小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第5回

『木に持ちあげられた家』

今回は、絵本『木に持ちあげられた家』(スイッチパブリッシング 2014、 原著は“House Held Up by Trees”2012 )をご紹介します。作者はアメリカの詩人テッド・クーザー(Ted Kooser, 1939-) 、絵をカナダ出身のイラストレーター、ジョン・クラッセン(Jon Klassen, 1981-)が描いています。ジョン・クラッセンは、どことなく飄飄とした軽やかで味わいのある絵で人気を博しており、『どこいったん?』『アナベルとふしぎなけいと』『くらやみこわいよ』といった絵本が日本語にも翻訳されて出版されています。

01HOUSE_cover(図1)
『木に持ちあげられた家』表紙


02_ted-kooser(図2)
動画“House Held Up by Trees” by Ted Kooser
キャプチャー画像


『木に持ちあげられた家』(図1)は、テッド・クーザーが、彼の自宅から少し離れたところにある木々に囲まれた廃屋の周辺を長年通りすがりに見る中で着想を得て子ども向けの物語と作り出したもので、「自然が人間の作り出したものを完全に支配してしまう圧倒的な力」をテーマにしています。表紙(図1)は、一軒の家が土台ごと周辺を取り囲む木に持ち上げられている様子が下から仰ぎ見るような角度で描かれていて、家が宙に浮かぶその様子は一見すると奇妙に映りますが、実際にテッド・クーザーが物語の着想を得たという廃屋を背に語っている映像(図2)を見ると、木の枝が内側から窓を突き破るよう伸びており、「持ち上げられる」まではいかなくとも、廃屋が木の力によって姿を変えることは殊更に珍しいことではなく、この物語が作者の想像だけではなく現実の社会の有り様を反映していることがわかります。

03(図3)
家の周辺の野原や林で遊ぶ子どもたち


04(図4)
林の木越しに見える家
芝刈りをする父親を眺める子どもたち


物語は、父親と息子と娘の3人が暮らす一軒の家の経る時間の経過を辿り、ページの見開きで、家とその周辺の環境を、引きや俯瞰、仰角のようなさまざまなアングルから描き出しています。物語は家が建てられたばかりの頃(図3)から始まり、敷地の両脇の林越しにぽつんと立つ家と芝生の広がり、駆ける子どもたちが描かれ、次の見開き(図4)では、子どもたちは父親が丹念に家の廻りで芝刈りをするのを眺める様子が、林の木越しに描かれています。林の木々と木を伐採して造成された敷地に立つ家をこのように繰り返して描くことで、家の周辺の空間的な広がりが示され、自然(木)と人間の作り出したもの(家)が物語の中でこの後どのように関係していくのかということが暗示されています。

05(図5)
成長したこどもたちが、幼い頃に遊んだ林の傍らに佇む


06(図6)
芝を刈る父親の後ろ姿と家


幼かった子どもたちもやがて成長し、家を出て自立する頃を迎え、かつて遊んだ林の傍らに佇む後ろ姿が描かれます(図5)。父親は子どもたちが家を出ていく日が近づいても芝生の手入れを怠ることはなく、林の方から翼のついた木の種が芝を刈る父親の頭上と家の廻りを舞っています(図6)。子どもたちの後ろ姿に隠れて見えない家(図5)と、頑なまでに家と芝生をきれいに保とうとする父親の姿(図6)が、子どもと親それぞれの家との関係のあり方を浮かび上がらせています。

07(図7)
父親が去り、売りに出された家


08(図8)
買い手がつかずに放置されるがままになった家


子どもたちが家を出て、高齢になって一人で家に住み管理することを負担に感じるようになった父親は、街のアパートで一人暮らしをすることを決めて家を売りに出します(図7)。道路沿いに面した家と電柱が果てしなく立ち並ぶ道路沿いの荒涼とした風景は、夕暮れに染まる空と相まって寂寥感を高めて表わしています。いつまでたっても買い手のつかない家が上空から俯瞰するような視点で描かれ(図8)、芝生の手入れをされることのなくなった家の廻りには若木が生えています。次第に父親が家の様子を見に来ることもなくなり、家は荒れ果ててゆき、家の廻りに生えてきた若木も大きく育っていきます。

09(図9)
風に吹かれ、家を鳥の巣のように包み込む木々


10(図10)
木々に持ち上げられた家


放置された家はあちこち傷んで腐っていきますが、家を取り囲むように生えてきた木々が、家を鳥の巣のように包み込み(図9)家は辛うじて家の形を留めてゆき、木々の成長と共に家が地面から持ち上げられて、ツリーハウスのように宙に浮かんでいきます。(図10)物語は次のような言葉で締めくくられています。「木々に囲まれた家、木々の力に支えられた家、そして、小さな緑の花々の香りをたたえてふく風」。かつて家族が暮らしていた家が、空き家になり荒れ果て、壊れていく経過は、現実の事象として捉えれば現在の日本でも深刻化している「空き家問題」そのものなのですが、物語としては、家族に関わる問題としてではなく、その経過を家や周辺の環境の変化という観点から描き出すことで、人が作り出したものを遥かに凌駕する自然の力、理(ことわり)を、詩的に淡々と語っているのです。

以前にも、連載「母さん目線の写真史」の中で、家にまつわる物語としてバージニア・リー・バートン作の『ちいさいおうち』について取り上げ、19世紀末から20世紀半ばにかけてのアメリカの都市化の流れや同時代の写真家の作品と照らし合わせながら読み込んでいきました。この『木に持ちあげられた家』もまた、アメリカ社会の変化や写真家の作品に照らし合わせると、物語の中に描かれていることをより具体的に理解できるのではないかと思います。

11_robert-adams(図11)
ロバート・アダムズ
「新築のトラクトハウス、コロラド州 コロラド・スプリングス」(1968)


まず、森林が伐採されて造成された土地に住宅が建てられるところから物語が始まりますが、これは第二次世界大戦後に急速に進行する郊外住宅の建設ラッシュの状況にもかさなるところがありますし、1939年生まれのテッド・クーザー自身が幼い頃からその状況を目の当たりにしてきた世代にあたります。テッド・クーザーと同世代のアメリカの写真家ロバート・アダムズ(Robert Adams, 1937-)は、1960年代後半からコロラド州やロサンゼルス近郊などで、郊外住宅やその周辺の風景を撮影し、大規模な宅地開発によって風景がどのような変容を遂げてきたのかということを冷徹な眼差しで捉えています。アダムズがコロラド・スプリングスやデンバー近郊の郊外住宅で撮影した写真集をまとめた『The New West』(1974) には、トラクトハウス(規格化された団地開発型戸建住宅)の建設過程や、郊外住宅地が遠く背景に山脈をのぞむような環境と共に写し取られていて、(図3)や(図4)に描かれている情景と重なり合うところがあります。
アメリカの経済発展とともに拡張していった宅地開発は、風景の有り様を大きく変容させていきましたが、作り出された住宅が、さまざまな要因のために後の世代に引き継がれることなく放置されているという現状に対しては、クーザーやアダムズから見ると子どもにあたる世代が新たな眼差しをむけています。

12_james-d-griffioen(図12)
ジェームズ・D・グリフィオン
「Feral Houses(野生化した家、野良家)」より


デトロイト近郊を拠点に活動する写真家ジェームズ・D・グリフィオン(James D. Griffioen 1977-)は、財政破綻のために荒廃したデトロイト郊外空き家を2000年代後半から撮影し、シリーズ「Feral Houses(野生化した家、野良家)」として発表しています。自動車産業の中心としてかつては繁栄したデトロイトでは、今や住民が出て行った住宅地の空き家化が深刻な社会問題になっていることは広く知られていますが、グリフィオンは、空き家のまま長年放置される間に、雑草や樹木、蔦のような植物が家全体を取り囲み、飲み込んでしまっている様子をそれぞれの家の正面から写し取っています。写された家の中には、大きな邸宅と呼べるようなものもあり、人々が買い求めた財産が無惨に打ち捨てられている状態を克明に記録するグリフィオンの撮影方法には、アメリカン・ドリームの象徴としてマイホームを手に入れることに躍起になってきた親の世代や経済的な価値観に対する醒めた姿勢が根底にあるように思われます。

家という財産を手に入れ、それを維持して守っていくということは、一つの世代の中では完結せず、次の世代に続くべき営みですが、『木にもちあげらた家』は、人間の営みや作り出すものよりもはるかに強く、長く持続する自然の力に、いかに意識を向けるのか、ということを語っているかのようです。物語を締めくくる「小さな緑の花々の香りをたたえてふく風」という一文に表わされた生命の微(きざし)は、微かであるが故に深い印象を残すのです。
こばやし みか

●今日のお勧め作品は、ピーター・ビアードです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第22回をご覧ください。
20160625_beard_01_san-quentinピーター・ビアード
「San Quentin Summer 1971(T.C.& Bobby Beausoleil)」
1971年撮影(1982年プリント)
ゼラチンシルバープリント(すこし描きこみあり)
22.5×33.5cm
Ed.75 サインあり


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◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

「第2回アートブック・ラウンジ~画廊のしごと(南画廊のカタログ)」は本日が最終日です。
モンドリアン本棚「第2回アートブック・ラウンジ~画廊のしごと(南画廊のカタログ)」
会期:2016年6月14日[火]~6月25日[土]
*日曜、月曜、祝日は休廊
志水楠男が設立した南画廊が1956年から79年に開催した199回の展覧会から、1959年の今や伝説となったフォートリエ展はじめ、ヤング・セブン展、中西夏之展、サム・フランシス展などのカタログ50冊を頒布します。南画廊の作家たちー靉嘔、オノサト・トシノブ、駒井哲郎、菅井汲、嶋田しづ、山口勝弘、山口長男、難波田龍起、加納光於の作品を展示し、1968年10月南画廊で刊行記念展が開催された瀧口修造『マルセル・デュシャン語録』(M・デュシャン、荒川修作、J・ジョーンズ、J・ティンゲリー)の完璧な保存状態のA版も出品します。