・2010年
・ランゲット製本
・山羊革 手染め紙
・手染め見返し
・タトウ式ケース
・タイトル箔押し:平まどか
・210x145x13mm

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●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。

本の名称
01各部名称(1)天
(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)


額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。

角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。

シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。

スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。

総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。

デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。

二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。

パーチメント
羊皮紙の英語表記。

パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。

半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。

夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。

ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。

両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。

様々な製本形態
両袖装両袖装


額縁装額縁装


角革装角革装


総革装総革装


ランゲット装ランゲット製本



●今日のお勧め作品は、ロバート・ロンゴです。
20160503_longo_01_endロバート・ロンゴ
「End of the Season」
1987年
木にリノリウム、鉄にエナメル、ブロンズにクロームメッキ
116x119x15cm


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◆frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。