普後均のエッセイ「写真という海」第5回

『ON THE CIRCLE』

 いつか僕が育った米沢を撮りたいと思ってきた。今ある姿を撮影するのではなく、どちらかと言えば記憶の中の米沢を作品にしたかった。
遠くに見える山々を借景にして、コンクリートで直方体を作り、それをやや
宙に浮かす。中秋の月の光が奥までと届くような位置に穴を穿ち茶室にする。その一方で直方体は舞台となり、舞台上で馬橇を引いていたような馬や詰襟学生服を着た子供たち、雪に覆われた直方体などを撮りたいと思ってきた。
それを実現するのにはクリアしなければならないことが多すぎ、いつの間にか
この作品のことから離れてしまった。
 10数年前に今住んでいるところに越してきた時、近くに円筒形の防火水槽があることを知った。コンクリート製で直径が6m弱、地面から突き出た高さが60cmほどで、道路に面しており、他の三方が民家。かなり以前に作られた代物で、風格さえ漂っていると言ってもいいような防火水槽だった。後から聞いた話ではあるが、この向かいの民家が火事になった時、防火水槽には水がなく全焼してしまい、それ以来使われてないという。
 この前を通る度に立ち止まってさえ見てしまうほど、この空間に魅力を感じるのはどうしてなのだろう。そう思った時、田舎に作ろうとした直方体の舞台と結びついていることに気がついた。
 防火水槽がある空地にも間違いなく四季が巡ってくる。春の雑草は初々しく、
夏は勢い良く伸びる。冬になれば雪に覆われることもある。一巡りすれば1年という時間を生きたことになる。円環する時間と直線的な時間が円形状の舞台で交差している。そのような時間が展開する現実的な場として、また、新たな物語が生み出される舞台のような場としてここを撮ることに決めたのが2003年だった。
 この『ON THE CIRCLE』のシリーズには様々な写真的手法を取り入れている。記念写真的なもの、スナップ写真、風景写真的な要素もあれ必要なイメージを得るために防火水槽の上で構成したものを撮るようなこともした。
 記念写真やスナップ写真の時制が現在を意識させるものであるなら、構成して撮ったイメージは今という現実から離れて、僕が生まれる前の過去やもう僕が存在しない未来をも表現しようとしたものである。
 円環する時間はイメージの片隅に見える生い茂る草や冬枯れの様子、雪で輪郭を失った防火水槽から伺い知ることができる。
 時間を表現すると同時に、立ち現れるそれぞれのイメージの意味を見る側に読み取ってもらえるような対象を選び構成する必要があった。
小舟と白く光るネオン管の組み合わせは、死に繋がるもの、円形の舞台上で戦うアメリカンフットボールの選手は、戦争を想起させるものとして、中華鍋で顔を覆う花嫁はこれから生きていく人生の不安など、メタファーやある種の記号を使いつつ一点一点のイメージを作り上げた。

c-61_600普後均
〈ON THE CIRCL〉よりNo.61
2007年
ゼラチンシルバープリント
Image size: 31.2x39cm
Sheet size: 35.6x43.2cm


c-63_600普後均
〈ON THE CIRCL〉よりNo.63
2008年
ゼラチンシルバープリント
Image size: 31.2x39cm
Sheet size: 35.6x43.2cm


c-64_600普後均
〈ON THE CIRCL〉よりNo.64
2003年
ゼラチンシルバープリント
Image size: 31.2x39cm
Sheet size: 35.6x43.2cm


 写真集『ON THE CIRCL』を構成している65点の作品全ては、三脚を最大限高くした状態からの俯瞰撮影。円形の防火水槽の半円にも満たないエッジが写り込んでいるという共通性はあるものの、それ以外は、円環する時間、直線的な時間、それが結びついてできるスパイラルな時間、過去、未来やそして現在もあり、現実的または架空の世界などを表現しようとしたそれぞれの写真は一見バラバラである。
 僕はこのシリーズにおいてはいかに構築していくかを考えながら、構成に必要なイメージを作り、その中から65点を選び、新たなストーリーが生まれるよう秩序を与えた。写真集をめくりながら見る時のイメージの残像のことも意識しながら。
 ここには写真集から見えてくるストーリーと見えないストーリー、すなわち被写体になってくれた近所の人や友人たちの人生や歴史があり、友人たちとの交流も含めて70年近く生きてきた僕の時間も、見えるものの背後に潜んでいる。
『ON THE CIRCLE』をまとめたことによって、他のシリーズと同様に時間はかかり過ぎたものの、僕の中で写真的な広がりを得たのは確かであり、途方にくれるような広大な海を泳ぐことによって遭遇した大変なことは、その喜びが一瞬にして忘れさせてくれた。
ふご ひとし

普後均 Hitoshi FUGO(1947-)
1947年生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、細江英公に師事。1973年に独立。2010年伊奈信男賞受賞。国内、海外での個展、グループ展多数。主な作品に「遊泳」「暗転」「飛ぶフライパン」「ゲームオーバー」「見る人」「KAMI/解体」「ON THE CIRCLE」(様々な写真的要素、メタファーなどを駆使しながら65点のイメージをモノクロで展開し、普後個人の世界を表現したシリーズ)他がある。
主な写真集:「FLYING FRYING PAN」(写像工房)、「ON THE CIRCLE」(赤々舎)池澤夏樹との共著に「やがてヒトに与えられた時が満ちて.......」他。パブリックコレクション:東京都写真美術館、北海道立釧路芸術館、京都近代美術館、フランス国立図書館、他。

●本日のお勧め作品は、普後均です。
20161214_fugo_01普後均
「〈ON THE CIRCLE〉シリーズ #53」
2003年撮影(2009年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:31.6×39.2cm
シートサイズ:35.6×43.2cm
Ed.15
サインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜~土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

本日の瑛九情報!
~~~
ただいま近美で開催中の<瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展には晩年の点描油彩の代表作が4点展示されています。
20161129_東京国立近代美術館「瑛九展 1935-1937」_14
左から「青の中の丸」「れいめい」

青の中の丸_600
瑛九「青の中の丸」
1958年 油彩・カンヴァス
90.9×116.7cm
東京国立近代美術館所蔵
※日本経済新聞社『瑛九作品集』所収

光の宝石のような輝きをもつこの50号の「青の中の丸」、瑛九命の亭主にとってはことのほか思い入れの深い作品です。
現代版画センターの直営画廊として渋谷区松濤に「ギャラリー方寸」を開いたのは1981年のことでした。
1981年6001981年3月1日_ギャラリー方寸_瑛九その夢の方へ_6.jpg
1981年3月1日
ギャラリー方寸開廊記念「瑛九 その夢の方へ」
メインとして展示した「青の中の丸」
このときは私たちの力不足もあって売れませんでした。
おかげで今は東京国立近代美術館に収めることができ本望であります。
~~~
瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で始まりました(11月22日~2017年2月12日)。ときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。

◆普後均のエッセイ「写真という海」は毎月14日の更新です。